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057 善良な人から善良な人へ

大人になってから知ったことって、案外と身につかない。そんな気がしませんか。

例えば「多様性」。それは平等に繋がる正解だという気がするのですが、いまいちわからない。英語にすれば、diversity。もっとわかんないや。

島国の田舎で育ったせいだ、その狭い考えを変えていかねば、とわかってはいるのです。埴谷雄高の「存在革命」に憧れた一人としては、そうは思うのですが、虫は嫌いだし、生物の多様性といわれても。。。

九条Tokyoでは、全国の生産者や町おこしを担っている人と繋いでの『話食マルシェ』という取組を続けているという話は既に書きました。無農薬や自然農法の生産者から届いた野菜の段ボールを開けて、仕込みをしていると、時々、葉物の中に虫が棲みついています。

「ひゃー」と叫びながら、ゴミ箱に直行。いや、勿体ないから、そこに近い部分だけ千切ってはゴミ箱へ。でも待てよ、よくよく考えてみると、虫も食べない野菜なんて怖いかも。

でもでも、虫と共生していくのは、ちょっと。。。

「進化の過程で、別れただけでしょ」

いやぁー、頭ではわかっているってば。。。でも、ミミズやバッタと親戚?

「畑、無農薬でやっているんじゃなかった?」

そうなんですが。。。

「コロナウイルスが変異したんだって。嫌ねぇ」

そんなの、当たり前だろうが。ウイルスってのは変異しながら生き延びていくんだろうが。当たり前のことじゃん。そうやって弱毒化しながら、寄生しやすくなって生き延びていくんじゃなかったの?

「コロナの多様性には寛大なのに、虫は許せないと…」

「いや、そういう訳じゃないけど。。。うーん、見た目がちょっと。。。」

「マスターって、差別主義者だー」

ううっ。。。返す言葉もありません。

先日、久しぶりに復活したイベント「歴史トーク」では、同世代のおじさん5人と30代前半の若者2人が、自由と平等について語り合いました。自由も平等も「差別」からは最も遠い考えのはずです。それをどうしたら両方とも同時に手にできるのか、熱い論議が繰り広げられました。

そう、これこそ多様性じゃん。ボクは目の前で繰り広げられている世代を超えた熱い議論に、ちょっと胸が熱くなりました。

店を開けていると、様々なお客さんがやってきます。あんなに待つことが大嫌いだったボクが、今日は一体どんな人が迷い込んで来るのか楽しみにしています。

その楽しみを奪っているコロナってやつは天敵ともいえる存在ですが、向こうも同時代に、この世界に生きているわけですからねぇ。何十億年の進化の中で、たまたま時を同じくした、奇跡のような存在?

ここで、話はやっと本題に進みます。またまた長ーい前振り。

ボクが時々更新しているInstagramに、ある日、「いいね」がつきました。それも、四国のワイナリーから。愛媛県内子町の内子ワイナリーです。

やったぁー。というのも、内子町と言ったら、大江健三郎さんの生まれ故郷です。それだけでも、ボクにとっては奇跡のような話です。

そこで、ワインを作っている人がいるなんて。しかも、ブドウも内子町で作っているそうです。

現在、日本国内には約300以上のワイナリーがあり、奈良と佐賀以外の都道府県にあるそうです。〈国税庁「国内製造ワインの概況(平成29年度調査分)」から〉。

そのうち、国産ブドウ100%で造られる日本ワインの比率は20.2%。生産量でみると、ボトル2400万本の1/5ってことは、500万本未満ってことですね。すぐ販売終了になるわけだ。

その1ワイナリーが内子町にあるってことです。ちょっとした感動ですね。ボクはすぐ注文を出しました。

待つこと2日。奇跡を待つには、ちょっと早すぎる気もしますが、善は急げってわけで。

届きました!

内子町の、その名も「内子夢ワイン」。名前は公募によって決まったそうです。

ボクが発注したのは、ベリーAとピオーネの2本セット。ところが、届いた荷物は何やら嵩張っています。急いで封を開けると、2本入りの箱と、もう一つの箱にも、ワインが1本。

「ひゃー」ですね。といっても、こちらは嬉しい悲鳴。

自筆の手紙が入っていて、今年できたベリーAと飲み比べてみてくださいと書いてありました。つまり、1本サービスってことです。ここまでで、すでに信じられない、奇跡のような展開でしょ。

一緒に入っていたパンフレットには、表題のとおり「善良な人から善良な人へ」というキャッチコピーが。

その言葉を見た途端、ボクは大江健三郎さんと光さん親子の講座&コンサートに行った日のことを思い出しました。確か、あれは中原中也記念館でのライブでした。

自分の講演会では退屈で眠ってしまう人が多いが、息子のコンサートではそうはならない、というような大江さんらしいジョークで笑わせたあと、光さんが自曲を紹介したのです。

大江健三郎父子をめぐる奇跡のような物語については、「012  信仰を持たない者の祈りの道」で触れました。

ボクはその中原中也記念館で見た光景こそ、「善良な人から善良な人へ」キャッチボールされた瞬間だったと思います。あの場にいた全員が、確かに善意のボールを受け取ったと。

あれから何年経ったでしょうか。ボクは今、再び善意の、今度はワインを手にしていました。このワインが美味しくないはずはない。でしょ?

九条Tokyoでは、ワインは国産の、それもできるだけ単一品種のブドウで作られたものを置くようにしています。
ナイアガラはリタファームの。
デラウェアは楠ワイナリーの。
リースリングは高畠ワイナリーの。
シャルドネは信州たかやまワイナリーの。
ツヴァイゲルトレーベはココファームの、というふうに。

でもベリーAは、これまで「これは」というワインを見つけられないでいました。たいして試したわけでもないのに、ベリーAはボクの口には合わないんだと、お客さんにもあまり勧めないできました。日本で品種改良されたブドウだというのに。

でも、これからは違います。内子町の夢ワイン「ベリーA」があるじゃないか。

この感動を伝えるのにふさわしい日があるとして、今日という日ほどそれに適した日はないかもしれませんね。おそらく誰にとっても最悪だった2020年の大晦日。この年を見送る最後の日に、ボクは内子町から善意のリレーを受け取ったのかもしれません。

この店で出会った奇跡のような人々との瞬間を紡いできた、この連載の掉尾をかざるにふさわしい出来事のようにも思えます。Instagram で繋がったとは言え、九条Tokyoという店をやっていなければ訪れなかった出会いですね。

最悪だったとしか思えない2020年ですが、そんな中でも奇跡はあちこちで起きているのだと思います。この店でさえ、50以上のミラクル・ストーリーが生まれているのですから。

目さえ開けて、前さえ向いていれば、誰かと向き合っていれば、奇跡のような出会いはあると教えてくれた皆さんと内子夢ワインにカンパイ。

よいお年を。

遠くからみてもあなたとわかるのは あなたがあなたしかいないから (萩原慎一郎)







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