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月例入選 2021年11月号

題詠「そうして(そして)」を詠う 池田はるみ先生 選

血を吸って叩く手を避け吸い続けそうして終える蚊の一代記

選評:蚊の一代記を想像する作者の個性の楽しさ。

『角川 短歌』の11月号が届いた。今回は初めて題詠で入選した。選んで下さったのは池田はるみ先生。投稿の封書を投函したのは8月12日。詠んだのも同日。

蚊に刺されるとけっこう腫れる質だ。若い頃はそうでもなかったのだが、数年前から腫れるようになった。武相荘のメルマガで牧山桂子さんが、刺されてすぐに吸い出し器を使うと酷くならない、というようなことを書いていたのを読んだ。それで昨年だったか一昨年だったかに「インセクト ポイズン リムーバー」という吸い出し器を入手した。確かに、刺されてすぐに刺されたところをそれで吸い出すと酷くならない。はじめのうちは面白がって刺される度にシューッポンとやっていたのだが、そのうち面倒になってしまった。それでも腫れるのは嫌なので、刺されて赤くなっているのに気づいたら「ムヒEX」というのを塗るように心がけた。しかし、吸い出しの方が効果が大きい。でも面倒だ。今年は一時期「キンカン」を塗った。「キンカン」の効果・効能には「虫さされ かゆみ 肩こり 腰痛 打撲 捻挫」とある。「虫さされ」と「捻挫」が同じ薬でいいのか、と素朴に疑問に思うのだが、マジの薬ではなく気休めの薬なのでこれでいい、ということにした。何よりも、あの匂いが「薬」らしくていい。

そんなことはともかくとして、蚊に刺されると癪に障るのである。しかし、蚊の寿命はわずかなものだ。成虫で一月ほどだそうだ。あっちにとまりこっちにとまり、あの人を刺しこの人を刺し、そればっかりだ。同じことの繰り返しで一生を終える。つまらない生涯だなと思った。が、自分も似たようなものだ。血を吸うだけの一生。食って寝るだけの一生。結局、生きるというのはそれだけのことだ。ところが当事者にとっては、喜怒哀楽に満ち溢れている、と感じられる。そういうことを蚊と話し合ったことはないのだが、おそらくただ血を吸っているのではないのかもしれない。彼等なりの波瀾万丈の一生を感じているのかもしれない。でも、やっぱり刺されると癪に障るのである。オマエなんか血を吸うだけの一生じゃねぇか、と言ってやりたいのである。

同誌にとじ込まれている題詠の提出用紙には三首詠むことができる。選ばれなかった方の二首は以下。歌の説明は割愛する。

つまらない悩み拵え嘆き節そうして叫ぶ「波瀾万丈」
社交でも公私共々オンラインそうしてなくす友の消息

題詠ではないほうでも一首佳作に選ばれた。それも二人の選者に。

夢に来る君はいつでも大笑いそんなあの世を覗いてみたい

選んで頂いたのは花山多佳子先生と柳宣宏先生。

何年か前の正月に見た夢に大学一年生の時に或る語学系の少人数の授業で席を並べていた女性が出てきた。彼女との接点はその週一コマの授業だけだ。10人程度しか履修者がいなかった所為もあり、それ相応に言葉を交わすようにはなったが、残り3年間は一切接点がなく、たまに学内で見かける程度だった。彼女とは全く何もなく卒業し、当然、その後も何もなかった。それが、たまたま卒業25周年で配られた名簿の彼女の欄に「物故」とあった。そこから急に気になり始めた。なんで死んだんだろう、どんな生活を送っていたんだろう、と。それからたまに夢に現れるようになった。その正月の夢をきっかけにして。夢の中ではいつも楽しく過ごしている。それは、つまり、彼女のことをよく知らないからに他ならない。知っていれば、もっといろいろな表情のインプットがあったはずだ。知らないからこそ、当たり障りのない会話での印象しか記憶に残っていないのである。死者はスゴイと思う。生きている者に揺るぎないイメージを残すことができる。安藤康美さんは私の中でずっと18歳のまま楽しそうにしているのである。

同誌にとじ込まれている題詠ではない方の提出用紙には四首詠むことができる。選ばれなかった三首は以下。歌の説明は割愛する。

初めての老眼入りの眼鏡かけ眼球だけがグルグル動く
若い程大きいらしい副作用接種の後の反応自慢
人減らし仕事丸投げ知らんぷり責任回避機能崩壊


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