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【創作】Drops⑧

8話 グレーの消防車とさらば透明人間


かける

かける

ぼくのなまえはかける

何かが欠ける。


僕に欠けていたのは「色」


その日、僕の通っていた幼稚園は、近くの消防署に園児一同で見学に行く予定だった。
雲一つない青空は大変清々しく、お友達とはぐれないように手を繋いで、草刈りしたばかりの青臭い匂いに包まれて、畦道を歩いた事を覚えている。

消防署にたどり着くと、大きい消防車が僕たちの到着を待ち望むように入り口近くにドンとかまえていた。僕は消防車の迫力に魅せられて胸が高鳴った。そして、そのあと、日頃の救助活動について力強く説明してくれた消防士さん達のたくましい姿や在り方に憧れた。

見学から帰ってきたあと、先生はこう言った。
「みんな、今日は消防車を見てどのように感じましたか?先生も消防士さんのお話、大変勉強になりました。これからは絵の時間にします。今日見てきた消防車の絵をみんなで描いてみましょう。」

僕は「将来は消防士さんになりたいな.....」と漠然とした思いを抱きながら一生懸命クレヨンを使って絵を描いた。


これが全ての始まりだった。


先生は僕の絵を見て、後日、僕の両親を呼び出した。

なぜなら.....僕の書いた消防車は灰色で塗られていたからだ。

そこから様々な検査をして、僕には赤い色覚が認識できていないことが判明した。

僕はまず、自分が他の人と違う世界を見ていたことにショックを受けた。
そんな事があるという現実が最初はうまく飲み込めなかった。

だって、僕の世界は僕の世界なりに見えてはいたからだ。
何が普通で僕は人と何が違っているのか、確認しようがなかった。


そして憧れていた消防士の資格も、僕の色覚では仕事に就けない事を後に両親から説明された。

幼稚園ではその一件から、同じ組の男子に「変な消防車!!なんで色が灰色なんだよ~翔は変なやつだ!!」と言って馬鹿にされる事もあった。

小学校に入ると黒板の赤いチョークが見えづらかった。

ゲームのON/OFFスイッチの赤い点滅も、着いてるのか着いてないのかわからなかったし

トイレのシンボルマークも男性と女性の色がほぼ同じに見えた。

地下鉄の路線図も色がわかりにくく、駅員さんに尋ねる事も多かった。

まわりには見えていることが僕には見えなかった。

そんな時、僕はみんなから置き去りにされているような感覚を覚えた。

みんなで楽しく過ごしていても、生活していると、どうしてもそのようなハンディキャップを感じる場面からは逃れられることができなかった。

僕はそんなギャップを埋めるべく、自分なりに努力をした。

僕には見えていない色も「ことば」や「概念」で捉えた。
例えばリンゴだったら「赤い」とか、ピーマンは「緑」とか、物と色のことばの組み合わせをなるべく覚えるようにした。


そんな事は工夫次第で何とかなるものだったし、今までも何とかしてきたつもりだ。

だから自分の特性については僕は僕なりにうまく付き合っているつもりだ。


けれども僕は一つだけどうにもできなかった事がある。


それは僕の両親だ。


僕は高校卒業と共に、逃げるように実家を出た。

それ以来、僕は両親に会っていない。


「ちょっと何か飲もうか。」

僕は隣に座っている赤井さんに提案する。

赤井さんは「大丈夫だよ。」と言ったが、僕は立ち上がって近くの自販機でお茶のペットボトルを2本買い「僕が飲みたかったから、ついでに。」と1本を赤井さんに手渡した。

僕達は先程の橋の上から移動して、公園のベンチに座っていた。

赤井さんは「ありがとう」とお礼を言い、ペットボトルを受け取った。

「ご両親はどんな人たちだったの?」

赤井さんは僕に尋ねてきたので、僕は話の続きを進めた。



僕の両親は僕にたくさん愛情をそそいでくれていたんだと思う。

けれども僕にとってはそれが望ましいカタチではなかった。
彼らの差し出す「愛」は、僕を苦しめるものであることに彼らは最後まで気づいていなかった。

まず母親は何かにつけて僕の事を「かわいそう」だと言った。

「翔はかわいそうだわ」と頻回に言ったり

「何でこんな風に私は産んでしまったのかしら。」と泣いたり

「あなたは人よりできないことがたくさんあるのだから、全部お母さんができることはやってあげるからね。」と言って

何かにつけて、僕のチャレンジしたいことに反対をした。

常に母は僕の先回りをして、僕のやることを勝手に済ませている事が多かった。

理由は「危険だし、あなたにはできないから。」と話した。
僕にはそれがたまらなく窮屈だった。
今思えば、僕には僕の人生の選択権が細かいところまでも与えられなかったような状況であった。

そして僕は母が言う通り「かわいそう」な人間なのかな....と常に考えるようになった。

気づけば、そのことば自体が僕の身体にタールのようにべったりと張り付いてしまっているようだった。その感覚はいまだに抜けていない。


父親は「お前は人より目が見えづらいんだから、人の何倍も努力しないとダメなんだよ。」と言い続けた。

そして「人に助けてもらったら感謝をしないといけない。障害があるからこそ、笑顔でいて、努力をして、人に対して模範的な態度で生活するべきだ。お前は人よりダメなんだから、助けてもらっていることを忘れず、なるべくみんなに近づくように努力をしろ。」と言った。

父親の言う事は確かにある意味正論ではあると思った。

けれども....成長するにつれて、僕は父親と母親の意見がかみ合っていないことに戸惑うようになった。

そして「なんでみんなに近づけなくちゃいけないんだ」「僕はダメな人間なのか」「障害があるからと言って聖人君子のようにふるまうことがどうして求められているのか」といった疑問に少しずつぶち当たることになった。


もう限界だ。


僕は高校を卒業したのちに家を勝手に飛び出し、県外の親戚の叔父の家に転がり込んだ。そこから僕は叔父の力をかりて、一人で生活できるように今までやってきた。

両親はあいかわらず僕に連絡をしたがっているようだ。

けれども......僕は叔父に頼み込んで、何とか連絡がつかないようにストッパーの役割をお願いしている。


「だからね.....」

僕は赤井さんの方に顔を向けた。

「僕は僕自身を今一つ肯定できない何かがあるんだ。」

「僕の特徴を話すと、世間ではその場では優しくしてくれる人も多い。一方でそんな風に助けられている自分がたまらなくつらいんだ。その度に、僕の両親のことばが、フラッシュバッグのように何度も蘇る。夢にも出てくる。僕はかわいそうでだめなやつだから、この人たちは僕を助けてくれるんだ。そう思うとね、僕は助けられているのに胸が苦しくなる。だったら、もうなるべく人と関わらないで生きようって決めたんだ。その方が僕は誰にも迷惑をかけないし、僕は僕だけの世界なら自分の特性を忘れることができるから。」

赤井さんは真剣なまなざしで聞いてくれている。僕は続ける。

「けれども無理だった。1人でいると僕自身の存在があやふやになっている感覚が今度は襲ってきた。僕はまるで透明人間のように色をもたない、人からも見えない、必要とされない。そんな状態もつらかった......。」

僕はペットボトルのお茶を一口飲んでから息をすいこんだ。

「そんな事を思っていた矢先に、僕は君に不意に僕の事を話したんだ。
あのサクマドロップスをすすめられた時からだよ。
どうしてかはわからないけど、僕は自然と赤井さんなら自分を見せることができたんだ。」

「君が初めてだよ。
僕の見ている世界が素敵だって言ってくれた人は。」

赤井さんの瞳が揺れながら僕を見つめていた。僕も赤井さんを見ながらゆっくりと伝えた。

「僕は赤井さんといると楽しいんだ。そして一緒にいると不安な気持ちはスッとどこかに消え去ってありのままの自分でいられる。心地よいし、もっと赤井さんが見えている世界を教えてほしい。さっきもそう願ってた。」

「弟さんの事を見かけて僕はてっきり赤井さんの大切な人だって勘違いしてたんだ。だから、僕が願っている事は赤井さんにとって迷惑なんじゃないかって思った時に、自分がいたたまれなくってね。......さっきは取り乱して悪かったと思う。ごめんなさい。」

僕はゆっくりと大きく息を吐いた。

静寂が訪れる。

しばらく沈黙した後に、赤井さんはそっと僕の手を取った。

「私は迷惑だなんてこれっぽっちも思ってない」

「私はあなたがダメだとかかわいそうだなんて思った事もない」

「青野くんはちゃんとここにいるよ。」

「透明人間なんかじゃない。」

「ちゃんと自分の色で存在してるんだよ。」


そう言って手を離し、カバンからまたサクマドロップスを取り出した。

僕はもう彼女の行動に驚かなくなっていた。

ガシャンっと大きく振って出たのは透明な飴玉だった。

「ほら、狙った通り!私って運がいいのよ。」と言って大きくはにかんで勢いよく立ち上がった。


「青野くんこれを食べて下さい。」

「どうしたの急に.....。」

「これは今までのあなたです。透明な飴玉でもあり透明人間でもあります。」


「今日これを食べたら透明人間のあなたは消えます。」


「へ?」


「私の言っている事はマジです。赤井に騙された!と思って食べて下さい。」

僕はそこで赤井さんのおかしな口調と神妙な表情に耐え切れず吹き出してしまった。二人で大きな声を出して笑った。

「もし、これで透明人間が消えなかったらどうするの?」

「そもそも透明人間て消えているもんなんじゃないの?」

僕はわざといじわるな質問を投げかけた。

赤井さんは
「透明人間という存在があなたからいなくなります。あなたは明日から不透明人間になります。めっちゃカラフルです。リオのサンバカーニバルのような鮮やかさです。」
「もしだめだったら私が責任を取ります。」と高らかに宣言した。


それは選挙中の政治家も真っ青の清々しい宣言ぶりだった。

げらげら笑っている僕に赤井さんは透明な飴玉を渡してきた。
そして、迷わず僕はそれを口に入れた。

僕はこの時の事を忘れないだろう。

僕はめっちゃカラフルになった僕自身を精一杯想像した。

それは今までにない僕だったし、すごくふわふわして楽しい気分にもなった。


そして

この時味わった甘酸っぱいレモンの味を

僕は生涯忘れることはなかった。


つづく。



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