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冲方 丁著「骨灰」 第169回直木賞候補作

これは、ホラー作品である。

どんな小説でもそうだが、特にホラー作品は、ネタバレしてしまうと
全く面白くなくなるので、帯に書かれた冒頭部にとどめておく。

大手デベロッパー会社の危機管理チームに所属する松永光弘は、
ツイッターで発信された「火が出た」「作業員全員入院」「人骨がでた穴」などの、
悪意の塊としか思えない「つぶやき」を調査するため、
工事中のビルの地下に向かう。
人が焼けて灰になる時に似た臭いを感じながら、
巨大な穴のある祭祀場を見つける。
その穴の中に、鎖で繋がれた謎の男を見つけ解放するが、
それを境に、光弘やその家族に奇妙なことが起こり始める。

この作品を一読して、まず頭に浮かんだのは「因縁」の言葉である。

「因縁」とは、本来は仏教用語で、一般的には「関係」の意味として使われる。
前世からの定まった運命、縁や先祖からの業のようなものである。

考えてみれば、人間は、先人の経験、知識、記憶、そして生命を土台にした上で生活をしている。

例えば、戦国時代には、有名な古戦場では大量の血が流れ、大量の生命がその土地にしみついている。

我々は、そういう土地の上で暮らし、生命をつないできた。

「因縁」という言葉は、あまりいいイメージがないが、
抗いようのない定まった運命を指す。

必ずしも悪い意味ばかりを表すわけではないと思うが、
作者はそれを、「人が焼ける時の臭いと、積み重なる灰」に例えた。

作者の文章技術で、一気に読まされてしまうが、
読後には、ホラーとしての恐怖感よりも、底知れぬ哀しみと、
「生きる」ということについて、襟を正さねばと感じた。

我々は、先人のあらゆるもの、生命を土台にして生活している。

そして、次の世代も我々を土台にして、つないでいくのだ。

地下の祭祀場の上に立つビルは、まるで墓標のようである。

帯にはこう書かれている。

「ああ、埋まるのだ。この穴が埋まるのだ。
かけがえのない人柱を礎にして。」

この作品は、著者初のホラー長編である。

著者は、今までにも「天地明察」や「十二人の死にたい子どもたち」などを著し、高評価を得ている。

ぜひ、この作品のご一読をお勧めする。

なお、この作品は、第169回直木賞の候補作になっていたが、惜しくも受賞を逃した。

この作品は、必ず映像化されると思うので、楽しみに待ちたい。



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