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月刊みんぱく 2021年3月号 特集: 地域の記憶と向き合う

特集は震災の話だ。東日本の時は震災と津波でそれぞれの地域の歴史にまつわるものがたくさん失われた。関東大震災が江戸の風情を残すものを一掃したという話も聞いたことがある。本誌の記事の中で特に印象に残ったのは弘前大学の葉山茂准教授の「文化財レスキューを通して地域の暮らしを見る:尾形家通信記録の整理から」だった。

この尾形家は宮城県気仙沼市小々汐にある(あった)尾形家住宅のことだ。本誌の写真では津波に家屋の本体を流されて屋根が地べたに残る姿だが、その茅葺屋根は大変立派で屋根だけでも只者ではないことがわかる。尾形家は2011年の被災当時、築200年で、江戸中期以降、鰯漁の網元を営むことで発展した小々汐の大本家だそうだ。

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出所:公益財団法人日本ナショナルトラスト

それほどの家なのだが、昭和初期にこの家で10名ほどの家族が暮らしていたのが、終戦時には女性2人を残すだけになっていたという。1933年の昭和三陸津波を機に鰯漁をやめ、災害後に盛んになった牡蠣養殖にも参加せず、海苔養殖を残して海の生業から撤退した。代わって、尾形家の人々は職業軍人になった。2011年に被災した尾形家は家屋が所蔵されている品々を含めて文化財ではあったが、その家屋と結びついていたはずの暮らしはとうの昔に終わっていたのである。生活を守るということは、その時々の状況に合わせて柔軟に生計を立てるということであって、必ずしも生活スタイルを堅持するということではない、という当然の現実を知る。震災復興を巡る報道で気になったのは、失われた生活をそれ以前の状態に復旧する人々の姿ばかりが目立っことだった。確かにそういう人たちが大勢いることは事実なのだろうが、そればかりではないはずだ。判で押したようなコンテンツばかり見せられるとその嘘臭さばかりが鼻につく。そういう自分たちの怪しさを報道する側は自覚しているのだろうか。

先日、神田にあるほぼ日の學校で古川日出男の講演を聴いた。その講演の内容と小々汐の尾形家の記事とに重なるものを感じた。


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