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書評『slowdown減速する素晴らしき世界 』ダニー・ドーリング

『slowdown減速する素晴らしき世界』 ダニー・ドーリング


スローダウンのイメージはどのようなものだろうか。スローな生活や丁寧な暮らしなど、都市の競争社会から離れた暮らし方で想起されるだろう。若い人はスローな生活を求めて地方に移住しているなど、ニュースに取り上げられることも多い。勿論、本書でも若者がスローな生活をしていることに触れている。しかし、本書で考えられているスローダウンは、上記のスローライフを推奨する本とは一線を画す。これは、社会が定常化する過程を描いたファクトフルネスに類する本である。
本書の主張はほぼ一貫して、社会は定常化へ向かっているということだ。具体的な話に入る前に「定常状態」について整理する。一般的なイメージとして、「定常状態は変化がなく、昨日も今日も明日も同じ状態」であるだろう。しかし本書では、この定常状態は1例に過ぎない。変化率が一定の場合も定常化であると呼ぶ。一定の経済成長率を保ち続けていればこれは定常状態であると言える。「変化率=0」が定常状態ではなく、「変化率=一定」であることが定常状態の条件である。
このことを踏まえたうえで、出生率は世界平均で徐々に2.02に近づいてきている。これは、人口が変化しないラインであると言われる値である。実質GDPも先進国では、成長率0%に徐々に近付いている。この定常化への減少は情報、債務にも表れていると主張する。大きく増加する時期もあれば、減少する時期もある。そして、その変化は徐々に一定に近づくと主張している。

本書で最も、重視している考え方が、人口単位当たりの変化はどの程度であるということだ。例えば、一人当たりGDPや10万人当たり感染者数が挙げられる。人口の大小を取り除いて比較するために使う有名な手法だ。人口単位当たりでの変化をみると面白い主張ができる。イノベーションは加速していないという主張である。この主張は直観に反する。より正確に表現するならば、社会の常識とはかけ離れている。しかし、10万人当たりイノベーション数なるものが算出できた場合、10万人当たりのイノベーション数に変化があるだろうか?10万人当たりイノベーション数に変化がなく、単純に人口が増加して変化の速度が速くなっているのならば、人口減少フェーズの社会では総イノベーション数は減少するだろう。どの程度のものをイノベーションにするか議論が分かれ、数値化が難しいため本書では、数的議論を行っていないが、説得力のある主張であると考える。


本書の主張は、「変化は加速的に起こるのではなく、徐々に一定の変化率に落ち着く」というものである。本書でのモノの捉え方は、日常生活と捉え方とは異なる。僕らは総量の変化に注目しがちである。しかし、比較するにはapple to apple である必要があるし、加速していない出来事も存在する。世界をより正確に認知するために、頭に入れておきたい1冊である。

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