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『赤い瑠璃は異端なれど輝く』【小説】

 

 僕の名前は赤井瑠璃葉(あかい るりは)はじめまして。
 LGBTQのトランスジェンダー、FTX。Xジェンダーって、知らないかな。
 興味を持って調べない限り、知らないかもね。

 僕は『女性の肉体を持ち』『精神的には男性・女性・中性を行ったり来たりする不定性』『一人称は信頼できる人の前では僕』の人間。

 詳しく説明すると、
 生まれた肉体の性別は女性。
 気持ちは、男っぽくなったり、女っぽくなったり、揺れている。普段は中性的気分の時が多い。
 自分のことは『僕』と言う。……信頼の置ける人の前でだけ。
 トラブルを避けるために女性、として振る舞うこともある。

 家族にはカムアウト済み。
 色々あったけど、今は家族も理解してくれている。
 それはとても幸運なことだと思う。

 トゥシューズは持っていないけれど、趣味はダンス。
 つま先で立ってターン。
 ジャズダンスもヒップホップも好きさ。

 Xジェンダーには色々いる。
 『両性』『無性』『中性』『不定性』……僕も専門家ではないから、全てを把握しているわけではない。ごめんね。

 LGBTQ+って不思議だね。セクシャルマイノリティってことで手を取って、こういう風にまとまっているけれど、例えばゲイもレズビアンもバイセクシャルもトランスジェンダーも、全く同じものじゃあない。

 トランスジェンダーにしたって、FTM、MTF、とXジェンダーはやっぱり違う。
 それはダメってことではない。
 ただ事実として違って、同じものとしては考えられない部分もあるということ。

 僕は違いを否定しない。
 むしろ肯定したいと思う。
 でも、違いを『違わない』と言うことが必ずしも肯定ではないと思う。
 違いの部分も、同じ部分もある。
 何もかもが同じでなくたっていい。
 その違いを平らにならす必要はなくて、うなずきあって前に進むことが肯定なのではないだろうか。

 確かに『悩んでいる』としたら、その『悩み』には共通の部分も多々あるのかもしれない。

 僕はスカートで通学している。
 たまにズボンも履く。
 学校はそれを許してくれる。僕は猫や犬の中に放り込まれたイグアナみたいなものだけれど。
 イグアナだって生きている。
 マイペースに。僕はあの鱗が好き。

 僕はパンセクシャル。
 相手が男性でも女性でも、トランスジェンダーでも多分その他の性別でも、好きになる。

 今までに女性も男性もXジェンダーも好きになったことがある。

 僕は恋愛が下手くそで、告白して振られたり、どうしても気持ちが噛み合わなかったり、嫉妬に狂って相手を許せなかったりしたけれど、それは多分セクシャルマイノリティとは関係ない。
 僕が、恋愛が下手なだけ。

 みんな、普通に歩いているとなかなかわからないけれど、あれこのひともしかしてセクマイ? というニオイ? オーラ? みたいなものって時々感じる。

 隠れているようで、隠れていない。
 隠れてみたり、現れてみたり、まるでカメレオンみたいに。

 でもそれは、多分シスジェンダーの人でもどうか自分を見つけないで、そんな気分の時ってある。
 ……わかるよ。

 僕はさっき自販機で買ったお気に入りの100%のオレンジジュースを飲み干す。
 果汁っておいしい。いやまあコーラだっておいしいんだけど。……僕はコーラも好きさ。

 僕は、女性の服も男性の服も着る。
 ユニセックスをうたうブランドも増えてきて、嬉しい限り。

 僕は自分が女性の肉体を持ち、精神は女性の部分もあるけれど、シンプルに女性、というわけではないということを理解してから、ようやくフェミニンな服が着られるようになった。

 僕にとって女性の服を着るのは『女装』だし、男性の服を着るのは『男装』である。

 フェミニンな服やロリータも好きだし、男性の服を着ると安心する。
 苦手なのは、『役割に合わせた服』……例えば女性が周囲のために女性らしく見せるための服だ。

 自分が、自分のために、かわいくしたいからかわいい服を着る。
 そんなスタイルが好き。

 そうそう、違いというものは、コアラとキリンとフラミンゴと熊を並べて、どれが一番優れているかを決めようなんていうのは無理難題、ということで。
 もちろん無理やり決めようと思ったら決められるかもしれないけれど、みんなそれぞれ、コアラが好き、フラミンゴが好き、というのはあるだろうし、じゃあ人気順で競おうって投票したって、仮にキリンの票が少なかったとしても、キリンが好きな人はキリンが好きだろうって話。

 ……わかりにくいだろうか。
 LGBTQ+は、みんなそれぞれ違っていて、いいとか悪いとか誰が優れているかとかの話じゃなくて、もっと言うと個人の性格なんか色々なんだから、同じXジェンダーでも千差万別、それがどのジャンルでも言えるってこと。

 仮に男性が優れている、としたって素敵な男性もいれば、傲慢な男性もいるわけ。
 素敵な男性にも欠点はあるわけ。

 それが全てのジャンルで言えるでしょうって、話。

 僕はタワレコに寄って、CDを見繕う。
 今どきCD? レトロだね、って言われるかもしれない。いや、特典が欲しくてね。
 もちろんサブスクもいいんだよ。

 だけど、シスジェンダーのひとたちにとって、LGBTQ+が見えないものみたいに扱われるのはちょっと困ったなと思う。

 世の中にいるのは男性と女性だけじゃない。
 アンケートも、時々男性女性その他、って項目を作ってくれているところがあるけれど、そうすると好感度は高いよね。正直。

 トイレも、男性と女性がわかれているのは犯罪防止とかの理由もあるのかもしれないけれど、なんかまいったなって感じ。

 誰でも使っていいトイレ、は、車椅子のひとが後から来たら困るかな、と思ってついつい女性用のトイレを使っちゃう。どうしても困る人って絶対いるから……自分は後回しにしちゃうんだよね。

 生理? それも困るよね。生理用品のパッケージはカラフルじゃなくていいんだけど。
 いちおう僕は、昔から女性として教育されてきたからなのか性格の問題か、生理にはそこまで嫌悪感はないんだけれども。

 僕が、最初にあれって思ったのは、ゲームの主人公が男女選べる時に、ふと男主人公にしたら安心した時。

 男脳女脳診断、みたいなのをやった時に、男脳だやったあって言ったら、それって願望でしょ? みたいな風に言われて……

『じゃあ、男脳を喜ぶ願望ってなんだ?』

 それが、僕の中の問いになった。

『僕は、女性嫌悪のある女性なのか?』

『女性嫌悪のある女性ってなんぞ?』

『……もしかして、そもそも女性ではない?』

 僕は、Xジェンダーについて再び考えた。
 そもそも僕は、セクシャルマイノリティやドラァグクイーンがやたら好きだったのだ。
 だから、本を読んでXジェンダーについては知っていた。
 でも、自分が当事者だというのは思っていなかった。

 だけど、僕は当事者だったのだ。

 それは、頭を殴られるようなショックだった。
 自分の住んでいた部屋の壁が壊れて、違う景色が突然見えたような感じだった。

 ……僕は、セクシャルマイノリティ。
 Xジェンダーでパンセクシャル。

 それを背負って生きていくのは、まったく新しい一歩だった。

 雨上がりの道路はきれいだと思う。
 誰もいないからステップを踏んで、僕は水たまりを跳ね散らかして笑う。

『僕』と言うのは勇気がいった。
 今でも、家族や信頼の置ける人たち以外のところでは、面倒なトラブルを避けるために『わたし』と言ってしまう。

 家族にはたくさんの説明が必要だった。

「……! あらし!」

 僕は手を振って駆けていく。
 嵐というのは彼氏の名前である。

 僕のことを受け入れてくれて、ありのままの君が好き、と笑ってくれたひとだった。
 この嵐でさえも、僕のことをどう見つめているかわからない。
 一応ちゃんと説明したけれど、僕は肉体が女性だから、『僕っ娘』のように解釈しているのかもしれない。まだ、付き合ってそれほど日々が過ぎていないから、わからない。

 とてもいいひとだと思うし、僕は嵐が好きだ。

 そして僕は、僕を曲げない。
 Xジェンダーでパンセクシャル。

 だって、女性が女性であることを曲げる必要がないように。
 男性が男性であることを曲げる必要がないように。
 ゲイでも、レズビアンでも、バイでも、トランスジェンダーでも。クィアだったとしても。

 僕が、僕たちが自分であることを曲げたり、日陰に隠れたりしなくてはいけないわけはないのだから。

 恋愛はまた失敗するかもしれない。うまくいくかもしれない。
 理解されないかもしれない、されるかもしれない。
 そんなあたりまえを僕らは繰り返している。
 
 セクシャルマイノリティだって人間で、うまくいったりうまくいかなかったり、嬉しいことや嫌なことと巡り合う毎日。それはシスジェンダーのひとたちと変わらない。

 僕らは、ただの人間であることは変わりないのだ。

 瑠璃は濃紺、赤い瑠璃は異端。

 『そんなものは存在しない』

 本当にそう? 
 そうかもしれない。けれどそれだけなのだろうか。知らないだけかもしれない。
 青が目立つサファイアだって、実は色とりどり。

 僕は黒い魚たちの中の一匹の赤い魚なのかもしれない。
 けれど、赤い魚はきっと広い海に一匹じゃない。
 魚であることは変わらない。

 僕らは、違う。
 僕らは、違わない部分もある。

 笑ったり、泣いたりする、血が通っている。
 可視化されて生きていきたい。

 ……誰かを愛して、笑ったり泣いたりして、よりよい明日を迎えたい。

 僕は内緒話をする振りで、嵐にキスをする。
 嵐は笑う。
 その笑顔が好きでたまらない。

 僕らは自分を大事にして生きていっていい、その権利がある。

 ありふれた日常がどうか、全ての人に降り注ぎますように。

(こちら、企画そのものが中止になりましたが、作品は残しておきます)

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