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抗がん剤治療開始から4日間[嫌いな兄が胃癌で亡くなる半年間]#4

兄が癌になって家族はどんなサポートをすればいいか、逆に何をしちゃだめなのか何もわからない状態でした。
そして現実問題、ガン治療にはいくらかかるのか。両親は年金生活で兄自身も貯金がありそうな感じもしなかったので経済面の心配もありました。
私はネットで調べたりしましたが、人それぞれ違うし、色々な情報が無数にあって、どれを信じればいいかわからない。
そんな時にがんセンターにがん相談センターというのがあると知りました。
相談というキーワードに惹かれました。まさに我々は相談したいのです。
がん相談センターにはがん専門相談員の方がいて、がんに関する治療の経済面や食事面そして精神的な不安な気持ちや心の辛さなど相談できる場所で、まさにこれだ!と思って、両親と姉に話してすぐに電話して予約をしました。
ただやはり混んでいて予約取れたのは2週間後。長い。そして結果、2週間までの間にいろいろなことが起こるのです。

抗がん剤治療は前話#2の時から始まり、その後の兄の状況を知る術は姉のLINEだけでした。兄は姉にはLINEで伝えてくれるのです。
今どんな薬を飲んでいるかパンフレットを送ってくれ、朝に薬を飲んだとか姉にLINEしたのをこちらにも共有してくれ、状況を教えてくれました。
抗がん剤治療当日、兄には内緒で母と私とで病院に行ってバレた後の様子も、姉が兄とのLINEをスクショで撮って、母と私に送ってくれました。
そのLINEのやり取りからは怒ってはなく、むしろ次回の抗がん剤治療も断っても誰かしらくるんでしょと言った感じで少し嬉しそうにしているのもその写真から知ることができました。
兄のLINEも暗くなく前向きで明るくやりとりしてる感じだったので少しホッとしました。

神社でお願いしてきました。お賽銭10円。


抗がん剤治療を始めて4日目の土曜日。
私は兄の様子が気になるのと、荷物を渡しに実家へ帰りました。私は普段通り兄の部屋へは行くことなく、リビングに直行しました。
リビングでは両親と兄のことで話し合いをしていました。 
両親はなるべく姉と私への負担をかけまいと、姉と私の自分たちの生活もあるからと言っていましたが、それは違う。これは家族、兄弟の事だから。
姉と私で、抗がん剤治療を自分のできることを精一杯頑張って戦っている兄と一緒に住む高齢の両親のサポートをすると話してました。まだなにか母親は言いたそうでしたが、理解してもらいました。
両親がいつも通りの生活をする毎日意識して過ごしていて、ふとした時の両親の憔悴した表情だったり、LINEでも不安な様子がわかっていました。

兄のことで手伝うことは当たり前ですが、なにか両親のサポートはできないか考え、私は両親にある提案を持ってきてました。
両親に暗い日ばかりじゃダメになってしまうから新しい風を吹かせて少しでも気分転換ができるように考えたのが一つありました。
その提案をして、あまり母親は乗り気ではありませんでしたが今日の夜からやってみようと半ば強引に進めました。
夜に計画を進めていると、1階のトイレから兄の嘔吐している声が聞こえてきました。
薬の副作用でした。毎日飲んでいた薬が4日目に副作用で現れてきました。
とても辛そうで、こんな声は聞いたことがない。
その時間がとても長く感じられました。私と母親でこういう時はどうすればいいんだろ、兄のところに行って背中をさするべきか、それとも逆に見られたくないんじゃないか。と母親とどうすると話していました。
そんな話をしているうちに兄の声は聞こえなくなり、父親に兄の様子を見てきてほしいとお願いしました。
兄はまだトイレにいる状態で、扉を挟んで父親と話していました。
話しかけるとわりかし普通に対応していて安心しましたが、たぶん父親に心配かけまいと気丈にふるまっていたんだと思います。
それから兄は副作用に悩まされます。
早く薬を飲んでガン治療をしたいのに副作用がつらく、水分を飲んだらお腹を下したり、嘔吐したり。姉とのLINEでのやりとりの中で、今日は様子見て薬をやめとくなど調整はしていたみたいですが、なかなか思うように薬を飲めないのと、どんどん体調が悪くなっていきました。



こちら使ってました

次回、
私が両親にしたある提案とは。
兄の抗がん剤治療から1週間、死ぬんじゃないか


最後まで読んでいただき、ありがとうございました🐻
よければ続けて読んでいただけると嬉しいです。

https://note.com/preview/n3adf22b31c6d?prev_access_key=2a728337325b0d85568f5676438f647d


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