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大雨と菜の花の天ぷらとイヤホン
ご機嫌だ。
私は久しぶりの耳元の感覚に浮かれている。
私の耳には2つのワイヤレスイヤホンが入っている。
夫が自分に購入したものを「キミにも買ってあげるよ」と言って注文してくれた。
届いたイヤホンは決して音質が良い上等なものではない。
でも、これでいい。
十分だ。
***
私はいつも学生の頃イヤホンをつけて音楽を聴いていた。
1年生を留年して、もう1度チャレンジしたが
私の体は病気に耐えられずに高校を中退した。
やめてからは友達とも会いたくなかった。
あれだけ心配してくれた先生とも連絡は取らなかった。
家族には申し訳なくて、距離を取った。
私と社会は離れた。
でも、イヤホンは私とともにあった。
日差しの入るフローリングの部屋でうだうだと寝転がっている時も、映画館や居酒屋のアルバイトに向かう時も、近くの海の公園に飼い犬のプードルと一緒に散歩へ出かける時も、いつだって私と一緒にいた。
イヤホンは私の数少ない友達だ。これをつけると、私は何にだってなれる。どこへだって行ける。何かと繋がっている。安心する。
この半径2メートル位までの私の閉じている世界が何かと繋がれる。開かれる。広がる。
前にすすめる気がした。
***
イヤホンの何が好きかと言うと、右と左だ。
右と左は違う音が聞こえる。それぞれの声が楽器が左右から聞こえてくる。
ここにいるよ。こっちだよって。言ってくれている気がする。私は「そうだね。そこにいるね。」と思う。久しぶりのイヤホンに不意に泣きそうになる。
今日の外は大雨だ。風も強い。木の枝が斜めになったり、庭にあるバケツが転がったりしている。激しい。
でも、イヤホンがあるから聞こえない。
そして、今日は菜の花を天ぷらにするのだ。
菜の花は夫が関わっている訪問の利用者さんが下さった。
「天ぷらにするとおいしいよって言ってた。」
夫は私に言った。普段は揚げ物は面倒くさいけど、今日はなんだかやってみようと思った。最近人の言う事を聞くようになった。これも老いなのかと日々自覚している。
でも今日はご機嫌なんだ。このイヤホンがあるから。
菜の花を洗っていると、小さいなめくじのようなやつがいる。
こっそりよけて、葉を念入りに洗う。
かぼちゃやなすやえびも用意した。
これから一仕事だ。
私は台所の中の緑と黄色の春を感じながら、雨が降りつける窓を仰いだ。
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