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40年の器

目が覚める。

眼鏡がない景色は

ピントがさだまらず

白いシーツの上に横たわった影は

ふちどりがはっきりせず

物体と物体のつなぎ目がうまく連結しない

少しずつ

少しずつ

目が覚めて

相手に焦点を定める


沈黙をやぶる声


「おめでとう」 


おめでとうの

ことばの縁をなぞる

おめでとう

おめでとう

おめでとう

おめでとうに撫でられる

目を閉じる

たくさんの

おめでとう

おめでとうに呼応する

吐くようにすべるように

笑顔と感謝を


「40歳の感想は?」

イロトリドリのフルーツのタルト

さっきまで確かに存在していた

空のお皿にスポンジを当てながら

振り向いた先の

夫が台所で私に放ったことばは

風のようにゆっくりと

私に到達し

私は

ことばにならない塊を探して

ことば未満の何かをつかもうとするが

雲のようにすりぬけたものは

カタチにはならず

ただ一言

「わからない」と返す


私は「感想」と距離を保ちながら

彼に

「パターソン」を観ることを提案する


主人公はバスを運転している

バスがゆっくりと走り出す

乗客がゆられながら

あてのないおしゃべりを楽しむ


この40年間

生きながらえてきた容れ物は

今日もたくさんの

幸せな重さを得て


どこかにまた重さを渡す


そうやって通り過ぎたものは

今繋いでいる指先の持ち主や

離れた部屋から聞こえる笑い声の住人や

涙をながしがちなやさしい存在に

渡される


全ては通過して

通り過ぎるだけだ

人間は器のように


たくさんの物を抱えてこぼして


時には底が見えて

そうやっていつかは

土にかえる


感想と距離をはかりつつ

感想なんて

なんと難しいものを

扱いづらいものをと

なんとなく思いながら


私は今日もピントのずれた視界の

焦点を合わせながら

このまま朽ちていくのも

悪くはない

なんて

思う



まぶたがもう2度と開かない

その時に

歩んできた道のりに

落ちていた

幸せのカケラを

たくさん浮かべながら

そのまま

眠る事ができたら

これ以上なくこの容れ物は

喜びに震え

役目をはたしたと

安堵するだろうか


目が覚める

今日も

目が覚めて

1日が始まる



私の中を

想いが通り過ぎていく













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