発展と原点。

映画と写真展をはしごした。

外出自粛通り越して緊急事態宣言が出てるのに何してんねん、というツッコミが来そうだが、ひと月前の話だから。…ってひと月前でも状況は変わんないだろ。何やってんだ。

映画を先に見た。こう言っちゃ何だけど、何が起こるわけでもないゆる〜い日常系。でもそれがいい。日常は身近なドラマ。あらゆる人が役者であり観客。でもこれ、案外気がつかないのよ。日常生活、面白いぜ。
っていう素人目な見方と、「そうか、こういう見せ方があるか」「この言い回しいいな」とか、ちょっと勉強。そのまんま持ってっちゃうとパクリになりかねんから、参考までに。「架空OL日記」面白かった。

次に写真展。
近代芸術の原点だと思う。映像ってのは連続した複数の写真だけど、こっちは動くことのないたった一枚の写真。映画に比べたらインパクトは少ないかもしれない。でもなぜか引き込まれる。正直言って、私、「写真なんて今更」という考えがあって、実際問題写真はある種メモの代わりにしかしてなかった。ところがどうよ。悪い言い方をすれば紙切れ一枚や二枚だけでこうも感動するものか。普段気付かないものに気付こうとしたり、写真でしかできない表現の仕方があったり、「あ、写真ってすげぇ」と。語彙力が無くていい言葉が出てこない。

でもよく考えたら、映画(映像)のほうが後発。先に出来上がったのは写真なんだよね。それが映像作品の台頭で、写真は映像に比べて息をひそめがちになった。言ってしまえば写真より映像の方がうんと表現の幅は広いんだよ。でも映像が発達しすぎて、写真に目を向けられることがだんだん少なくなってしまった。今は手のひら大のサイズの機械で、写真も映像も楽しめる時代になった。でも世の中の流れは映像。写真も撮られない訳じゃない。ないんだけど、「表現」「芸術」よりも「メモ」「自慢」「SNS映え」(そもそもSNS映えってなんだよ)がメインになっちゃった。

表現っていうのは、別にTVドラマや映画、舞台演劇等の「動き」だけじゃないの。写真や絵画、それに彫刻も「表現」だよ。

映画やドラマを批判するわけじゃない。SNS映えを否定するわけじゃない。だけど、発展してるものを楽しむのはいいけど、原点となったものも楽しもうじゃないの。写真展も映画も、新しい発見だったなぁ。


余談。帰りの電車座れなくて立ってたんだけど、このご時世つり革も手すりも怖くて持てなくて、ずっと腕組んで立ってた。無駄に疲れた。遠回りしてでも座って帰ればよかった。

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