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メタモルフォーゼは今日も滑稽

私の夫は服を着るのが破滅的に下手である。


例えば仕事着で着ていくスクラブの上着。

こんなやつ

これを着ると、100%近い確率で背面の首と背中の間についている「タグ」が出ている。
毎回「ピロッ」と出ている。
何回指摘しても出ている。
わざと出してるんじゃないかというくらい出ている。

夕方家に帰ってきてもまだ出ている事もある。

今日一日いろいろな人にこのタグはお披露目されていたんだなぁ~と妙に感慨深くなったりもする。

『タグよ、夫と一緒に長旅お疲れさまでした』と心の中でねぎらってみる。

(夫は一日車で100km近く走って僻地の方までリハビリテーションを届けに行く事も多い)


例えば、靴下を履く時も。
立位で履こうとすると、片足立ちで反対の足の股関節を曲げて空中に留めておく姿勢をキープすることができない。

高齢者あるあるですが

理由は明確である。
夫は股関節の柔軟性が低いからである。
おそらく梨状筋が縮んでいるのだと思う。

だから、履く時は
「フンッ」
と気合を入れながら足をあげて
靴下を
「サッ」と
つま先めがけて入れるようにして
「グッ」と
靴下を下腿に引き上げたい気持ちは
見ていて痛いほどにわかるのだが

うまくいかない。

足がすぐ地面に着地して
靴下は足の途中で止まっている。

「何だよ」

夫はつぶやく。

私はなぜかいつもそれを眺めてしまう。

眺めて観察している。

靴下が途中までの中年の男と

表情を変えずに、夫の成り行きを見守っている中年の女が

そこにいるだけである。

「これが夫婦ってやつか」

(何か私は勘違いをしているのかもしれない)


今朝はすごかった。

私たちの部屋に入ろうとすると
ドンッドンッという音が部屋から聞こえる。

何だろうと思いながらドアを開くと

夫がズボンを持ってジャンプしていた。

立位でズボンを腰まで引き上げようとして

2~3回小さくジャンプをしたのだ。


ズボン履く時にジャンプって必要.....?


私はやはり夫を見つめた。

私は驚きとあきれとおかしみが入り交じった、おそらく一言では形容しがたい顔をしていた。

「そんな、人を汚い物を見るような目で……!!!」

夫は恥ずかしさが混じった苦笑いを浮かべた。

まだ残っていたのか、羞恥心よ。

こんにちは、夫の羞恥心。

私は「そんなつもりはない」と笑った。

むしろ私は人のこういうところに惹かれる。

「おじさんの可愛さ」はなかなか他人と共有できない感覚である。


夫は、洋服を着ることで毎日変身を遂げているのだと思う。

仕事着を着ることで「よし!今日も訪問まわるぞー」とか「今日は請求業務に時間を費やすぞ~」とか「市役所に行って書類を忘れずにもらってくるぞ~」というモードに突入している。

洋服を着ているのはこの仕事モードへ変身の過程の一部なのだが、夫のその姿は非常に「滑稽」である。


でもそもそも変態中は考えてみればみんな滑稽だ。

イモムシが蝶になる前にさなぎになる。

さなぎって見れば見るほど変じゃないですか?

幼虫から成虫へ変態していく過程でイモムシはさなぎとなる。その時にイモムシはいったん自分の身体を溶かしてしまうらしい。

アポトーシス。

細胞死である。

でもドロドロのそれは決して無駄にはならず栄養になる。


以前勤めていた施設のデイケアで
よくありがちなのが、
「はりきりすぎてしまう人」だ。

この景色は通過儀礼的に、デイケアでは定期的に観察される場面である。

俗にいう「イニシエーション」だ。

デイケアに通うことになった高齢者たちは、新しいコミュニティに対して様々な「構え」をとる。

うまく言えないけど「ポーズ」というか「スタンス」というか。

ある者は、何くわぬ顔で前からいたような存在感を醸し出したり、ある者は家族に通わされている事を表現するかのように周囲に不機嫌を撒き散らす。

でも多くの社交性の高い、比較的活発な人は、その場に馴染もうと努力する。
そして、はりきる。

初回から「いやぁ!おはよう〜!」と元気よくみんなに声をかけている男性の利用者さんがいた。

「おっはよー!」

「元気?」

「髪切った〜?」

言われた相手はぶすっとしてたり反応もなかったりする。


活気のある者と活気のない者のコントラストは、ある形を作り上げた。

光と影

太陽と月

白と黒


ああ、いとおかし。

私としては、非常に趣を感じる。

「うーん、がんばれ~」と心の中でエールをこっそり送る。


見ている人によってはやはり、着地点が定まりにくいもやもやっとしたこの状況は「滑稽」であると思う。

この滑稽である時期は誰にでも訪れるのだと思う。


デイケアでなくとも、新しいコミュニティに入っていく時は、はりきりすぎてしまう事があると思う。

私だってそうだ。

でも、しばらく過ごすうちにその場のルールがわかったり、そこでの「普通」を感じたり、複雑な人間関係が見えてきたりして、徐々に馴染んでくる。

順応する

あるいは

それを貫き通す。

いずれも変態していく。

出会う前との変化。

メタモルフォーゼ。


さなぎは進化を遂げるために必要な時期。

次へのステップへ進むための準備でもある。


私はこの時期を愛したいと願う。

例え滑稽だったとしても
失敗してしまっても
ちょっと他よりはみ出してしまっても
収まりが悪く苦笑いしていても
悪目立ちしてしまっても

自分を変容させて、前に進もうとしているのだから。

だから今日もこっそり夫にエールを送る。


いつか羽ばたくことを夢見て

それぞれ奮闘しているその後ろ姿に


「がんばれ」


と、今日も小さく祈りを捧げている。




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