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静岡生まれ静岡育ち高知が好き

静岡生まれ、静岡育ち。
そんな私が好きな場所は、自分が生まれてなければ育ってもいない高知だ。
周りにも「どうして高知?」と聞かれるが、自分でもわからない。

なぜ高知なのだろうか?

そこで、はじめて高知に行った時のことを思い出してみた。

当時の私は、仕事が忙しく、家と職場を往復するだけの生活をしていた。
そんな毎日に嫌気がさして、すぐにでも逃げ出したい気持ちがあったが、特にやりたいことや好きな事もなく、1人もがいて苦しんでいた。

そんな2016年のある日の夜、普段は見ないテレビをつけると、ドラマ「ナオミとカナコ」がやっていた。

どうやら、親友とDV旦那を一緒にコ⚫︎スという…というとんでないサスペンスだということは、物語の途中からでもわかった。

とにかく息苦しくなるほどにハラハラドキドキして、いてもたってもいられなくなって、スマホを握りしめてしまうくらい心臓が持たなかった。
それくらいその女優さんの演技が、現実とドラマの境界がわからないくらい迫真の演技だったのだ。

その女優は広末涼子さんだ。

このドラマの面白さを話すと本当に長くなるので、これくらいにしておくが、すっかり彼女のファンになってしまった私は、今度は彼女の出身地である高知を訪れることにした。

静岡生まれの私にとって、四国は行ったこともない異国の島国であった。
しかし、いざ訪れてみると山と海に囲まれ自然と触れ合えるこの土地は、どこかふるさとと似ていて懐かしさとあたたかさを感じた。

ゆったりとした時間がそこには流れていた。

55号線を走ると、隣には太平洋が途切れることなく、すっと伸びて奥まで広がっている。
空と海が重なった、丸ごと青い世界だった。

景色がきらきらとして、普段ならぼやけて見えていた風景の解像度がどんどん高くなっていったのを感じた。
あたたかい春風が通り抜けて、おひさまと春の匂いに体が包まれていった。

あたたかな陽の光は、出勤時も退勤時も真っ暗だった日々を過ごしていた私の身体を包み込んでくれた。

そのようななんでもない自然に触れることで、ふと私は幼き頃の思い出が蘇ってきた。
そういえば、私は小さい頃から自然が好きだった。昆虫や魚の絵をよく描いていた。冒険にもあこがれていた。

高知の風景はそんな幼き頃に感じたようなドキドキを加速させてくれた。
あのドラマを見たときとはまた違う、ワクワクしたドキドキだった。
幼き頃と同じように、今も自然が好きだったのだ。
「思い出してくれてうれしい。」心がそう言っているように感じた。

人は忙しくなればなるほど、自分を後回しにするようになる。
忙しいから、コンビニ弁当でいいや。
忙しいから、シャワーでいいや。
忙しいから、片づけはあとでいいや。

仕事は大事かもしれないが、ずっと自分を後回しにしてしまうと少しずつ自分が何を食べたいのかも、自分が何が好きだったのかも、自分が何に感動するのかがわからなくなってきてしまう。

いつのまにか些細な自分の好きを忘れてしまう。

今、初めて高知へ行ったこの日の写真を見返すと、ほとんど撮っていなかったことに気付いた。
それだけ、フィルター越しではなく目に焼き付けたかったんだろうと思った。

私は空港に行く前に、最後にもう一度帯屋町商店街に寄ることにした。
室戸岬からは正直かなり遠回りだったけど、帰る前にあの街並みを一目見たいと思った。

初めて訪れた、知らない人しかいない街。
ざわざわとした人の流れの中、私は立ち止まって商店街の看板を眺めていた。
年季のあるアーケード商店街ははじめてきたはずなのに、どこか懐かしさがある。

また、くればいい。

そう思ったけど、なんだか寂しさが止まらなかった。

こんなことは人生で初めてだった。

私は何度も何度も振り返り「また来るからね。」と心の中でつぶやいた。

飛行機から見える町の明かりを見えなくなるまで見つめると、山のようなパンフレットを広げ、私はもう次の高知旅行を考えはじめていた。

暗い窓に反射した自分の顔は、職場と家を往復していた時のあの顔ではなくなっていた。

私はあの時、何気なくテレビをつけたけど、そこからすべてが始まっていたのだった。
どんなきっかけで人生に必要な出会いがあるかはわからない。

高知に行くことで、こぼれ落ちたものを1つ1つ拾い上げるような旅ができた。

私が私らしくいれる場所。
それが高知なのだと思う。



この旅がきっかけで高知が好きになり、高知の観光サイトを作りました。
良かったら覗いてみてください。

https://yukikuma.club/kochi/

いこいこ高知

執筆のおやつにヤングドーナツをたべます🍩🍩🍩