妹がやってきた。相談したいらしい。
妹が来た。
「お姉ちゃん相談があるんだけど」
大体いつもこんな調子で、彼女は時々ふらりとやってくる。
私は3人姉妹の長女だ。やってくるのはいつも3番目の妹だ。
私は事業所で待ち合わせて「行きたいところがあるんだけど話しがてら一緒に行ってくれない?」と提案した。予想していたけどすんなりと妹は了承した。
行きたかったのは森の中のピザ屋さんだ。
あまり外食はしないようにとやんわりと言われているけれど、店内にはそれほどお客さんは来ていないだろうし、いざとなったら店外のスペースもあるし、会食といっても身内だからいいかと自分を納得させながら、お店へ向かった。
細長いくねった道を進むと、お店は小高い丘の上に立っていて、そこからは市街地や海が見えて見晴らしが良い。白を基調とした建物は古民家を改装したものであるため、味わい深い。芝生が続き、店内に入る。店長さんはやさしそうな中年の男性で、私たちを迎えてくれた。
妹は昨年、初めての子どもを出産している。
育児休業を取得していたが、一年が過ぎようとしており、そろそろ保育園に入れて自分は仕事を再開しなければならない。
「子どもと離れたくない」
「自分から出てきた愛しい存在の事を心配しすぎてしまう」
「職場は以前と上司が変わっているので、復帰に対して不安がある」
といった事が頭の中でぐるぐるしているようだ。
それで私に「自分の時はどうだったのか」なんていう話を聞きたかったのだという。
私は自分のことを思い出そうとするが、あまり思い出せない。忙しかったのだと思う。記憶も断片的である。そしてそもそも仕事以外では私はあんまり何事も気にしないんだ。
気にしない。
気にしない。
ツィにしない、だ。(志村けんさんが出てきた。)
全然ツィにしなかった。
うそ、気にしていたと思うが、私と彼女では環境も性格も全然違う。
「相談にのる」というのは難しいものだ。全然違う人にアドバイスなどをしても、そんなのはダメなんだ。だから私に相談するないやい。
頼んでいたピザがきた。チーズのピザにした。上にはちみつをかけて下さいと店長はスーパーで売っているような飾り気のないハチミツの容器をトンと置いていった。
ピザを食べる。
おいしい。
妹にもすすめる。
彼女は小さい頃からよく見ている人だった。
末っ子というのは姉や親の様子をよく観察している。そして自分はどのように振る舞えばいいか、どのような役割を求められているのか、家族に足りない色を補おうとしている気がする。彼女はその場に応じて何色にでもなれる。私の家族の要は案外この人ではないかな・・といつもぼんやりと私は思っている。
同じ親から生まれて、私たち3人は全然違う生き物だ。そして3人とも全然違う景色を見ている。彼女は悲しい景色や苦しい景色、きれいなものや美しいものを私よりたくさん見ている。おそらくたくさんのものに傷ついている。しかし、これは憶測である。私の憶測だが、意外と外れていないと思う。お互いに全てを知る必要はない。必要な時だけ重なりあえればいい。私たちの姉妹の在り方は今のところこれでいいと思う。
妹はもう答えを知っている。
かしこい彼女はもうわかってはいると思う。私に何かアドバイスを受けたい訳ではない。私は鏡だ。あるいはテニスの壁打ちだ。ことばを発して、聞こえたことばに反応しているだけだ。
私は同じことばを返す。あるいは何かを反響するだけでいい。
返ってきたことばを受けて輪郭がしっかりと見えたり、足元の状況がわかったり、先に行く人の影が少しばかりでも見えたらいい。
相談を受けるというのは、それくらいしかできないんだと思う。
結局歩んで行くのは自分だから。相談を受けた人は少し地面を平らにしたり、これからやってくるお天気の状況を伝えたり、歩きやすい靴を少し貸してあげたり、それくらいしかできないんじゃないかしら。
たくさんのことを見つめてきたその瞳で妹は私を見つめる。
そのまなざしがあればたいていの事は大丈夫だよと言いたくなるが、私はあえて言わない。
ジェラートもおいしい。
今日はここに来られて良かった。
ここは、私が担当している利用者さんの息子さんのお店だ。脱サラして頑張っている息子さんを以前から気にしていたので、コロナ禍で少しでも足しになればと思い、この日は初めてお店に足を運んだ。だから店長さんの顔は見た事がある。ついでに言うとお店の看板犬のぐうちゃん(フレンチブルドッグ)にもサービス担当者会議で会ったことがある。
私は素性を明かさず一言お礼を伝えてお店を後にした。
また、ふらりと妹が来てくれたら嬉しいと思う。
また一緒においしいものでも食べながら話をしよう。
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