見出し画像

愛なんか、知らない。 第3章 ⑥突然のオファー

 最後に望月さんに挨拶していこうと待っている間に、教室の隅に飾ってあるミニチュアハウスをじっくりと見た。
 望月さんが初めて作った作品で、絶対に売らないって話してた。いつでも初心にかえるために、ワークショップで必ず飾ってるんだって。

 改めて見ると、隅の隅まで丁寧に作ってある。
 かわいいピンクがベースのブティック。部屋のセンターには首元に花を飾ってあるトルソー。最初からトルソーがウリだったんだ。
 ディスプレイ棚とハンガーラック、ドレッサーとタンスは白で統一。ラックにはワンピースやブラウスがかけてあって、棚には洋服が畳んで並べてあるし、タンスのちょっとだけ開いてる引き出しにも服が入れてある。棚の上にある帽子も、かわいい。壁に一着だけワンピースを掛けてあるのも、センスがよすぎ。
 あ、ドレッサーのガラス天板には、アクセサリーがちゃんと飾ってある。あんなにちっちゃな指輪やネックレス、どうやって作るんだろ。壁にはコンセントまで! 窓のところにも 

「そんなに熱心に見てもらえて、嬉しいな」
 望月さんの息が耳にかかる。驚いて横を見ると、望月さんの顔がそこにあった。ち、近い近い近い! 私は飛び退った。

「何か気になるものあった?」
「え、えと、えと、コンセントもあるなとか、窓のところに一輪挿しが飾ってあるな、とか」
「嬉しい~。そんなところまで気づいてくれたんだあ」
 望月さんは本当に嬉しそうな顔になる。

「あ、あの、こここれ、作るのにどれぐらいかかったんででですか?」
「うーんと、1年半ぐらいかな。最初は慣れてないから、何度も作り直したし。服飾の専門学校に通ってたから洋裁のスキルはあるんだけど、木を切って家具を作るのが、なかなかうまくいかなくて」
「そうなんですね」
「だから、今見ると、ここのラインがゆがんでるなとか、色々あるんだけどね。でも、僕にとってはこの作品はオリジンだから、手放せないんだ。洋服が多めなのも、専門学校のスキルを活かそうって必死になってた感じで、青いなあ、って」

 私は思いきって聞いてみることにした。
「あ、あの、なん、なんで、ここまで細かく作るんですか? コンセントとか、だ、誰も気づかないかもしれないのにって」
 望月さんはちょっと首を傾げた。

「うーん、確かに、ここまで細かく作り込まなくてもいいかもしれないんだけどね。もっとさっぱりした作風の作家さんもいるし。でも、僕はさっきの葵ちゃんみたいに『こんなものまで作ってる』って、見た人に驚いてもらいたいって言うのかな。自分の限界にチャレンジしたくて、もっとリアルに作ろう、もっと細かく作ろうって思っちゃう。一つの作品に詰め込みすぎかもしれないけどね。だってさ、『ここまでするか』ってほうが、見てて感動しない?」

「ハイ、ハイ、感動します」
「でしょ? 僕は、僕の作品を買ってくれた人が、毎日眺めても飽きない作品を作りたいんだ。毎日、何か発見があるような。まあ、365個も発見できるものは作れないけど。僕の作品を見て想像の翼をはばたかせてくれたら、嬉しいなあって」
 想像の翼。素敵な表現。

「葵ちゃんは、今までどんなのを作って来たの?」
「あ、わ、私の、ですか?」
「うん。写真撮ってるなら、見せて」
 望月さんに見てもらうほどのレベルじゃないと思うけど……。
 ためらいながらもスマホの画像を見せると、望月さんはなんだか微妙な顔になる。
「ミニチュアハウスに人形を置いてるんだ……あんまり、日本ではそういう作品ってないんだけどね」
「えっ、そうなんですか」

「うん。ジオラマだと、小さい人形は普通に入れてるけど。ミニチュアハウスは人形を入れずに、そこに人がいるような空気を感じさせるって言うのかな。まあ、それが決まりってわけじゃないんだけど。人形を入れちゃうと、想像の余地がなくなっちゃうでしょ? その人形がそこで暮らしてるんだなって感じると、想像が広がらないと思うんだよね。そのハウスでどんな人が暮らしているのかは、見る人がストーリーを考える余地を残したほうがいいんじゃないかな。ホラ、僕のこのハウスも、海外の街角のブティックだと思う人もいるかもしれないし、モデルさんの衣裳部屋だって思う人もいるかもしれないし。そういうこと」
「……」

 確かに、ミニチュアハウスの写真集を見ると、基本、家だけなんだよね。私は、そのほうが不思議だったんだけど。家だけ作って人がいないっていうのが、不自然な気がして。やっぱ人形は入れないほうがいいんだ……。

「ま、今度のコンテストはプロのコンテストとは違うから、好きに作っていいんじゃないかな。でも、ミニチュアの世界で長くやっていきたいなら、人形を使わずに物語を感じさせるようなミニチュアハウスを作れるようになったほうがいいと思うよ」
 望月さんは優しい笑みを浮かべた。

「ところで、葵ちゃん、ワークショップの助手をやってみない?」
「はあ……」
 私はミニチュアハウスには人形を置かないという事実に動揺していたので、望月さんの言葉を聞き流してしまった。

「え? いい今、なんて?」
「ワークショップの助手をやってみない? って。今日も葵ちゃんがいてくれたお陰で、みんな途中から真剣にやってくれたし。いつも、僕の顔を見てばっかで、ちゃんと作ろうとしない人が多いんだよね」
 望月さんはプッと膨れる。
 どどどうしよう、なんて返したらいいのか分からない。

「葵ちゃんの腕前は、今日見てて分かったし。あそこにいる佐倉さんが一応、僕の秘書で、事務的なことはすべてお願いしてるんだけど、ワークショップで指導できるほど手先は器用じゃないし、ミニチュアの知識もないし」
「そそそんな、私も器用ってほどじゃ」

「な~に言ってんの。葵ちゃんが器用じゃなかったら、他の誰が器用だって言うの? 井島さんにも教えてあげてたでしょ? ああいう感じで、僕が教えきれないところはフォローしてほしいんだ。教え方も上手だしね。って言っても、葵ちゃんには学校があるから、手伝える時だけでいいんだけど。時給は1500円で、ワークショップ前後の準備や片づけを含めて1日3、4時間ぐらいかな。もちろん、交通費も払うよ。どう?」

 望月さんの助手。望月さんの助手。望月さんの助手。
 私が? 私が、こんなに人気者の望月さんの助手? どうしよう。どうしよう。でもでもでも、こんなチャンス、めったにないよね?

「やややります、わた、私、私で、よければば」
「ホントに? よかったあ。断られたらどうしようかって思った」
 望月さんの顔がパアッと明るくなる。うっ。まぶしい……。

「じゃあ、来年からよろしくね。次のワークショップが決まったら、連絡するから」
 望月さんは右手を差しだした。その意味が一瞬分からなかったけど、握手しようって言われてるんだって気づいた。
「よ、よろ、よろずぐお願いじばず!」
 焦って変な言語になっちゃった……。
 望月さんの手をおそるおそる握ると、ぎゅっと握り返してくれた。
 ひゃあああ~! お、男の人の手!!
 男の人の手に触れるなんて、小学校の林間学校のキャンプファイヤー以来だ、たぶん。
 私は鼻血を出して倒れるんじゃないかって思った。

 廊下に出ると、佐倉さんがどこかに電話をしてたみたいだ。
「さようなら」と会釈すると、佐倉さんも軽く会釈する。
 ワークショップの助手ってことになったら、この人にもこれから会うことが多くなるのかな。どうしよう。挨拶とかする? でも、ホントに助手をすることになるのか、まだ分からないし……。

 迷いながらエレベーターを待っていると、「ねえ、あなた」と佐倉さんに声をかけられた。
「ハ、ハイッ」
「気を付けたほうがいいよ」
「え?」
「あなた、学生さんでしょ? 圭さん、若い子が好きだから」
「えっ、えっ!?」
「気を付けてね」
 何をどう気をつければいいのかを言わないまま、佐倉さんは教室の中に消えた。
 私はしばらく呆然と、白いドアを見つめていた。

 帰りの電車の中で、望月さんと握手した右手を見ながら突発的に叫びそうになるのを何とか堪えた。
 望月さんの助手。望月さんの助手。望月さんの助手。
 ああ~、どうしよう。勢いで引き受けちゃったけど、いいのかな、ホントに。私にできるのかなあ。
 でもでもでも、助手になったら、望月さんと一緒にいられるんだ。教室で二人きりで準備したりして? ほわあああ~‼
 想像すると頭が爆発しそうになる。その瞬間、さっき佐倉さんが言った冷ややかな一言が蘇る。

「圭さん、若い子が好きだから」

 あれはどういう意味だろう?
 私が高校生だから声をかけてくれたってこと? でも、私、かわいくないし、スタイルもよくないし、そういう対象に見れないと思うけど……。
 でも、なんで望月さんは私に声かけてくれたんだろ? ミニチュアの経験者なんて、大勢いるだろうし。

 頭の中で「でも」ばかり連発してると、
「次は、土呂~、土呂~」
 電車のアナウンスにハッとする。
 えっ、土呂って……。あああああ~、やってしまった! 高崎線と間違えて宇都宮線に乗っちゃうパターン! 大宮までは同じ路線だから、間違えちゃうんだよね……。土呂に着いたら、大宮に戻らなきゃ。

 土呂駅で上り電車を待っている間、望月さんから言われたことを思い返していた。
 人形を抜きにして物語を感じさせないといけないんだ。うーん。そんなこと、私にできるのかなあ。
 じゃあ、古谷さんに渡すタバコ屋さんも、おばあさんがいないほうがいいのかな。せっかく作ったんだから、人形を置いとく? それとも、人形なしで渡して、どんな反応か試してみるとか。おばあさんが入ってないって言われたら、人形を渡せばいいし。
 うん、やってみるかな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?