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和田誠 『お楽しみはこれからだ 映画の名セリフ PART7』 国書刊行会

本書での各作品についての書き出しが、当該作品関係者の死についてであることがけっこうある。例えば、

ラナ・ターナーが他界した。七十四歳だった。

12頁 「THE POSTMAN ALWAYS RINGS TWICE (1946) :郵便配達人は二度ベルを鳴らす」

というように。こんなふうな感じに始まる記事が12本ある。本書で見出し作品として取り上げられているのが121作品なので約1割だ。どの程度の頻度でこのエッセイが書かれていたのか知らないが、取り上げる作品を選ぶのに関係者の死というのは良いきっかけになっていたのは確かなのだろう。

つい最近、ウォルフガング・ペーターゼンが亡くなった。本書(142-143頁)に登場する『U・ボート(原題:Das Boot)』の監督だ。1981年の作品で渋谷の映画館で観たと記憶している。大変気に入ってしまって、「劇場公開版」「ディレクターズ・カット」「TVシリーズ完全版」の3枚がセットになったDVDボックスが発売された時には躊躇なく買ってしまった。それから十数年経過したが、肝心の「ディレクターズ・カット」をまだ観てない。

本書ではまずルネ・クレマンが亡くなったことをきっかけにして『LES MAUDIS (1946):海の牙』について語られている。『U・ボート』は潜水艦映画の流れとして『海の牙』に続いて取り上げられている。そして『レッドオクトーバーを追え』『クリムゾン・タイド』と続く。だから『U・ボート』の記述の熱量が、私からすると物足りない。同じようなことが以前にもあった。「PART5」での『がんばれ!ベアーズ』だ。

『U・ボート』の撮影に際しては精密なセットを作り、出演者たちには艦内シーンの撮影期間中約3ヶ月間、現実のUボート乗組員と同様に入浴、散髪などを禁止し、食生活も当時に近いものにして、出演者たちが「出航」から「帰還」までの間に実際の乗組員同様の身体的変化が表現できるようにしたのだそうだ。そうした撮影事情を知ったのは作品を観て数年経ち、さらにDVDボックスを購入してから何年が経ってからのことだ。後になって聞けばなるほどと思うものだが、観る者の記憶に刻み込まれるものというのは、それくらいの入れ込みがあればこそなのかもしれない。だからといって、全ての仕事に同じように取り組むことはできないだろう。人間なのだから作品やそれを取り巻く人々との関係や相性もあるだろうし、自分自身の考え方や生活への姿勢も変化が続く。これぞ、とか、これは、というようなものが生まれるのは、あるいは、そういうものと出会うのは、やはり運とか縁もあると思う。

本作は西ドイツ作品だ。監督も主要な出演俳優もドイツやオーストリアの人たちだ。その後、西ドイツという国は無くなった。東ドイツとの統一が成り、現在は単に「ドイツ」と呼ばれる。ペーターゼン監督は本作での好評価を機に仕事の場をアメリカへ移し、1985年の『第5惑星(原題:Enemy Mine)』以降は本格的にアメリカでの作品制作を行う。1993年の作品『ザ・シークレット・サービス(In the Line of Fire)』が興行的成功を収め、次の作品『アウトブレイク(Outbreak)』、1997年の『エアフォース・ワン(Air Force One)』と続く。主演のユルゲン・プロホノフも本作で注目されたことをきっかけに活動の場をハリウッドへ移した。

本書のシリーズ全編を通して感じることなのだが、俳優とか監督の職業人としての寿命が総じて短くなっている気がする。産業としての映画の盛衰ともちろん関連しているだろうし、俳優に関しては体力的・健康面の問題とか容姿の変化といったことがあるので、自由業でありながらも賃労働者同様の限界は程度の差こそあれ避けるわけにはいかないのかもしれない。何よりも、時代の変化と共に、人間の感受性のようなものも変容していて、「面白い」「美しい」「心地よい」といった感情そのものも変容している、つまり、「人間性」自体が変容しているのだろう。この先、人間の社会がどうなるのかわからないが、生きている限り「お楽しみはこれから」であり続けるのだろう。

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