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Cherry Blossoms

4月の八王子。

私の住んでいるところと違って、八王子は天気が変わりやすいようだ。

そして思った以上にまだ4月の八王子は寒い。
自分が実家から持ってきた服を全部重ね着してもまだ寒くてどうしようもない日があった。私は完全に八王子をなめていた。まさか雹まで降るとは思ってもいなかった。

でも、あの日はあたたかい日だった。

今から十数年前

私は今の夫(当時の彼)が、実習のため訪れていた八王子に一緒についてきて、2ヶ月限定の同棲をしていた。

そこで私のやるべきことは、3つ。

料理の練習(結婚することが決まっていた)

卒論の内容決め。

国家試験の勉強。

それ以外はやることがない。

実習のために借りたレオパレスは八王子の都市部から離れていたので、窓の外には山と少年院と墓地が見えた。

私は持ってきた村上春樹の海辺のカフカや村上さんに聞いてみようシリーズの本を読みまくって、ごろごろしまくっていた。

テレビはほとんど見なかった。

映画を見ようと、彼の実家の部屋からDVDプレーヤーを持ってきたつもりだったが、なぜかスカパーのチューナーを持ってきてしまった。もちろんDVDも見られないし、スカパーだって見れない。

いつだって私は何事も上手くいかないのだ。


八王子にはもちろん知り合いもいない。

くらげのように所在なくぼんやりとしていた。

意識がただよって自分がよくわからなくなっていた。

自分の形を確かめたい。

あたたかいものに触れたいと思った。

生きているものの感触や気配を感じたかった。

でも、彼が帰ってくるまでにはいつも十分な時間があった。

部屋にはもちろん私しかいなかった。

そして気が向くと街をひたすら歩いていた。


八王子はとにかく坂が多い。

地元での車移動に慣れてしまった私は、歩いているとすぐ疲れた。

でも、いろいろなところへ無心で歩いていった。

ある時はスーパーへ
ある時は八王子駅周辺のファッションビルへ
ある時はフリーマーケットでにぎわう公園へ
ある時はどこだかわからないけど大学の横を通って
徘徊者のように知らない街を歩き回っていた。

MDウォークマンでUAの「Breathe」をいつも聴いていた。


その日はスーパーの帰り道だった。

天気は青空で気温はあたたかかった。

いつもように坂道を歩いていた。

公園の横を通るとさくらが咲いていた。

8分咲きのさくらは風に吹かれていた。

花びらがたくさん空に舞った。

きれいだなと思った。

今、死んでもいいなと思った。

このまま消えてもいいと思った。

何か悩みがあって苦しんでいた訳ではない。

悲観的にもなっていない。

でも、単純にそう思った。

しばらくさくらを眺めていたが、そのまま家路についた。


その時の気持ちが不思議で忘れられなくて、さくらの絵を日記に書いた。

その日記も人生のどこかのタイミングで捨ててしまった。


そんなことをきっかけもなく思ったのは、あの時だけだと思う。

割と楽観的な性格だと自分では思っている。

なぜあんな気持ちになったのかはわからない。
自分のことも説明できない人間だが、今まで運良く毎日を生きているだけだ。




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