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抗がん剤治療から9日目のこと[嫌いな兄が癌で亡くなる半年間]#7

嫌いだった兄がスキルス胃がんで亡くなる半年間の話を書いています。

点滴しに行ったら即入院


兄が抗がん剤治療から副作用で吐き気、下痢があるため何も食べない、最低限の水分で生きているので点滴をしにいくことになります。
抗がん剤治療から9日目の朝、8時半に実家集合しました。
私は実家につき車を動かしたり、なるべく兄を見ないようにしてました。
なぜなら怖いからです。兄が今どんな状態なのか目で見るのが怖かったというのが正直な感想です。
なかなか兄は部屋から出てこず、母に兄はどういう状況?と聞きました。
その時、兄はファンヒーターの前で座ってると母は言っていました。座っているというよりは歩けない、立てないが正しいのだと思います。
実家の車は軽自動車なので4人しか乗れません。私が運転して助手席には母、後部座席は兄が横になれるようにということで父は行かず、3人で行くことになりました。後部座席に座布団を敷いたり吐くかもしれないから袋を準備したりしていました。
私が運転席で待っているとなんとか兄は、家の扉から出てきました。

家の扉を開けると何段か階段があります。
その階段を何段か降りたところで兄は座り込んでしまいました。
ひさびさに兄を見ると余計に怖くなりました。顔色がものすごい悪く、ひげも生えてげっそりしていて、表情は具合いが悪そうに眉間にしわが寄っていて、着ているのもパジャマのままでした。兄の体は今何が起こってるのだろうと思いました。どう具合いが悪いのか、どういう症状が起きて今、座り込んでるのかその時はわかりませんでした。

その後入院してわかったのは、簡単に言うとものすごい貧血状態でした。
結果、輸血をしました。
なので歩くのが精いっぱい、何歩か歩いたら休むといった感じでした。
母が腕を持って、やっと車に乗り出発しました。

車に乗って安心したのか兄が話し出しました。
ここ2、3日ずっとチャンネルも変えずにテレビを見ていたから、ドライブみたいですごい気分転換になる。風が気持ちいいと。
私は聞いていて悲しくなってしまいました。
でもここで悲しさは出さないようにして、天気もいいし、よかったねーと私は振り絞り答えました。

30分走っていたら道路状況の雲行きが怪しくなってきました。
車のデメリットは渋滞。まんまと事故があったみたいで、全然進まない。
兄も疲れてきていて後部座席で横になっていました。
私と母もなんとか気分転換になりように話しをしながら、兄が吐いてしまうんじゃないかと心配しながら2時間かかって病院に着きました。

無事なんとか病院について送り届け、私と母はレストランでお茶をしていました。ちょっとしてから兄からこのまま入院になるみたい、今確認中だから、また連絡するとのことでした。
私たちは安心しました。あんな状態で家に帰れるわけない、当たり前だと思いました。

そして兄は入院しました。



次回
兄、吐血

最後まで読んでいただき、ありがとうございました🐻
よければ続けて読んでいただけると嬉しいです。

https://note.com/kuma322/n/nb41eea0530f7


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