いなくては困る人は、いては困る人

「この仕事は、あの人に頼めば間違いない」「こういう事は、あの人でないと任せられない」・・・たいていの組織には「あの人がいなくては困る」と言われる人がいます。

「あの人がいなくては困る」という表現は、基本的に誉め言葉として使われていますし、言われる本人も自分がそういう存在であることを大なり小なり誇りに感じていることが多い。

しかし、健全な組織運営を考えた時、余人を持って代え難い「いなくては困る人」を作り出すことは必ずしも「良いことだ」とは言えないのではないでしょうか。

人は誰しも病気になることがあれば事故に遭うことだってあります。
当該人物が他社に引き抜かれることだってあります。
世の中、一寸先は分からないものであり、余人を持って代え難い仕事をしている人が、何らかの事情で突然いなくなることは常にあり得る訳で、組織としてはそういう事態を想定しておかねばなりません。

さらに言えば、突発的な事態発生の可能性に関係なく、そもそも「いなくては困る人」を作りだしている組織は健全ではない可能性が高いのではないでしょうか。

そういう人がいる部門は、属人的な能力に依存し過ぎて若手が育っていなかったり、チームとして仕事ができていないことが意外に多いからです。

「あの人がいないと困る」と言われる人は、当該業務について非凡な能力があることを自他共に認め、自信満々で仕事をしていますから、その業務において誰をも寄せ付けない雰囲気を醸し出していることが少なくありません。
そんな人に対して「意見するなんてトンデモナイ」という空気が醸成されていることも多いはずで、結果的に当該業務・分野に人が育たないという事態になりがちなのです。

もちろん、どんな仕事でも「あの人に任せれば安心」「あの人はすごい!!」と言われるほどの力をつけることは必要です。
しかし、そこまで力をつけた人が、そこで留まり「当該業務の主(ヌシ)」のようになってしまうのはまずいのです。 
本人も知らず知らずに自らの立場を守ろうとする方向に向かいがちになり、さらに高い次元をめざそうという意識が薄くなっていく可能性すらあって、結果として人が育たずチームとしても機能しづらい組織になってしまうのです。

特殊な職人技が要求される仕事でもない限り、ある業務で非凡な能力を発揮しているのであれば「もっと高い次元の役割・業務に取り組んでほしい」・・・そう持っていきたいですよね。

さらに、非凡な能力を発揮している人と同じように仕事がこなせる人物を育成することや、チームやITの力=総合力でカバーする体制をつくることを考えていく。 それがマネジメントの大事な仕事の一つだと思います。

そして(ここが最も肝心なのですが)経営者がしっかりと考えなければならないのは、「自分自身を『いなくてはならない人』の筆頭にしてしまってはいないか」ということです。

たいていの経営者は「自分がいなければ、この会社は回らない」と考えていることが多いですし、そのくらいの自信がないようではトップが務まらないのも事実です。

しかし、経営者自身が突然病に倒れるとか事故に遭うことだってあります。
自信満々の経営者に限って、往々にして社内に後継者を育てていなければ、組織も育っていないことが多いものです。

「自分がいないとダメ」と思っている経営者が運営する組織は、仮に現状がどんなに良くても、トップを仰ぎ見る指示待ち状態になっていることがありますし「何をやってもトップが決めるから」と消極的になっている可能性もあります。

中国古典の「老子」にこんな一文があります。

太上(たいじょう)は下(しも)これ有るを知るのみ、その次は親しみてこれを誉(ほ)む。その次はこれを畏(おそ)る。その次はこれを侮る。

「太上は下これ有るを知るのみ」とは、最も理想的な君主と言うのは、人々がただその存在を知るだけで、人々が自ら力を合わせて事業を成すようにさせて、誰もが「自分たちの力で国を良くしている」と自らを誇れるようにしているものである。決して自らを仰ぎ見させるようなことをしていない、という含意があります。

味わい深い言葉だと思います。

組織の大小に関わらず、経営者自らが「健全な組織にとって『いなくては困る人は、実はいては困る人』なのだ」という意識を持ち「(自分自身を含めて、いなくては困る人が)いなくなってもきちんと回る組織」を作っていくことが大切ではないでしょうか。

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