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母娘の密な時間13

 今朝の竹子は機嫌が良い。ベッドに寝そべりながら、ラジオから流れる昭和の唱歌に鼻歌を歌うほどだ。午後からお風呂につかる約束なのだ。
 昼食あと、竹子は杖と階段手摺を使って一歩一歩、ほんまに一歩一歩、階段を上る。お風呂はバスタブ様式でからだを寝そべられる一方、追い炊き機能がなく、つかっている間も温シャワーを流し続けないと冷めてしまう。いまの竹子の体力ではなるべく早く入浴を切り上げたいのだが、血流が悪いためしっかり温まらないと湯冷めしてしまう。ウチと娘は湯女のように浴槽に待機し、背中を流したり、シャンプーを手伝ったり、大忙しだ。アカいっぱいでたなぁ、そう呟きながらも極楽ごくらく~、またしても鼻歌がでた。

 33日ぶりの入浴。階段の上り下り。ここに至るまでの出来事が頭を駆け抜ける。母ひとりではベッドから起き上がる事も排泄もできず、食事の介助、水分補給...しんどい時期は確かにあった。そして、この期間中、長女は一度も寝たきり母を見舞うこともなかった。二人の間に何かあったのか、なかったのか。長女自身の心の病はずっと深いのかもしれない。長女の娘は一日ごとの在宅勤務と通勤をこなしながら、険しい坂を上り続けているのかもしれない。親を愛し愛されること、親から頼られること、その想いを胸に前に前にウチは少しずつ歩いてきた。

 ウチの娘が竹子に質問する。からだが元気になって、どこか遠い場所のでも、昔の思い出の食べ物でもいい、と仮定しての話
「コロナが収まったら何を食べたい?」
「うーん、歯が悪いしなぁ」
「なんでも食べれる、なんでも噛める、としたら」
口が肥えている夫と酒飲みの義父の料理を仕切ってきただけに、竹子は料理も上手だ。しかしここのところずっと毎日おかゆだった。塩分や糖分は控えるように医師から制限されている。
「そうやなぁ。食べ物はいっぱいありすぎて決められへんけど、甘いもんならひとつ決まっている」
「それ、何?」
「何やと思う?」竹子は微笑んだ。

明日は母の日。大好物のアップルパイはちゃんと用意してあるで。

#いま私にできること



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