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手紙16:中村翔子さま「南方熊楠をめぐって、まわりのあれこれが結びついていく幸福感」一條宣好より(2021年5月16日)

中村翔子さま

2021年5月16日(日)

中村さんから前回いただいたお手紙、これまで以上にたくさんの素敵な
いろいろでいっぱいで…何度も何度も読み返しました。


東京都庭園美術館で開催された「生命の庭―8人の現代作家が見つけた
小宇宙」展のこと。山口啓介さんの「カセットプラント」。山口さんの
「震災後ノート」について、中村さんが南方熊楠の行っていた「抜書を
すること、手書きをすることの意味や可能性」と結びつけていたこと
岡山「蟲文庫」の田中美穂さんがお書きになった『わたしの小さな古本
屋』(私は未読ですが、読んでみます!)に熊楠のことばが引かれていた
こと。中村さんが私の見知らぬ世界を巡っている旅人で、その赴いた先
から素敵なもろもろについて知らせてくれているような…そんな印象で
した。

それから『はれときどきぶた』が話題に出たことも嬉しかったです。私
も大好きな一冊。今でも人気の超ロングセラーですが、私が小学生の頃
も同様で、図書室ではシリーズがすべて貸出中になっていたこともたび
たびでした。奇想天外な内容がいつの時代もキッズを夢中にさせるので
しょうね。想像力を全開したような奔放さにおいて、一般にイメージさ
れる南方熊楠みたいだともいえるかもしれません。

奇想天外な物語といえば、私は森見登美彦さんの『ペンギン・ハイウェ
イ』
がとても好きです。

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森見登美彦さんの小説『ペンギン・ハイウェイ』(画像は角川文庫版)。単行本は2010年5月刊行。第31回日本SF大賞受賞。

先年アニメーション映画にもなりました。いるはずのない場所に次々とペンギンが現れる怪事件。謎の解明に乗り出すのは小学4年生のアオヤマくん。お話は優しさと暖かさと切なさに溢れていて人気の高い作品なのですが、「わたしたち」的には別に注目すべきポイントがあります。それは作品に「ミナカタ・クマグス」が登場する点です。
「ぼくは毎日ノートをたくさん書く。みんながびっくりするほど書く。
おそらく日本で一番ノートを書く小学四年生である。あるいは世界で一
番かもしれないのだ。先日、図書館でミナカタ・クマグスというえらい
人の伝記を読んでいたら、その人もたくさんのノートを書いたそうだ。
だから、ひょっとするとミナカタ・クマグスにはかなわないかもしれな
い。でも、ミナカタ・クマグスみたいな小学生はあまりいないだろう。」
(角川文庫版、8ページ)


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2018年、アニメーション映画の公開に合わせて刊行された『ペンギン・ハイウェイ公式読本』(角川書店)。森見さんへのロングインタビュー、スピンオフ短編小説など盛りだくさんな内容。

『ペンギン・ハイウェイ公式読本』(角川書店)に収録された「森見登
美彦ロングインタビュー」で森見さんは、アオヤマくんのことを「南
方熊楠を尊敬しているところも渋いですね」というインタビュアーの
発言を受けて「彼がいろんな書籍から得た知識を抜き書きしていたの
は知っていたので、アオヤマ君と重なるところがあるなあと」と応答
しています。これは推測ですが、熊楠が「神童」だった逸話を多数持
っている人物であることも、森見さんがアオヤマ君と熊楠を重ねた理
由かもしれません。
『ペンギン・ハイウェイ』には以下のような部分もあります。ペンギ
ン出現の謎に関する研究について、アオヤマ君と父親が話す場面。

「ぼくはそれらがつながっていることはわかるんだけれども、どうい
うふうな仕組みでつながっているのかはわからないんだ。たいへん複
雑なものだから仮説が立たない」
「大きな紙に関係のあることをぜんぶメモしなさい。ふしぎに思うこ
とや、発見した小さなことをね。大事なことは、紙は一枚にすること。
それから、できるだけ小さな字で書くこと」
「どうして小さな字で書くの?」
「大事なことがぜんぶ一目で見られるようにだよ。そのようにして何
度も何度も眺める。どのメモとどのメモに関係があるのか、いろいろ
な組み合わせを頭の中で考える。(…)」
(角川文庫版、306~307ページ)

まるでこれは、熊楠が論考を執筆する際、事前に準備していた「腹稿」
と呼ばれるものについて説明しているかのようです。「腹稿」は熊楠
について紹介したビジュアルな本にはたいてい写真が掲載されていま
す。あるテーマに基づいた様々な話題を、大きな印刷されていない新
聞紙に小さな字でたくさん書きつける熊楠。そこに朱筆で線を引いて
結びつけたり、本文に登場させる順序の目安として番号をふったり。
この「腹稿」には現在でもいろいろ謎があり、研究家の間では常に話
題となっています。アオヤマ君の父の言葉は、もしかしたら謎解きに
ヒントを与えてくれるかも…なんていうと専門の方々に怒られそうで
すが、『ペンギン・ハイウェイ』を初めて読んだとき、私にはそう感
じられて仕方なかったのです。


2018年夏に全国公開された『ペンギン・ハイウェイ』のアニメー
ション映画では、アオヤマ君のお父さん役を俳優の西島秀俊さんが担
当しました。キャラクターデザインは森見さんのルックスに似せたも
ので、そこにアテレコされた西島さんの声と話し方も、不思議な雰囲
気、「謎」な感じを醸し出していて…原作ファンとして納得のいく仕
上がりでした。
2012年にNHK Eテレで放送されたシリーズ「日本人は何を考
えてきたのか」。第3回は「森と水と共に生きる 田中正造と南方熊
楠」でした。現地取材とナレーションは西島秀俊さん。ゲストは中沢
新一さん、田中正造の研究をしている熊本大学教授の小松裕さん。西
島さんはスタジオにも登場しました。
なんと西島さんは、以前から熊楠に関心をお持ちだったとのこと。和
歌山での取材で熊楠と交流があった人物の家を訪ね、子孫の方から熊
楠の書簡を見せてもらう一幕があったのですが、西島さんは紙に細か
い字でびっしりと書かれた書簡に目を輝かせて、紙の縁へ変則的に書
き足されている部分を指差しながら「『熊楠』ですねえ!」と発言。
もう10年ほど前の放送ですが、強く印象に残っています。
番組でコメントしていた山梨県出身の宗教学者・中沢新一さんは、熊
楠に関する著書として『森のバロック』(講談社学術文庫)、中村さん
がご自身で企画されたオンラインブックフェア「映画『タゴール・ソ
ングス』誕生記念―100年後に、この本を心を込めて読む、あなた
は誰ですか?」で挙げていた『熊楠の星の時間』(講談社)などがあり、
第26回南方熊楠賞の受賞者です。第30回南方熊楠賞の受賞者であ
る災害社会史の研究家・北原糸子さんも山梨県富士吉田のご出身で、
山梨在住の熊楠ファンとしては何とも嬉しい気持ちです。

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中沢新一さんの『森のバロック』(講談社学術文庫)。南方熊楠の多様な可能性について、オリジナリティ溢れる着眼と展開で語った重厚かつ軽快な一冊。単行本は1992年、せりか書房より刊行。第44回読売文学賞(評論・伝記賞)受賞。


『はれときどきぶた』、山口啓介さんの「震災後ノート」。それから
「抜書をすること、手書きをすることの意味や可能性」。中村さんが
提示してくれた事柄から、私のまわりのいろいろが「南方熊楠」をめ
ぐって次々に結びついていきました。こんなとき、私は謎めいた「南
方マンダラ」の中に自分が溶け込んだような、不思議で幸せな気持ち
になるのです。
今年の夏は暑くなりそうですね。ご多忙な中村さん、どうぞお元気で。

                                一條宣好


【往復書簡メンバープロフィール】
一條宣好(いちじょう・のぶよし)
敷島書房店主、郷土史研究家。
1972年山梨生まれ。小書店を営む両親のもとで手伝いをしながら成長。幼少時に体験した民話絵本の読み聞かせで昔話に興味を持ち、学生時代は民俗学を専攻。卒業後は都内での書店勤務を経て、2008年故郷へ戻り店を受け継ぐ。山梨郷土研究会、南方熊楠研究会などに所属。書店経営のかたわら郷土史や南方熊楠に関する研究、執筆を行っている。読んで書いて考えて、明日へ向かって生きていきたいと願う。ボブ・ディランを愛聴。



中村翔子(なかむら・しょうこ)
本屋しゃん/フリーランス企画家・文筆
1987年新潟生まれ。本とアートを軸にトークイベントやワークショップを企画。青山ブックセンター・青山ブックスクールでのイベント企画担当、銀座 蔦屋書店 アートコンシェルジュを経て、2019年春にフリーランス「本屋しゃん」宣言。同時に下北沢のBOOK SHOP TRAVELLERを間借りし、「本屋しゃんの本屋さん」の運営をはじめる。本好きとアート好きの架け橋になりたい。バナナ好き。本屋しゃんの似顔絵とロゴはアーティスト牛木匡憲さんに描いていただきました。




【2人をつないだ本】
『街灯りとしての本屋―11書店に聞く、お店のはじめ方・つづけ方』
著:田中佳祐
構成:竹田信哉
出版社:雷鳥社
www.raichosha.co.jp



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