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クマ吉と自助・互助の力を考える

たまには医療福祉職みたいなことを言っておけ!と頭の中の小さいクマ吉が最近何だか騒いでいるので、とりあえず書いてみます。
(クマ吉が幻聴ならば、べてるの家へ行って幻聴妄想大会にてみなさんと共有したいです。クマ吉の職業は木こりです。)

介護保険ってみなさんご存じですか?

知っている体で話を進めてしまいますが、その中で「地域包括ケアシステム」という考えがあります。

(詳しくは厚生労働省のホームページをご覧になって下さい。)

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その中で上記のような図が絶対でてきます。「自助・互助・共助・公助」からみた地域包括ケアシステムの図です。

これはこのように記されています。

【費用負担による区分】
公助」は税による公の負担、「共助」は介護保険などリスクを共有する仲間(被保険者)の負担であり、「自助」には「自分のことを自分でする」ことに加え、市場サービスの購入も含まれる。
これに対し、「互助」は相互に支え合っているという意味で「共助」と共通点があるが、費用負担が制度的に裏付けられていない自発的なもの。
【時代や地域による違い】
2025年までは、高齢者のひとり暮らしや高齢者のみ世帯がより一層増加。「自助」「互助」の概念や求められる範囲、役割が新しい形に。
都市部では、強い「互助」を期待することが難しい一方、民間サービス市場が大きく「自助」によるサービス購入が可能。都市部以外の地域は、民間市場が限定的だが「互助」の役割が大。
少子高齢化や財政状況から、「共助」「公助」の大幅な拡充を期待することは難しく、「自助」「互助」の果たす役割が大きくなることを意識した取組が必要。

えーと、要するに何が言いたいかって言うと、乱暴ですが

老後はお前たちの力でできる限り頑張ってくれよ!

ってことです。

え?違う?乱暴すぎる?こんなこと言って厚労省の役人に刺されないかしら。明日からケヴィン・コスナーみたいなボディガードをつけたらいいですか?クマ吉じゃ太刀打ちできないか・・斧を持っているのですが。

少子高齢化が加速するので、税金に頼れない部分が多いのですね。これは致し方ない部分もあると思うのです。だから、国民の意識を少しずつ変えていきたいと国は思っている。ないものはないのですからしょうがない。(逆に他に削れそうな部分がありそうな予感はしているのですが、お金の使い方が国民には見えないですよね。このように言いにくいことは、ふんわりと伝えてくるんだよな。介護保険改正も解釈がいつも本当にわかりにくい。どんどん削られて下がっているのは確かですが。)

国はそのように思っていらっしゃるとは思うのですが、国民にどこまで伝わっているんでしょうか?

たぶんあんまり伝わっていないような感じがするんです。

みなさん知ってました?こんなこと。知らないですよね。

なぜなら私が普段接している患者さんや利用者さんはほとんどの方が知らないですもの。

それで、私たち作業療法士(リハ職)はその事については、当然念頭に置いて仕事をしなさいと言われている訳です。

そこで接している双方のギャップが生じる。

これは相当なギャップです。

例えるなら「普段つっぱりを気取っているリーゼントの彼が、雨の日に捨てられていたネコを拾っていた」位のやつです。何?例えが80年代で古いと?

ああ、そういうことじゃないですよね。「普段はクールでとっつきにくいイケメン課長が、ひどいことがあって落ち込んでいると、缶コーヒーを買ってきてくれて思いの他優しく慰めてくれた」というギャップ。

・・・ギャップ萌えの話はもうやめます。


このギャップがあることを知らない方へ責めることはできないです。だって届いていないんですもの。

だからかしこい人がこのような情報を届けようと、日夜頑張っていらっしゃるんです。

ここでいきなりですが、自助の話をします。みなさんヘルスリテラシーということばはご存じですか?

ヘルスリテラシーとは、文字通りの健康(health)に関連した読み書き能力という意味から始まり、より広く健康や医療に関する情報を探し出し、理解し、活用する力を意味するようになっている。WHOによると「健康の維持・増進のために情報にアクセスし、理解、活用する動機や能力を決定する認知的、社会的スキル」と定義されている

自助に関しては、このヘルスリテラシーの力ってすごく作用されると思うんです。自分自身で病気になった時などに、的確な情報をちょうどいい量で集められるのってすごく強いです。

情報を集めること。

これに関して少し過去のお話をさせて下さい。
以前、私の子どもが保育園に通っていた時の話です。
保育園で保育参観という学校で言うところの授業参観みたいな行事があったんです。
それで、その保育参観の前の時間を使って、親御さんを対象とした勉強会みたいなやつをうちの保育園はやっていたんですね。参加は任意です。
毎年の勉強会の講師は、近隣の中核病院の小児科の先生でした。先生はとてもやさしい方で、わかりやすく小児の病気や季節柄心配される胃腸炎やノロウイルスの対処方法などを教えて下さっていました。

その勉強会の中で先生は少し気になる発言をしていました。

今日お話した内容はもしかして昨年も話しているかもしれません。ぼくの話を聞いてくれている人たちについては、ぼくは正直あんまり心配していないのです。なぜならここに聞きに来てくれるだけで、医療に関する意識は高い人が多いと思うからです。心配なのは、いつも聞きに来ない人たち。どうやってそのような人たちに情報を届けたらいいのか悩んでいます。もし、あなたが仲のいいお母さんがいて、今日ここに来ていないのであれば、聞いた話を伝えてあげてほしいのです。

私は、この話を聞いてその通りだなと思いました。

高齢者の体操予防教室なんかもそうですが、参加されている人たちはやはり健康意識が非常に高いんですね。

でも、もっと届けたいのはそこにも来られない人たち。その層に届けるためには、医療保健福祉職だけではあんまりきっと届きません。

おそらく(金銭的にも環境的にも精神的にも)余裕がないし、アクセスしようがない人たちがいる。

そういう方たちへ情報を届けるには、先ほどの小児科の先生がおっしゃった顔なじみの知り合いという立場が強みを持っていると思うのです。

もし、あなたが仲のいいお母さんがいて、今日ここに来ていないのであれば、聞いた話を伝えてあげてほしいのです。

先ほどのここの部分です。これがきっと互助に通じる部分であると思うのです。地域の中でまったくつながりを持たずに過ごしている方は少ないと思うのです。(残念ながら以前より孤立している方は増加していると思いますが)

だから、自分の持っている情報を地域の交流の中で生かしてほしいと思います。お互いに生かしあえるといいです。1人1人の情報量は限られていますが、たくさんの人の力になるとそれだけ情報も増えます。その中で、不正確な情報に振り回されないように、ある程度正確な知識を持っている方が先導することも必要だと思います。

日本国の市民として、地域で暮らしていく時に何ができるのか。もちろん、選挙などもそうですが、地域住民として健康に生きることついても考えてもらえたらいいなぁと思います。

今日は真面目な話ですみません。でも、あまりにも双方のギャップを感じているので、私からも伝えられたら良いなぁと思い書いてしまいました。

クマ吉も「まあまあだな。でもお前の伝え方は及第点だ!もっと勉強しろ!」と言ってますが、本日はこの辺で。

<参考サイト、文献>
・厚生労働省ホームページ。
・ヘルスコミュニケーション学入門、石川ひろの著。

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