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愛なんか、知らない。 第7章⑩夢なら、醒めないで。

「僕、ちょっと電話しなきゃいけないところがあるから、ここでいいかな」
 圭さんは玄関まで見送ってくれた。
「葵ちゃんは、自分の作品で忙しくなるから、しばらく会えないのかな」
「あ、うん、でも、間に合わなさそうだったら来ます……来るよ」
「ありがと。お互いに、自分の作品を作ることに集中するってことで、頑張ろうね。僕も、なるべく自分の手で作品を完成させるように、頑張るから」
「うん、私も頑張る」

 圭さんは私をギュッと抱きしめた。
「葵ちゃんとこんな風になれて、よかった。僕にはもう、葵ちゃんしかいないから」
「そ、そんな」
「葵ちゃんのお陰で、生きる希望が湧いてきた。なんて、おおげさだけど。葵ちゃんに出会えて、ホントによかった」
 圭さんは優しく口づける。
「……ダメだ、こんなことしたら、離れたくなくなっちゃうな」
「私も」

 私は思いきって圭さんに抱きついた。圭さんも抱き返してくれる。
 ああ。
 圭さんのいる場所が、これから私の居場所になるんだ、きっと。

 部屋を出てから、私は何度も振り返った。
 圭さんはずっと手を振って見送ってくれた。
 古くて暗いマンションも、今日は朝の光の中で輝いているように見える。
 外に出ると、まばゆいばかりの朝の光が私を包む。
 不思議。昨日までとは、全然違う光景に見える。すべてが輝いて見えて。
 ああ、夢なら醒めないで。醒めないで。
 

 電車の中でスマホを見ると、心から何件もメッセが届いてた。電話もくれてたみたい。
 一応、昨日の夜に「今日は遅くなっちゃったから、友達のところに泊ってく」ってメッセを送っといたけど、圭さんのところに泊ったってバレバレだよね、きっと。
「大丈夫? 大宮まで迎えに行ってもいいよ?」なんてメッセもある。心配性だなあ。

「ごめんね、電話に気づかなくて。今日はこのまま学校に行くね」とだけメッセを送った。
 家に帰ったら、どんな顔をして心に会えばいいんだろ。
 圭さんとのこと、ちゃんと報告する? ううん、まだ早いかな。もう少し経ってからにしよう。

 その日の午後、家に帰ると、ちょうどバイトに行こうとしてる心と玄関でバッタリ会った。
「あ、た、ただいま」
「……お帰り」
「昨日はゴメンね。何度も連絡くれたのに、返せなくて」
「……うん」
「あ、昨日は高校の時の友達とバッタリ会っちゃって……ホラ、明日花ちゃん。明日花ちゃんのことは、話したことあるでしょ? それで久しぶりだからって食事して、そのまま明日花ちゃんの家に行ってたんだ。そんで、昔の話で盛り上がってたら、終電逃しちゃって。朝起きて心のメッセに気づいたんだ」

 我ながら、しらじらしい言い訳。しかも、妙なテンションでベラベラと。却って怪しいでしょ、って自分でも思った。

「……そっか」
 心はじっと私の顔を見つめてから、目を伏せた。
「あ、バイト? ゴメン、引き留めちゃって。行ってらっしゃい」
「うん」
 怒られるかと思ったけど、心は言葉少なだった。
 たぶん、私と圭さんがそういう仲になったってことに気づいた気がする。朝までミニチュア作ってたって言ったほうがよかったかな? まあ、仕方ないか……。
 
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 それから、私はカバーの作品作りに集中した。早く終わらせて、圭さんと会いたくて。
 会えない日が続くと、どんどん会いたくなる。
 圭さんとはメッセを送り合った。電話かけても、なかなかつながらないし。
「ごめん、作業に熱中してて気づかなかった」
「材料の買い出しに行ってた💦」
 とか、メッセが来る。
 たまに、夜眠る前に電話くれたりする。圭さんの声を聞けると、私は眠れなくなるぐらい嬉しい。
「早く葵ちゃんに会いたいから、超特急で作業を進めてるんだよ」なんて言われると、とろけそうになる。

「アジアン風のトルソー、どんなのか早く見たいなあ」
「うん、トルソーは最後に作るつもり。作ったら、一番最初に葵ちゃんに見せるね。葵ちゃんは、どこまで進んでるの?」
「楽器を作ってて、バイオリンとかチェロとかは、弦が張ってあるところを木で作ろうって思ってて。樹脂粘土だと、なんかキレイじゃなくて」
「なるほどね。そういう小さいところ、大事だよね」
「後、金管楽器の質感をどう出そうか、悩んでて」

 そんな風にミニチュアの話をしてると、あっという間に時間が経ってしまう。
 電話を切るときに、「おやすみ」って甘い声で言ってもらえると、しばらくニマニマが止まらない。

 私、圭さんの癒しの存在になりたいな。
 圭さんは、いっぱいいっぱい傷ついてきた。今だって苦しんでる。私がそばにいることで、圭さんが癒されて、またいっぱい笑顔になれるようになったら、いいな。
 二人でミニチュアを作って、一緒に作品を発表したり。あ、二人で写真集出せたら素敵かも。二人でワークショップをするのもいいな。
 そんな妄想が膨らんでいく。

 いつか、圭さんにうちに来てもらおう。そして、心に紹介しよう。
 心もきっと、圭さんに会ったら、圭さんがホントは優しい人だって分かるはず。圭さんだって、心のことを好きになるはず。3人でおしゃべりして、楽しく過ごせるようになったら、いいな。

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