無駄はムダじゃない

山本昌さんという元プロ野球選手がいます。
現役時代は中日の投手で、史上最年長となる41歳でのノーヒットノーラン、同じく史上最年長となる50歳での登板など数々の記録を持ち、通算219勝を挙げた名選手です。
 
山本さんは入団から4年目まで1勝も挙げることができず、球速も130km前後しか出なかったこともあり、当時の星野監督から「お前は使えんなあ」と事実上の戦力外通告を受けていました。
 
5年目に、LAドジャースと同じベロビーチで中日がキャンプを行った後に、山本さんはドジャース傘下の1Aチームに数人の若手選手と共に残されます。
 
野球留学と言えば聞こえはいいのですが、実際には残された若手選手の中に星野監督期待の投手がいて、その投手の話し相手兼練習相手として、戦力にはならない(と思われていた)が人柄のいい山本さんが一緒に残されたものであり、それを自覚していた山本さんはチーム本体の帰国を見送った際に号泣したそうです。
 
その「捨てられた」ロサンゼルスで山本さんの人生が変わります。
 
当時、ドジャースのエースだったバレンズエラ投手の練習を見学した際に、投げていたスクリューボールが衝撃的で「世の中にはこんな凄い選手がいるのか」とさらに落ち込んだのですが、その2か月ほど後に、1Aのチームメートだった遊撃手がキャッチボールで器用にスクリューボールを投げているのを見て「内野手でも投げられるのならば俺にもできるかも」と教えてもらったことろ、驚くほど曲がる球が投げられるようになり、試合で使ってみると決め球として通用。それ以後1Aで13勝7敗の好成績を挙げ、星野監督から中日の一軍に呼び戻され、その後はチームを代表する投手として活躍するようになるのです。
 
そんな山本さんが後輩の選手たちにいつも言っていたのが「無駄と思っても無駄じゃない」という言葉です。
 
組織から見放された場所で遊撃手のキャッチボールを見て覚醒した自らの体験もあって、その後の野球人生において、多くの人が「あんなのはやっても無駄だ」と言う練習にも先ずは先入観抜きで前向きに取り組んでみる習慣を持ったことで実にさまざまなヒントを得ることができたそうで、そうした蓄積が結果的に50歳という年齢までプレーを続けられた秘訣でもあったと言います。
 
「今はネットなどで簡単かつ豊富に情報を得られるだけに、いろんな無駄を省いて効率的にうまくなろうとする傾向があるけれど、何でも最短で行こうとするのはもろいような気がします。無駄のように見えることが、実はその後血肉になっていたということが決して少なくありませんでした」
 
山本さんの言葉は仕事や勉強にも通じます。
 
現代社会は、ネットなどで簡単に正解を見つけることができるので、誰もが最短距離で正解を求めたがっているような気がします。
タイパなどという言葉が流行して、早く情報を得ることが格好いいことであるかのように言われているのもその一例ですね。
 
「正解」をすばやく求めることが悪いとは言いませんが、私は人間として「成熟」することにもっと重きを置くべきではないかと思います。
 
簡単に知ったことは忘れるのも早い。
行きつ戻りつ、成功や失敗を重ねて得たことは、山本さんが言うような「血肉」となって人間を成熟させてくれます。
 
そもそも人生に「これが正解」や「これは無駄」などないと思うのです。
 
大成功に酔いしれていても、その成功体験があだになって身を亡ぼすことがありますし、大失敗をしても、それによって得たことが後に花開くこともある。
やったすぐ後に、その意味や価値がわかるものがあれば、10年後・いや50年後になってようやく価値が分かるものもあります。
 
仕事にも人生にも無駄なんてないんです。
経験を活かすことができれば、それは決して無駄ではない。
 
回り道や失敗・・・一見マイナスと思えるような経験を克服して積み重ねていくことで、長い時間をかけて自分が置かれている文脈が変わり、それまでは見えなかったものが見えるようになる。 それが人しての成熟ではないでしょうか。
 
短期的な成功や失敗に一喜一憂することなく、あらゆる機会を勉強の場と捉えて、一歩一歩 人としての「成熟」をめざす、そんな姿勢をもっと大切にすべきではないか、私はそう思います。
 
 
 

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