PCR検査と権力

先日友人が、アメリカの大学に短期留学した。その大学では、定期的にPCR検査が必須であり、そこで陰性が確認されないと大学の施設への入室が出来ないという制度があるらしい。なるほど。
日本では早稲田大学などを中心に生徒にPCR検査しているところがあると一部報道で聞いたことがあるが、アメリカでは寮生活もある関係なのか、積極的なPCR検査が実施されているようだ。大学からウイルスを積極的に断つことが求められている。
その友人が、定期的に陰性を確認できることによって日本にいるよりも安心感があると言っていた。私は唖然とした。無論、自分が感染していないことを確認することは十分意義がある。そこから、安心感を得られるなら良い行動だろう。しかし、自分が健康であることをPCR検査という科学、もしくは外部に委ねることは適切だろうか。これはフーコーにつながる話であろう。自分の能力不足のため詳しい話は割愛するが、監視体制になれてしまい、自己にその規制を取り入れることにつながるだろう。それは我々が我々の健康を判断する行為そのものを奪う権力そのものである。PCR検査は、個人の自由であり、それを受けることに対して批判しているのではない。PCR検査が国家権力行使の一部となり、無批判に安心を取るためにその行為を受け入れる。この連鎖の先にあるものに対して危惧している。
我々の行動が社会を作り、社会になる。どんな社会を我々は望むのか。

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