079 「消失的情人節」か「My Missing Valentine」で

前回の予告どおり、今日ご紹介するのは、人よりワンテンポ早い彼女の消えたバレンタインの物語と、ワンテンポ遅い彼のもうひとつの物語を巡るラブストーリーを描いた映画『1秒先の彼女』。

原題は「消失的情人節」、英語では「My Missing Valentine」。このままでよかったかも。邦題については△ですが、それは配給会社の問題ですから、映画の素晴らしさとはなんの関係もありませんね。

2020年の台湾映画です。台湾映画と言ったら、我々には、ある意味、青春そのものであった時代がありました。「悲情城市」「風櫃の少年」「冬冬の夏休み」。。。

話は『1秒先の彼女』に戻って、台湾には年2回のバレンタインデーがあり、2月14日よりも、旧暦7月7日(2021年は8月14日)の「七夕情人節(チャイニーズバレンタインデー)」が重要なイベントで、主に男性から女性にプレゼントを贈るのが台湾式だそう(公式サイトからのパクリです)。

チェン・ユーシュン(陳玉勲)監督の作品といえば、『熱帯魚』(1995年)がすぐ思い浮かびます。『1秒先の彼女』は、別の映画を見る前に流れた予告編の不思議な設定と、コミカルなのに高い抒情性に惹かれてしまい、どうしても見たいと思ったのです。

さらに、スクリーンいっぱいに美しい台湾の風景が広がります。ボクの好きなイタリア映画『イルポスティーノ』を思い起こさせます。

ステキな映画でした。思わず、ウッともらい泣きしそうになって、手にしていた切符を握りしめました。前回あげたMy Favorite Top5と入れ替えるのは、どれを外すか難しいので、Top10か20に加えることにします。

ただ、涙腺がもろくなってるだけだろうって?

そう思うあなたは、ぜひ一度見てみてください。まだ公開中のはず。ストーリーそのものもステキなんですが、構成がよくできています。ここから先はネタばれになるといけないので省略しますが、映画らしい時間を満喫できる119分です。

自分がその映画を見た時、どんな状況だったかが思い出せるのは、あまりよくないですね。自分の人生とオーバーラップさせて感動が積み増しされているとしたら、制作スタッフに申し訳ない気がするからです。

百パーセント絵空事として、その作品世界に浸って感動したい。でも、人はいつも平常心でいられるわけはなく、登場人物やストーリー、設定に心を揺さぶられると同時に、つい我が身にいま現在起きていることと関連づけて感情を動かされている時ってありますよね。

昔、映画評論家の淀川長治さんにインタビューしたことがあります。2時間ほどいただいた中で、何度も「あんたはアホやなぁ」と言われてしまいました。

ボクが、「淀川さんは純粋に映画を楽しんでいながら、仕事として冷徹に批評もしている。それは淀川さんの中で、どうやって使い分けられているのか」と訊いた時のことです。いや、ほかにも何回も「あんたはアホやなぁ」と言われたっけ。

淀川さん曰く、映画はまず純粋に楽しむもの。TVで紹介したり批評を書く場合は、そういう目で見直してる。1本の映画を何回も見てるのに決まってるやろ、と。

1回見てわかった気になって、こうして言いふらしてるってことは、あれから30年経っても、ちっとも成長してないってことですね。

「でも、そんなふうに映画を見なきゃ行けないって、ある意味では辛いことですね」と呟いたボクに、淀川さんは初めてニーッと笑って、コーヒーをご馳走してくれました。全日空ホテルのあの部屋、懐かしい。

淀川さんに会いたくて、仕事にかこつけて、2、3年後にもう1回インタビューさせてもらいました。職権濫用ってやつ?

それはさておき、ボクはこれから何度も「消失的情人節」、いや「My Missing Valentine」、んじゃなくって、『1秒先の彼女』を見るたび、郷里の幼馴染のことを思い出すだろうなぁ。

おそらくそんな映画の見方は制作者には失礼で、淀川さんに尋ねたら「あんたはアホやなぁ」とまた怒られる気がしますが。。。

ひとときの出会ひのために購ひし切符をゆるく握りしめたり
次々と涙のつぶを押し出してしまうまぶたのちからかなしい (いずれも笹井宏之)



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