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父と息子のバイバイ

私は3姉妹の長女であったので、男の子がいる家というのが、想像がつかなかった。

2番目の子どもを妊娠した時に、おなかの子どもが「男の子」であることがわかった瞬間に、夫は少し残念そうな顔をしていた。

「そうか~男の子か。間違っていないかな?」

エコーで見ているので、ほぼほぼ間違っていないとは思ったが「どうだろうかね」とだけ返した。

夫は弟で兄が一人いる。その兄とは大変仲が宜しくなかった。三十何年の間一切口を聞いていない。それは今まで続いている。

しかし、お互いの配偶者や子どもには好意的に話しかける。だから、私の家族、義理兄家族、義理両親で一年に一回旅行に行くくらいには結婚してから仲は良くなった。

それでも口は聞かない。意地の張り合いなのか。
「ここまで来たら話しかけられない。でも、別にすごく憎んでいる訳ではない。」と言ったり、「小さいころにいじわるされた事が許せない。ひどいことをされた。」と言う日もある。波のように感情も浮いたり沈んだりしているようだ。

そんな夫は、女性といる方が「気が楽」と昔から話していた。
男同士の付き合いができない訳じゃないけど、男同士の付き合いのノリみたいなものに対して、乗り切れない時がある。体育会系のノリがあまり得意ではないようなのだ。

だからなのか、よくはわからないが、家族の比率は女性度が高い方がいいと思っていたようで「男の子である」という結果に対して不安がチラチラと覗いていた。

私は「男の子」が家族にいることが想像がつかなかったが、性別に特別こだわりはなかったので「無事に生まれてくれればいいなぁ」とだけ思っていた。


そして出産。


夫は出産前の不安はどこへやらで、大変息子をかわいがっていた。
「男の子もいいものだね。この子が生まれてきてくれて良かった。」と息子の事が大好きな様子であった。私もこのことばを聞いて、心配はそれほどしていなかったにせよ、少なからずとも安心感が増した。一緒にゴジラやアベンジャーズの映画を見に行ったり、釣りに行ったりしている二人は、父と息子を楽しんでいてとてもいいコンビである。


息子は大変おもしろくていいやつだ。
今日も「ざんねんな生き物辞典」や「妖怪大百科」「天使と悪魔大百科(あるんですよ。おもしろい本です)」などを一生懸命見つめていたり、粘土で恐竜やゴジラを作り出したりして忙しそうだ。

そして彼は注意力が悪いくせに何事も察しがいいのである。


ここで、朝の話をしたい。

夫は朝、子供たちが学校に行く時に必ず玄関までついて行って、やさしく声をかける。

「行ってらっしゃい。気をつけるんだよ。」とか
「車にひかれないようにガードレールの内側で待つんだよ。」とか
「今日ははやくお迎えに行くからね」とか

何があっても必ず送り出す。

私はというと、朝の支度に余裕がないため、送り出すことができない。洗面所や台所から「いってらっしゃ~い」と間の抜けた声を出すので精一杯だ。

だから夫のそういうところをすごく尊敬している。

そしてうちは玄関ともう一つ、裏口の玄関がある。

夫は玄関を閉めたあと、急いで裏口の玄関へ行って、そこで、子どもたちの歩いていく後ろ姿を見届ける。

そしてこう言う。

「かわいいなぁ。2人とも生まれてきてくれて良かった。」

私はそれを少し離れた洗面所や台所から聞いている。

心がほどける。

ゆるゆるとよい気持ちになる。

家族っていいなぁと思う。

こういう時間があるから、毎日頑張れる。


そんな裏口から後ろ姿を見つめる行為は、そのうち2人にバレてしまい、2人とも夫に手を振るようになった。

ある日の事。夫がなんの理由か忘れたが、裏口へまわる時間が少し遅れてしまった。しかし夫は「間に合うかな。もう行っちゃったかな。」と急いで裏口の玄関へ向かった。


ガチャっと開けると息子がこっちを向いて待っていた。

どうやら夫が来ることを見越して待っていたようだった。

「アイツ待ってた。すごいな。」

夫は笑顔で息子に手を振った。

息子もとびっきりの笑顔で手を振った。


この父と息子のバイバイがいつまでも続いてほしいなぁと思う。

もちろん、思春期に入ったり、家を出て行ったり、永久に続かないことはわかっている。
でも、私の心の中でその光景はいつまでも繰り返して眺めていたい大切な宝物なのだ。

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