069 あと10分待ってください

そうお願いしたのは、ボクが人生で初めてヅカを被った、ではなくて、ヅカを感激、いや観劇していたときのことです。正しくは、ボクが観ていたのはヅカではなくて、元宝塚のトップスターたち。で、劇場での観劇ではなく、今ふうのオンライン配信です。

で、なぜミュージカル嫌いのボクが元ヅカメンバーの公演を、オンライン配信とはいえ観ていたのか? これには説明すると、長〜い理由があります。1話のミュージカル作品になるくらいの。。。

あっ、待って。話を短くするので、チャンネルはそのまま。。。って、なんのチャンネル?

九条Tokyoで開催しているイベントに、「名画を一皿に」という楽しいシリーズがあります。平山さんという美しいデザイナーが、見た映画を一皿の料理に表現してもてなしてくれる、というものです。

そのデザイン性豊かな一皿にも感動しますが、料理自体も美味しいんです。目と舌で、ついでに映画トークでも盛り上がれる、至福の時間です。

そのイベントに時々参加してくれるお客さんに、宝塚出身者がいるんです。

ええー、って人もいるかもしれませんが、ミュージカル嫌いなボクには、「あっそう」てな感じでした。でも、彼女と接するうち、その気さくで真っ直ぐな性格に、ボクだけでなく、誰もがファンになってしまいました。

ここで、なぜボクがミュージカル嫌いかって話から。

だって、話と話のつなぎを、歌ですることはないでしょう。。。つなぎは国産自給率の低い小麦粉にして、って言いたいからではありませんよ。

往年のハリウッド・ミュージカル映画だと、ボクの評価はがらりと変わります。『パリのアメリカ人』、最高ですよね。ジーン・ケリー、サイコー!

そういえば、池袋文芸座の地下で毎週末やっていたオールナイト4本立て映画で、ミュージカル特集があると必ず行っていたっけ。
帝国劇場での本田美奈子の『ミス・サイゴン』も良かったし、劇団四季の『オペラ座の怪人』もよかった。。。って、結構見てるじゃん?

それはさておき、その元ヅカの彼女が、主役3人のうちの一人を演じるというのです。直接、彼女から聞いたんじゃないですよ。ボクの友人からです。そう、その友人は大の宝塚ファン。

「チケットが取れないんです~」

はじめは、「あ、そう」てなもんでした。それが、、、
「闇サイトでは、30万円で売っているんだよね~」

それを買おうってこと。。。やめなよ、と言いたいけど、趣味って、人それぞれですからねぇ。ボクだって、大江健三郎さんと光さん親子の講演&演奏会を聞きに、広島まで1泊して行ったことがあるし、短いサラリーマン時代に、会社に嘘をついて30分早退して、永六輔さんと中村八大さんのコンサートに行ったことがあります。

その気持ち、わかるよ~。でも、犯罪に手を貸しちゃあ、あかーん。

というわけで、ボクは元ヅカの彼女に、チケットを1枚、とは言わずに(いえ、言えずにというほうが正しいかも)、
「ボクは全く知らなかったんだけど、今度、元ヅカのトップスターが集まる公演で準主役を演じるんだってね。頑張ってねー」というメールを送ったんです。

超頭のいい人だとは思っていたのですが、しばらくして彼女から返信が来ました。
「もし、チケットがお入り用でしたら」

ボクの友人にとっては奇跡的なタイミングで、ちょうど直前にキャンセルが出たというのです。

ピンポーン。凄いでしょ。即、甘えることにしました。

もち、知人は大喜び。
ボクは、いっとき、彼女のスーパーヒーローに。

ところが、ところが、です。
あの4月23日、どこかの総理大臣という肩書を持った老人が、「明後日から緊急事態宣言を発令します」と宣(のたま)い、飲食店はアルコールの提供をできなくなり、観劇は無観客を強いられることに。

飲食店には仕入れや仕込みってもんがあり、演劇やコンサートには事前準備ってものがあります。
元ヅカメンバーの公演ってことは、今では所属の違うスターたちが忙しい時間を縫って練習してきたミュージカルを、無観客でやれって? 
一体、どの口が言ってるんだか。。。

空いた口じゃなくて、客席がふさがらないだろうがぁ。

ボクの友人はショックのあまり、つい昨日までヒーロー扱いだったボクを、まるで犯罪人のように見ます。違うってばー。。。今回は、スカを引いた我々じゃなくて、選んだ密室政治が悪いんだってばー。

で、チケットがゲットできていた日には店で別のイベントがあり行けなかったボクですが、オンライン配信なら大丈夫。公演最終日、ちょっと早めにランチ営業をやめて、オンライン配信会社と大急ぎで契約し、『エリザベート TAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』を店の大画面で一人観ていたんです。

やばい、ハマっちゃったかも。。。

エリザベートを死神と夫が取り合うっていうか、死神がエリザベートの美しさに魅せられてしまう話なんですが、その死神(望海風斗さん)のうまかったこと。
演技もですが、歌がうますぎる!

そして、我らが夫役を演じた彼女(鳳真由ちゃん)も、若い皇太子から老年の皇帝までの難しい役を、抑えた演技で、しかもキーの違う低い声でこなし、素晴らしかった。

ヅカファンでないボクが褒めても薄っぺらい言葉しか出てこないので、ここまでにしておきます。

さて、物語は2幕目の、いよいよクライマックスという、残りあと10分となったその時です。

なんと、若い女性が店に上がって来たではありませんか。

「あれ、CLOSEDにし忘れていたっけ?」
「はい。でも、違うんです」

「ん?」
「東京都から来ました」

なーにー、でしょ。
よりによって、今日。しかも、今?

「ごめん、わがままを言ってほんとに悪いんだけど、あと10分してから、もう一度きてくれないかなぁ」
「えっ?」

「いや、知り合いが出てる公演をライブ配信で観てるんだけど、あと10分ほどで終わるんだ。それまで、先にほかの店に行ってきてもらえると…」
「では、ここで待ちます」

「ええー、いいの?」
「はい」

とはいえ、横に立たせているのが気になって舞台に集中できません。

「横で一緒に見る?」
「いいんですかぁ!」

彼女はすっ飛ぶようにボクの横に来て座りました。
「わたし、ミュージカル大好きなんです。これって、チケット全然取れなかった元宝塚メンバーによるガラ・コンサートですよね」

この会話の間の1分ほど、ボクは一番肝心なシーンを見逃してしまいましたが、それ以上に大切な奇跡を目の当たりにしていたことになります。

いや、やっぱ、あの1分を取り戻したーい。肝心なストーリーが見えなくなっちゃったよぉ。。。

そして、『エリザベート TAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』は終幕し、画面は真っ暗に。

「終わりましたねぇ。。。」「うん。。。」ボクはしばらく言葉が出てきませんでした。

ボクたちは、ほんの少し充実した沈黙を共有していました。共有、共感って、超大切な時間です。それを、巡回員と?
ハッと我に帰ったボクは、まず謝りました。

「悪かったねぇ、待たせちゃって」
「いえ、口もきいてくれないところや、もっと酷いこともありますから」

もっとぉ? まったく、誰に当たってるんだよー。当たる相手が違うだろうがぁ。。。

ボクは彼女の確認事項に答えながら、余韻に浸ってもいました。なんて奇跡みたいな日なんだと。

そうだ、この話を真由ちゃんにしなくちゃ、とボクはこの短い奇跡みたいな出来事を慌ててメールしました。

すると、公演が終わったばかりの彼女から、あまりに面白い話なので出演者に話してもいいですかって返信が。「もち」って答えたボクは、宝塚で、いえ元ヅカのトップスターたちに笑いを取った男になったかも。。。

やった〜!
あれ?

感動的なミュージカル作品を、お笑いにしてしまっていいのか。。。

そうだ、騒ぎすぎるコロナに早すぎる梅雨に長すぎる宣言延長にと、不貞腐れたくなることばかりですが、ミュージカルよろしく、すべて歌に変えて楽しみましょう。でも、つなぎまで歌でなくてもいいですからね〜。

Let’s sing!
そうそう、「雨に唄えば」もよかったなぁ。ミュージカル、サイコー。






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