MM理論から考える企業価値
Modigliani and Miller Theory of Capital Structure
モディリアーニとミラーの資本構成論
MM理論は、完全資本市場という仮定の中でのみ成立する理論であり、現実の市場には馴染まないと多くの批判がされている。
にもかかわらず、なぜこの理論は、金融を学ぶ上で重要になるのか。
資本(株式)と負債による資本構成や税制、破綻コスト等はどのように企業価値に影響を与えるのか。
そして、最適な資本構成はどのようなものとなるのかを検証する。
MM理論とは、
完全資本市場(企業も投資家も無リスクの利子率で借入が可能な市場)という仮定を前提に企業価値を考えたときに、将来生み出すキャッシュフローによってのみすべてが決まることになるため、最適な資本構成などという言うものは存在しないという理論。
この理論では、企業価値が変化するのは以下の場合に限られる。
キャッシュフローのリスクを変更した場合
キャッシュフローを変更した場合
MM理論の検証
完全資本市場という前提を現実的な不完全資本市場に以下の3ステップで修正しながら理論の内容を検証する。
前提条件
ステップ I - 法人税なし、個人所得税なし、破産費用なし
ステップ II - 法人税あり、個人所得税なし、破産費用なし
ステップ III - 法人税あり、個人所得税なし、破産費用あり
ステップI
「法人税なし、個人所得税なし、破産費用なし」の場合
この前提においては、以下が成り立つ。
負債を持つ企業価値 = 負債を持たない企業価値 = 営業利益
また、WACC(加重平均資本コスト)は、
Re = Ru + D/E(Ru - Rd)
*Re (Return on Equity) : 資本に対する期待収益率(借入コスト)
*Ru (Return on Unleverage equity) : レバレッジのない資本に対する期待収益率(借入コスト)
*D (Debt) : 負債
*E (Equity) : 資本
*Rd (Return on debt) : 負債に対する期待収益率(借入コスト)
*WACC : 「リスクとリターンの算出に使われる3つのモデル(CAPM、WACC他)」参照。
負債で調達する比率が高まると,資本も負債もよりリスクが高くなり,その資本コストは上昇する。しかし,より低コストの負債に比重が置かれるため,加重平均資本コストは一定となる。
従って、
企業価値は、資本構造の変化によって影響を受けない。
企業のキャッシュフローは変化しないので、価値も変化しない。
会社のWACCは、資本構造によって影響されない。
ステップII
ステップIに法人税を追加して「法人税あり、個人所得税なし 、破産費用なし」を前提として検討すると、ステップIの式が以下に変更することとなる。
𝑉L = 𝑉U + 𝑃𝑉 (Interest Tax Shield)
*VL (Value of Levered firm) : 負債を持つ企業価値
*VU (Value of Unlevered firm) : 負債を持たない企業価値
*Interest Tax Shield : 法人税の支払利息に関する節税効果
ステップIIでは、法人税が追加されることによって、”利払いに対する節税効果”が発生する。法人は、支払利息を差し引いた後の利益に対して課税されるため、事実上の節税効果があるといえる。
つまり、支払利息は法人税の額を減らす。これは、負債を利用するインセンティブを生み出す。税金の減少は企業のキャッシュフローを増加する。
従って、負債を持つ企業価値は他の前提が等しいと仮定した場合、負債のない企業価値より大きい。
税額控除可能な支払利息により、税引後実効借入金利はRd × (1-Tc)となり、加重平均資本コストは次のようになる。
R(WACC) = E/(E+D) × Re + D/(E+D) × Rd × (1-Tc)
*Re (Return on equity) : 資本に対する期待収益率(資本コスト)
*Rd (return on debt) : 負債に対する期待収益率(借入コスト)
*Tc (Corporate Tax) : 法人税
ただ、実際には、個人税をこの節税効果に含めることが必要となる。
投資家が証券に支払う金額は、すべての税金が支払われた後に投資家が受け取るキャッシュフローによって決まる。
個人税は投資家のキャッシュフローを減少させ、レバレッジによる法人税のメリットの一部を相殺する可能性がある。
つまり、実際の節税効果は、法人税と個人税の両方が支払われるかどうかで決まり、レバレッジの真の節税効果を判断するには、法人税と個人税の両方の効果を合わせて評価する必要がある。
→企業の借入は,(1 - 𝑇p) が (1 - 𝑇pe)(1 - Tc) よりも多ければ良く,そうでなければ悪くなる。
*Tc : Corporate tax
*Tp : Personal tax
*Tpe : Personal tax of equity
企業価値は、年間法人税のうち、支払利息に関する節税効果の現在価値だけ増加する。
ステップIII
最後に破産費用を加え、「法人税あり、個人所得税なし、破産費用あり」を前提とする。
破産費用とは
直接費用
法務・管理コスト(リーマン・ブラザーズの破綻コストは9億ドル以上。)
最終的に社債権者に追加損失を発生させることになる。
破綻時の資産価値の損失(例:債権の損失、資産の空売りなどの資産売却)
顧客の信用を失う。
財政難
債務を履行する上で重大な問題の発生。
財務上の問題を経験した企業のほとんどは、最終的に破産を申請することはない。
負債資本倍率(D/E)が上昇すると、倒産の確率が上昇する。この確率の増加は、予想される破産費用を増加させる。
ある時点で、支払利息による法人税の節税効果は、予想される破産費用によって相殺される。
この時点で、会社の価値は減少し始め、負債が増えるにつれてWACCは増加し始める。
最適な資本構成とはどのようなものか。
では、最適な資本構成とは、どのようなものになるのか。3つのステップで検証すると、最終的には、企業は、1ドルの追加借入による税制上の優遇措置(節税効果)が、財政難の確率の上昇から生じるコストと正確に等しくなる時点まで借入を行うことが最適といえる。
→これは、企業のWACCが最小化される点と等しくなり、トレードオフ理論と呼ばれる。
トレードオフ理論
VL = VU + PV (Interest Tax Shield) − PV(Financial Distress Costs) − 𝑃𝑉(Agency Costs of Debt) + 𝑃𝑉(Agency Benefits of Debt)
*VL (Value of Levered firm) : 負債を持つ企業価値
*VU (Value of Unlevered firm) : 負債を持たない企業価値
エージェンシー問題(Managers-shareholders conflict)
会社が財政難に陥ったとき、株主は債務者に対してさまざまな種類の意思決定を行うことができる。
過大なリスクを取るようになる(復活に賭ける)
→資産代替(過剰投資)NPVが正のプロジェクトであっても、株式資本の注入を嫌がるようになる
→借入金のオーバーハング(過小投資)。
経営者がフリーキャッシュフローの裁量権を持ちすぎると、NPVがマイナスのプロジェクト、つまり成長のための成長に浪費する可能性がある。また、高水準の負債は、経営者に規律を課すことによってエージェンシー問題を回避するのに役立つ可能性がある。(高い固定金利の支払いに応じなければならないため。)
MM理論の結論
ステップI
最適な資本構成はない
ステップII
最適な資本構成は100%負債であり、負債が1ドル増えるごとに、企業のキャッシュフローは増加する。
ステップIII
最適な資本構成は負債と資本のトレードオフ理論に基づく適切な組み合わせとなる。負債の追加による利益が、予想される破産費用の増加によってちょうど相殺される場合に発生する。
現実の市場に近づくほど、資本構成が企業価値に影響を与えていることがわかる。また、資本構成の中では、負債の方が企業価値へプラスの影響を与えていることもわかる。
とは言っても、この結論も、不完全資本市場であれば、以下の理論が存在するために一筋縄ではいかないという点も留意しなければならない。
序列化理論
1.企業はまず内部資金調達を行う
2.必要であれば負債を発行する
3.株式は最後の手段として売却される
マネジャーは内部者であり、会社についての非対称情報を持っている。
会社の未来の見通しが局外者の認識よりよければ、マネジャーは会社の株式がより低く評価されている場合、株式の発行ではなく、負債を発行したいと考える。株価が過大評価されている場合、経営者は高値で利益を得ようとするため、株式を発行したがる。投資家は経営者が発するシグナルを読み取り、市場は株式の新規売却に否定的な反応を示すため、現実の世界で企業が株式を新規に売却することはほとんどない。
負債は、単なる借金ではなく、企業価値を計る上でとても面白い立ち振る舞いをする。一面では、支払利息が税額控除されるために節税効果を発揮したり、他の一面では、エージェンシー問題の観点では、経営者の裁量を一定程度縛る効果を発揮したり、、、
負債とその資本構成は企業価値計るのみでなく、色々な戦略を練る上でとても面白い道具になるのだなぁ。
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