見出し画像

「目標」を「価値」に置き換える

※本日は時間もなく、疲れているため、一般の方への注釈や解釈もつけずに、ただの作業療法士同士の夫婦の会話をのせています。ごめんなさい(誰に謝っているのだろう)

夫と、夜に散歩をする。
健康のためになるべく続けようと思って、どちらともなく誘っている。その間は思いついたことをだらだらと話している。子どもがいる夫婦の「夫婦だけ」の時間は意外と貴重なのかもしれないし、年を取ったら逆にその時間が当たり前になるかもとも思ったり。


夫は日本作業療法士協会のMTDLP(生活行為向上マネジメント)の推進特設委員を担っている。
なので、MTDLPに関する事は推進すべきであるし、私もそれについての発表をしたりしている。協会がやっていることは応援したいと常々思っている。思っているが・・・

「リハビリテーションにおいて「目標」をもつことってそんなに大事なのかな?」

という話題が散歩中の会話にちょこちょこ出てくる。

というのは身のまわりのクライエントはすんなりと目標をもてない人があまりにも多いからだ。

MTDLPのモデルケースや症例発表に出てくる人たちは「合意目標」を定めて、作業療法士の30cmのものさしの視点を他職種に伝えながら、一緒に取り組む事が一連の流れとして描かれていることが多い。

しかし、この「合意目標」の落としどころですよ。

すんなりいく人はいくんです。「私園芸をやりたいの。」「子どもに読み聞かせをしてあげたい」「地域の見守り隊としてまた参加したい」

いいですね!やりましょう!

できた!やった!

の人はいいんです。

わかりやすい。OTの見える化は大事です。

そうじゃない人。

そうじゃない人ってのは目標がない人ですよね。

そうじゃない人はどうしよう問題に常に悩まされている。

興味関心チェックシートとりました。認知症高齢者の絵カードやりました。ADOCとりました。あるいはそういったものはとれませんでした。

はたまた観察してVQとりました。

で、今ひとつ定められない。

これは自分のOTの進め方が悪いだけだと思うが、世の中すんなりいかないことってあると思うんです。

ここまでが長い前置き。


それで、夫婦で話しながらいろいろな解決法や新しい視点、アイディアが出てくる事もあるのですが(大体はくだらないことを話している)今日は表題の

「目標」を「価値」に置き換える

という話を夫がし始めた。これは、今日オンラインで指導を受けていた大学院の先生との会話から出てきたもの。(夫は人間作業モデルに対しての研究をしているので、人間作業モデルがベースの話になります)

「目標」に対して人はすすむ

の「目標」を

「価値」に置き換えるとどうか?

「価値」に対して人はすすむ

個人的原因帰属、興味、価値の中で
人間は「価値」のあるものに重きを置いて生きている

例えば、今私がnoteを作成しているのは、その他にやること(食器を洗うなどの家事や、余暇活動の読書や映画鑑賞をしたり、疲れたからといって寝てしまうなどの休息の時間をとること)をやらずに数ある選択肢の中で、選んで行なっている。これは私がnoteを書く事が「価値」のあるものだと感じているからだ。

自分が日々選択して行なっているたくさんの行動は、自分がやるべき事や人に期待されていること、自身のこうなりたいに突き動かされて行なっている。

だから先ほどの「目標」を「価値」に置き換えた場合、日々のささいな自分が選択している小さな目標達は達成されていることになる。

私は「目標」を大掛かりで壮大なものとして、優等生的に考えすぎているかもしれない。

「目標」ともっとざっくばらんなつきあいをしたい。

だからもしクライエントに聞く時に

あなたの目標は何ですか?」と尋ねるより

あなたが大事にしている価値観は何ですか?

と聞くと、また答え方が変わってくるかもしれないし、OT自身が「価値」に重きを置いて評価する事で、「目標」を持てないクライエントに対してのアプローチの突破口の一つになりうるかもしれないというお話でした。

おしまい。


サポートは読んでくれただけで充分です。あなたの資源はぜひ他のことにお使い下さい。それでもいただけるのであれば、私も他の方に渡していきたいです。