053 ガムランと再び出会う、の巻

この、~の巻、という声が聴けなくなるんですね。「ちびまる子ちゃん」で。

ボクの店では、心配なお客さんが8人に増えました。感染者や死者数を発表するのと同時に、こういう数字も発表してはどうか…と思ったりしています。別に、一度決めたからと、go to を何としても続けようという人の肩を持とうなんて、これっぽっちも思っているわけではないんですよ。

6月末のデータをもとに発表された東京都の死者数分析を見ると、基礎疾患の有無が確認できた198人の死者のうち、基礎疾患が無かったのに亡くなった人は、
男性 50代で2人
女性 70代で1人、80代で1人
合計4人です。198人のうち、ですよ。

そういえば、このデータ、どうして毎月更新されないんだろう。

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/shibou.files/shibourei.pdf

九条Tokyoで連絡が取れなくなっている or 取りにくくなっている、とても気になっているお客さんは、コロナ騒動が起きる前は4人だったのに。。。

どうにかならないのか、と悶々としているそんな中、嬉しい出会いがありました。

珍しく個人的な話をしますが、亡くなった親父は尋常高等小学校しか出ていないのに、定年前、縁があって、インドネシアのバンドンに単身赴任していたことがあります。

何度も書いていますが、飛行機嫌いのこのボクがですよ、一念発起してお袋を連れて会いに行きました。

遠かったぁ~。それに、案の定、最悪な1週間でした。

まず、飛行機でやられ、次に現地の水にあたり、フラフラの毎日。地元の人しか行かない、でも最高に美味いと親父に連れられて行った店で、ランチで頼んだビールの瓶に、黒いしみがついていたんだよねぇ。コップにビールを注ぐとき、それがツツーっと流れて。。。

翌日から30分ごとにトイレを探す毎日。(あ、食事しながら読んでいる人がいたら、ごめんなさい)

しかも、きれいなトイレの前には何故か若者が立っていて、小銭を貰おうと手を差し出すんです。こっちは必死で、そんな余裕ないよーと擦り抜けた後、痺れてフラフラになった足で戻る際、小銭を渡していました。

あれって、どういう権利なんでしょうか? このトイレの前に立つのは俺って、毎朝、その場所を取り合っているのかなぁ。

それはさておき、親父は言葉もできないのに、週末になると「テレマカシー」の一言で路線バスに一人飛び乗り、あちこちを周遊して回っていたそうです。それで、ボクたちを山奥の村に連れて行き、「ここで有名な楽団が毎日演奏しているらしい」とガムラン音楽を聴かせてくれました。誰かの家の庭先に、むしろが敷いてあるだけの演奏会でした。

前日の夜に見た影絵と相まって、ボクには懐かしい、遠い思い出でしたが、昨日の夜、ガムラン音楽が向こうからやってきたのです。向こうからって、あちらの世界の話ではないですよ。小4の時、クラスで流行ったおたふくかぜにうつって休んで以来、学校も仕事も休んだことのないボクですから、あちらの世界に行くのはもう少し先かと勝手に思い込んでいます。

昨日いらっしゃったお客さんは、いつも誰かを連れて来てくれます。嬉しい限りですね。

その連れてきた友人が、バリ舞踊仲間だというのです。

バリ舞踊。。。

最初、巴里舞踊と言っているのかと思いました。ムーランルージュ?

パ、じゃなくて、バ。

バリ舞踊って、あのバリ?

もしかして、ガムランとか。。。でも、なぜ、バリ?

「高校生の時、パンクバンドをやっていまして。。。どこの大学に行こうかと探したら、東海大学に音楽科があったんです。クラシックとかじゃなくても入れる」

「パンクの勉強?」

「いえ、そんな。でも、人生で初めて勉強しました。音楽について幅広く勉強しました。世界中の音楽を」

そんな中、先生がたまたまインドネシアの音楽を研究していて、勉強に行けばとすすめてくれたそうです。そこで泊まった先が、バリ舞踊の歴史に残るような人物の持っているゲストハウスで、はまってしまったそうです。出会いって、偶然というか、奇跡みたいなものですね。

それから彼はバリ舞踊とガムラン音楽の虜になって、今では世界的な第一人者に。

「外から行った、外国人だからよかったのだと思います。新しい目と耳でバリの音楽と踊りを捉えられた。伝統的なアートに、ボクなりの解釈を持ち込めたことがよかったんだと思っています」

ここでも、テーマは多様性だぁ。

そこまで言われたら、聴いてみたいでしょ。

「あの、そんな第一人者に申し訳ないんですが、投げ銭でLIVEなんてやってもらえないでしょうか?」

「やりますよ。うれしい。投げ銭もあちこちでやっています」

うれしいー、こっちはボクの声。

確か、民族音楽って、あちらの世界とこちらを繋ぐ、一種の祈りや交流みたいなもの。つまり、親父が繋げてくれたのかも。なーんてことは、これっぽっちも思っていないのですが、すてきな出会いに感謝ですね。彼、小谷野哲郎さんを連れて来てくれた、彼女にも。

彼が主催するガムラン音楽集団は、ウロツテノヤ子といいます。反対から読むと、彼の名前になります。生き方もですが、すべてがチャーミングでしょ。音楽を聴く前から、ボクはすっかりファンになってしまっています。

さぁ、いつLIVEが実現するのか、楽しみにしていてくださいね。日程が決まったら、facebookイベントページにアップしまーす。

LIVEといったら、
12/19(土)13:30~と16:30~は邦楽LIVEが。
12/22(火)19:00~の「ジビエールバー」では、
アカペラのミニLIVEが。こちらはジャズやシャンソン、クリスマスメドレーの予定です。

もち、ソーシャルディスタンスとかにも留意してやる予定です。前にも書きましたが、どうでもいいと思っているわけではないのです。ただ、きちんと判断できるデータを明らかにして、みんなが議論する‐‐それが民主主義ってやつだと。一色に流されてしまうのは、75年前にやめたはずでは。

12/26(土)の「歴史トーク」では、どんな人物や出来事が語られるんでしょうね。時代に流されなかった人たちの声を聴いて、それをモデルに、できるだけ正しい判断ができる個でありたい。

2020年が終わろうとしている今、つくづくボクはそう思っています。

なぜか、昨日からジプシーキングスを聴いているのは、それと関係あるのかしらん。。。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?