Vol.14 渡瀬成治|細胞分裂の6美しさに魅せられた博士|
1.どのような研究をしていますか?
細胞レベルで「若返り」が起きる仕組みについて研究をしています。残念ながら、私たちの体の多くの細胞 (体細胞) では「若返り」は起こらないと考えられています。しかし、生殖細胞と呼ばれる精子や卵子を作ることに特化した細胞では「若返り」が起こることが知られています。私は、生殖細胞が行う「若返り」の仕組みを理解するために、ショウジョウバエやマウスを用いて研究を行なっています。現在の研究で生殖細胞の「若返り」の仕組みを理解し、将来的に体細胞へ応用していくことで、私たちの健康寿命の延伸の可能性について検討していきたいと考えています。
具体的に研究内容を知りたいという方のためにもう少しだけ詳しく説明をすると、遺伝情報 (ゲノム) には特定の塩基配列が繰り返し書かれている反復配列領域があり、その配列の一つにリボソームDNA (rDNA) があります。rDNAは全ての真核生物のゲノムに存在し、私たちの生命には必須の領域ですが、反復回数が減少しやすい非常に不安定な領域です。私たちは、体長が約2mmほどのショウジョウバエで研究を進め、老化によりrDNAの反復回数が減少することを明らかにしました(図1) [1]。驚いたことに、減少したrDNAの反復回数は精子を介して次世代に受け継がれることもわかりました [1]。減少したrDNAの反復回数が次世代に受け継がれた後、老化によって反復回数がさらに減少するということが何世代も続くと、rDNAはいつか私たちのゲノムから無くなり、それは「種の絶滅」を意味します。
では、生物はどのようしてrDNAを失うことなく何世代にも渡って維持しているのでしょうか?
私は最近、精子を作るための精子幹細胞は、前(親)の世代で減少したrDNAの反復回数を元の反復回数まで回復する仕組みを持っていることを発見しました [2]。そして、この精子幹細胞におけるrDNA反復回数の回復に鍵となる因子を世界で最初に発見し、「インドラ」と名付けました[2]。精子幹細胞はrDNA反復回数を回復することによって老化をリセットし、「若返り」を起こしているんです。
「インドラ」と命名した理由ですが、ヒンドゥー教の神話の中で「不死の神様」として知られるインドラに由来しています。しかし、インドラは、ドゥルヴァーサという神様に呪いをかけられて不死性を失ってしまうんです。「インドラ」遺伝子の機能を生殖細胞から除くと、精子幹細胞の「若返り」が起きなくなり、生命の連続性が途絶えることから「インドラ」と名付けました。命名者は私の妻です。最近、rDNA反復回数の回復におけるインドラの具体的な役割に関しても明らかにすることができました[3] 。今後、「インドラ」を足がかりに精子幹細胞における「若返り」の仕組みの全体像の解明に挑みたいと考えています!
***参考文献***
[1]. Lu KL., Nelson JO., Watase GJ., Warsinger-Pepe N., Yamashita YM. *
eLife 7: e32421. (2018)
[2].Watase GJ., Nelson JO., Yamashita YM. *
Sci Adv. 8 (30): eabo4443. (2022)
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abo4443
[3].Watase GJ. *, Yamashita YM. *
PLoS Genet 20(5): e1011136. (2024)
2.どんな人生を経て、現在の大学に?
研究者を志したきっかけは大学4年の卒業研究時です。当時、滋賀県にある長浜バイオ大学の三輪正直先生の研究室で研究を行っていました。抗がん剤増強効果が認められる薬剤をチャイニーズハムスターの卵巣由来の細胞に与えた時の細胞分裂における影響を調べていました。染色体及び微小管や中心体などの細胞分裂装置を蛍光抗体染色により可視化し、蛍光顕微鏡で分裂中の細胞を観察した時に、その余りの美しさに鳥肌が立つほど感動したのを今でも覚えています (図2)。同時に、「自分の身体も同じ仕組みで細胞が日々正常に分裂しているからこそ自分は健康で生きていられるんだ!」ということが線でつながった時に、研究者となって染色体や細胞分裂の仕組みについてもっと詳しく知りたい!と強く思いました。その時の感動と好奇心にドライブされる形で現在に至るまで約17年間研究を続けています。
その後は、理想の研究者になるトレーニングを受けるために大学院から大阪大学に進学し、真核生物のDNA複製開始メカニズムの研究を行う滝澤温彦先生の研究室の門を叩きました (図3)。滝澤研では、鐘巻将人助教に研究者としての基礎をみっちりと叩き込んでいただきました。博士1年時に鐘巻さんが遺伝研で独立することになったため、博士終了までの残りの2年間は、静岡県の遺伝研にて研究を行いました(図4)。この遺伝研での2年間が自分の研究者としてのキャリア形成に大きく影響したと思います。当時の遺伝研は、助教、准教授、研究室主宰者、海外でポスドクといった、既に様々な経験をされてきた6人の若手研究者が、同時期に独立の機会を得ていました。これらのラボと一緒によく飲み会などを行い、自分の指導教官以外からも、研究者としての人生の話や、研究者のキャリアの相談の機会にも多く恵まれました。また、この時繋がった同世代の研究者との繋がりで、現在も共同で研究費に応募したりもしています。
大阪大での博士取得後は、米国ミシガン大学の山下由起子博士 (現・MIT教授) の研究室に留学しました。博士課程で行った自身の学位研究のDNA複製開始の仕組みに関する研究は、複数のラボが鎬を削る競争率の高い分野でした。その経験から、二度と「自分が寝ている間に世界中のどこかで誰かが自分と同じ研究を進めている」と思う研究はしたくない!と心に誓いました。そこで、これまでの研究にプラスαで何か独自性を出せるようなポスドク先を探しました。色々と論文を読み漁る中、「非対称分裂」という細胞の多様性を作るためのユニークな細胞分裂様式が存在することを知りました。
その中でも、「非対称分裂時のユニークな染色体分配様式」というパラダイムに魅せられ始めた頃に、山下研から「非対称分裂時のユニークな染色体分配様式」に関する論文がNature誌から発表されました。その数かヶ月後、私は何の迷いもなく山下研でポスドクとして働き始めました。
留学後は、思うように研究が進みませんでした。しかし、粘り続けて3年目頃から結果が出始め、5年目に論文をトップジャーナルに投稿しました。しかし、リジェクトとなり、苦難な道のりが始まりました。論文が出ないと研究者としてのキャリアがストップしてしまう。しかも論文は何でも良い訳ではなくて、ある程度の質の高い論文でないと研究者としてのキャリアを進めるのは難しい。しかし、論文がリジェクトになった理由を克服するのもまた困難である。そんな日々が続きました。ポスドク期間が長くなるほど、自身のキャリアに対する不安が募っていきました。しかし、悩んで立ち止まっても何も始まらないので、論文の再投稿に関して何度も何度も山下さんと議論しました。その繰り返しが実り、課題をクリアできたため、リジェクトとなった同じジャーナルに論文を再投稿しました。最終的にリジェクトとなりましたが、”私たちはやることはやった”という清々しい気持ちで姉妹誌のScience Advancesに投稿し、無事受理されました。あっという間に過ぎた山下研での10年は、染色体研究と若返り研究が結びついたきっかけとなり、今の研究の基盤となりました。山下さんをはじめ、山下研の皆さんには感謝しかありません (図5)。
その後、留学当初は「アメリカでラボを持って独立するんだ!」と意気込んでいましたが、米国と日本のアカデミア両方で職探しをした結果、留学中に結婚した妻と今後のキャリアについて話し合った末、熊本大学に着任するに至りました。
3.研究以外で実は没頭していて自分にとって欠かせないものは?
コロナ禍の最中に始めた趣味で、模型飛行機を使った空港ジオラマを作っています(図6)(Instagram: @altimate_blue_j)。ちょっとした自慢になりますが、このジオラマ写真がANAさんのグローバル版公式Instagramに取り上げられました(Instagram : @allnipponairways)。しかも、3度も取り上げていただき、「#FlyANA Hall of Fame (殿堂入り)」 という称号を頂きました (図7)。現在、世界中で6名の方々が「#FlyANA Hall of Fame」として認定されているのですが、世界で最初にこの称号を頂いたことを私は誇りに思っています!1/400というiphoneサイズの飛行機模型であり、自分の子供の頃に飛んでいた懐かしい機体や現在飛んでいる最新の機体までラインナップされているため、ついつい買い集めてしまいます。
実はこの趣味がきっかけで現役のJALのボーイング787型機のパイロットの方と友人になりました(笑)。同い年ということもあり、現在は家族ぐるみでお付き合いさせていただいています。留学先のボストンから熊本大学へ着任するための帰国時は、友人の操縦で日本へと帰って参りました (図8)。機内では、私たち夫婦向けに特別のアナウンスをしてくださったり感動のフライトでした。10年間アメリカで頑張った甲斐があったなとしみじみ思いましたね。
現在は、伊丹空港のジオラマを製作中です (図6)。きっかけは、父が認知症になったことです。父が認知症と知った時に、小さい頃から家族で祖父母に会うために飛行機を使っていた時のことを思い出しました。当時のことを話しても父はあまり認識できていませんが、私の中での父との思い出をカタチに残したいと思い、家族でよく利用していた大阪伊丹空港を再現することにしました。並べている機体も当時就航していたもので、時刻表通りに並べることまでこだわっています。
▼所属研究室▼
▼紹介記事1▼
(編集担当:前田龍成、赤池麻実)
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日時:12/1(日) 12:30~18:00
場所:熊本大学工学部百周年記念館
ポスター演題登録:~11/1(金)
事前参加登録:~11/30(土)
参加費:無料 *懇親会は別途必要
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