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失恋と穴ぼこ

あの日、私は
自分の恋を自覚したと同時に
失恋をした。


その日の時刻は22時を過ぎていた。

和室の宴会場でお開きとなった
しなびた田舎の居酒屋の駐車場は暗く
アスファルトはぼこぼことしていて
昨夜降った雨が窪みにわずかに残り
駐車場の白線の塗料もかすれていた

街灯の蛍光灯は細切れに点滅して
閑散としてさびれている雰囲気に
拍車をかけていた。

それぞれがほんのりと体温を上げながら
あるいは眠気と疲労でぼんやりとしながら
家が遠い者は終電の時刻を確認しながら
帰路につこうとし

まだ余力のあるものは
二次会のカラオケ店をどこにするか相談しあい
もしくは
どこかの友達のアパートに転がりこむことを
画策し
カップルたちはそれぞれ別れを惜しんだ。


それぞれがちりちりばらばらと
ほどけてゆるんでいく中で
私は駐車場で友人と仲間を待っていた。

私はその頃22歳だった。

友人は30歳前後。


友人は自分の自家用車にもたれていた。

彼は新しく車を購入したばかりだった。


この後の予定では
彼が私と仲間を自宅まで送ってくれる
手筈となっていた。

彼と私はとりとめもない雑談をしていた。

そして、どんなきっかけかは忘れたが
彼はある話を突然話しはじめた。


その頃の私は


やたら同級生にいろいろな話を
カミングアウトをされた。

その度に
なぜ、私に?
と疑問がわいた。


みんながこぞって私に話していくのは
王様の耳はロバの耳という話の
「穴ぼこ」もしくは「井戸」のような
存在だったからかもしれない。

王様の耳はロバの耳は、イソップ寓話の1つで、ギリシア神話に登場するフリギア王ミダスの物語だ。

あるところに、ひとりの王さまがいました。王さまはいつも深い帽子をすっぽりとかぶり、人前で取ることはなかったそう。なぜかというと、王さまの耳はロバの耳だったのです。他の人に見せるわけにはいきませんでした。
その秘密を知っているのは、王さまの髪を切っている理髪師のみ。もちろん王さまから口止めをされているので、理髪師は誰にもしゃべることはなく自分の胸の内に留めていました。
しかし、秘密をずっと抱え続けるのは苦しいもの。話したいけど話せない日々を送るうちに、理髪師は病気になってしまうのです。

理髪師が医者を訪れると、「抱えている秘密を打ち明けることで楽になる」と言われます。そこで理髪師は、井戸に向かって「王さまの耳はロバの耳!」と叫びました。
しかしその井戸、なんと国中の井戸と繋がっていたのです。理髪師の声は井戸を通じてあちこちに届き、「王さまの耳はロバの耳」という噂が瞬く間に広まってしまいました。

井戸は場合によっては「穴ぼこ」と訳されている事もある。

この話の中で
井戸は国中の井戸に繋がっていて
王様の秘密を国民にバラしてしまうが

私はみんなのカミングアウトを
誰かにもらすこともなく
大きな反応もせず
目立ったアドバイスもしなかった。

井戸に投げ出された感情は
底に届いて
そして、自分の声が響き渡るだけだ。

秘密というものを
保ち続けることは
精神的に良くない状態なのだろう。

みんな自分の声を
響かせてみたかっただけなのかもしれない

男女問わず
同級生は私に秘密を打ち明けた


この日の彼も、どういう気持ちで
私に話したのかは
いまだにわからないところだが


彼は私の2つ下の女性の友人と
ある雨の日に水族館に出かけた話をした。

そこの水族館は
屋外の施設も多く
雨に濡れないように
体を寄せ合って
距離が近かったことを話した

私の友人は、その日は
ひどく傷ついていたらしい。

彼女は家族に問題を抱えていた。

兄から暴力を受け

姉は精神病で家から錯乱して逃げ出すことが頻回であった。

私は彼女の

消えてしまいそうな透明感のある儚げな雰囲気や表情に

自分自身が嫌になるほどちっぽけで

力が足りない事を痛切に感じ

情けなく思うことが多かった。


ある線を越えてしまうこと

ある時は容易く乗り越えてしまうことがある。


たまたまその日は彼も友人も

何か森の中のようなところに迷い込んで

乗り越えてしまっただけなのかもしれない。


私はその話を聞いて

ひどく傷ついた。

そして許せなかった。


私も彼も彼女も。


私がもう少し頼り甲斐があれば

私にもう少し賢さがあれば

私がもう少しできることがあれば....


でもそんなものは錯覚であり偶像だ。


その時の彼女は私ではなく


彼を選んだ。


ただそれだけだ。


私が傷つくことは


余計な感情だった。


私は自分の中から生まれた


どろどろとした黒い何かを

ガラクタのようにその場に置いていきたかった。


そして気づいてしまった叶わない気持ちに


その時は少し蓋をすることにした。


私は笑顔を作り


背中からひんやりと冷たい風を受けて

夏が混じった夜の匂いを感じながら

今あるものが

壊れないように

必死にでこぼこの足元を確かめながら


仲間が来るのと

穴ぼこの音がやむのと

夜明けを

いつまでも待っていた。




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