見出し画像

愛なんか、知らない。 最終章④動きはじめた時計

 親御さんが迎えに来たり、そうではない子も「さよならー」と元気よく帰って行く。
 お母さんに「おにぎり、見て!」って目を輝かせて見せてる子もいる。
「あら、パンダ? かわいいじゃない」なんてお母さんに褒められて、嬉しそう。
 はあ~、こういう光景見てると、やってよかったなって思えるよ。

 と、その時、リンちゃんが何かを作っていることに気づいた。
「リンちゃん、何作ってるの?」
 見ると、細長く丸めた粘土を、ネコ型おにぎりにつけようとしてる。
「あ、もしかして、ネコのしっぽ?」
 リンちゃんはコクンとうなずく。
「そっかあ、しっぽ、かわいいね! ノリを丸めてしっぽを作ったことにする? それなら、黒く塗ればいいかも」
 リンちゃんは首を横に振る。

「チーズ」
「あ、チーズ? チーズのしっぽ? それはおいしそうだね」
「ネコの手も」
「お~、ネコの手も作るの? すごい凝ってる!」
 ネコ型のおにぎりの土台に米粒をつけるのは大変な作業だったけど、リンちゃんは丁寧に、隙間がないように米粒をつけていた。すごい集中力。
 なんか、リンちゃんって、私の小さいころに似てる気がする……。

 それにしても、誰もお迎えに来ないのかな? このまま続けてていいのかな?
 そう思った時、「こんにちは、遅くなりました」とお婆さんが部屋に入って来た。
「リンちゃん、お婆ちゃんが迎えに来たよ」
 目黒さんに声をかけられて、やっと顔を上げた。
「熱心に何を作ってるの?」
 お婆さんはのぞき込む。
「あら、かわいいじゃない。ネコのおにぎり?」
「そうなんですよ。リンちゃん、すごく器用で、丁寧にネコ型のおにぎりを作ってて。目と鼻はゴマでできてて、ヒゲはノリなんですよ」

 私が興奮気味に言うと、お婆さんはちょっとビックリしたような顔になる。あ、つい食い気味になっちゃった。
「そうなの。リンちゃんは、幼稚園のころから何か作るのは得意だったからねえ。お父さんに似たのかしら」
 リンちゃんはお婆さんに手伝ってもらって後片付けをして、「さようなら」とぺこりとお辞儀をして帰っていった。手には、大事そうにお弁当箱を持って。

 急に気が抜けて、私は椅子にぐったりと座り込んだ。
「お疲れ様。子供たちの世話は大変だったでしょ?」
「ええ、もう……」
 ダメだ。しばらく立ち上がれなさそう。膝がガクガクだよ。
 目黒さんが紅茶とお菓子を出してくれた。

「初日はどうだった?」
「もうもう、子供たちがあちこちで話しかけてくるから、答えるのが大変で」
「それだけ子供たちが楽しんでたってことね」
「ねえ。たっくんなんて、日ごろはじっとしてられないのに、今日は結構、真剣に作ってたじゃない?」
「そうそう。まあ君なんて、何度も『あー、気に入らない、やりなおし!』なんて言って、まるでアーティストみたいで、笑っちゃった」
「私も、次は作ってみようかな」
「ぜひぜひ!」

 甘いお菓子を食べて、やっとエネルギーが回復してきた。
「なんか、思ってたより時間がかかっちゃって」
「初日だしね。二回目からは、子供たちも慣れて、もっと早くできるんじゃない?」
「そうですかね……」
 最初の2回でお弁当を作って、もう2回でかき氷とソフトクリームでも作ろうかと思ったけど、4回ともお弁当になりそう。ま、それはそれでいっか。

「子供たちがいろんなリクエストしても、葵さん、応えてあげてたでしょ? あれはすごいなと思う」
「えっ、そうですか?」
「今までもいろんなワークショップを開いてきたけど、教えたとおりにやってほしいって先生もいたしねえ」
「そうそう。書道の先生なんて、子供たちにやたらと厳しかったわよねえ。字が小さすぎるとか、大きすぎるとか。とめとか跳ねとか細かいところも×つけるから、みんな委縮しちゃって。泣きべそかいてた子もいたしねえ」
「あの先生はひどかった。もう二度とお願いしないって思ったもん」

 井島さんたちの教室で、いろんなリクエストに応えてたから、臨機応変にやっていくことには慣れてるのかな。井島さんには、改めて感謝しかない。
「でも、たっくんはおにぎりだけでお弁当箱いっぱいになってたから、次回は『入らない~』って騒ぐわよ」
 私もそう思って、何度も「大きすぎるんじゃないかな」って言ったんだけど。じゃあ、次回どうするかを考えといたほうがいいってことか。
 当たり前だけど、大人相手のワークショップとは全然違う。すごく新鮮。こんな気持ちになったの、久しぶりかも。

「それでね、くまモンにしたいって子もいたし、サッカーボールのおにぎりにした男の子もいたし。子供って、発想が柔軟だよね」
「へえ、そうなんだあ」
 その夜、心に電話をかけてワークショップのことを報告した。
 久しぶりのワークショップの余韻が、まだ体に残ってる感じ。
「ブロッコリーは不評だったから、他の緑の野菜にしようと思うんだけど。きゅうりにしたいって子もいるんだけど、きゅうりはちょっとハードルが高い気がして。丸ごと入れることはないから、切った時の断面を作るのは子供には難しいかなって。何か、緑の野菜、ないかな?」

「うーん。そうだねえ。サラダ菜を敷くだけでも緑のアクセントになるし」
「あ、それは入れるつもり」
「そっか、じゃあ、飾りのパセリを入れるとか? ピーマンとか、アスパラガス?」
「アスパラガス! いいかも、子供も好きそうだよね。さっすが心、いいアイデアをありがとう」
「ううん、パッと思いついただけ」
「私は全然思いつかなかったよ」
 心のフフッと笑う声が電話越しに聞こえた。

「よかった。葵、完全に復活したみたいで。葵がミニチュアの話をするのって、すごい久しぶりだよね」
「そうだね」
「葵はやっぱ、ミニチュアの話をしてる時が、一番イキイキしてるよね。葵が元気になって嬉しい」

「そういう心は、どうなの?」
「うーん。夜は、一人になると、ちょっと辛いかな……。昼間は何も考えられないぐらいに店が忙しいから、いいんだけど。でも、葵とこうやって話してると、落ち着く」
「それなら、これからもおしゃべりしようよ。一緒に暮らしてた時みたいに」
「うん、ありがとう。店の休みと合うなら、そのワークショップを一度、観に行きたいな。お盆休みと合えばいいんだけど」
「うん、見に来て!」

 二人とも親がいなくて、身を寄せ合うようにして暮らしていた日々。二人をつなぐ絆は、これからもきっと途切れないって信じてる。
 純子さんが、なぜ私にこのワークショップを任せたのか、分かる気がする。
 こうやって立ち直っていくってことが分かってたんだろうな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?