見出し画像

「ご飯は一回でよそっちゃダメよ」

「ご飯は一回でよそっちゃダメよ」

夕飯時、小学生だった私は台所で家族の分のご飯をよそっていた。
「なんで?」
一回で適量のご飯をよそってしまった方が手間が少ないのに。

母は答えた。
「これはママがお母さんから教えてもらったことなんだけどね、
何でかはママも覚えてないけど、一口分だけでいいから2回以上でよそうんだって。」

私はしぶしぶ既に8分目まで入っているお茶碗に、もう一口分だけよそった。
「じゃあ一回よそったのからとって0.9回にするのはいいの?」
母は笑って
「それは少し違うと思うけど」
と言った。

「多分、その方が丁寧だからなんだと思うわ。」

幼い自分には、その言葉の意味がよく分からなかった。

家事をしていると、母の横顔を思い出す。
母はいつも手際よく家事をこなしていた。
「お母さんから教わったことをやっているだけよ。」
と母は言う。
母のお母さん、つまり私の祖母にあたる彼女のことを語る時、
母は私や姉、父に見せるのとはまた違った微笑みを浮かべる。
懐かしい宝物をそっと眺めるような、そんな表情だ。

祖母は立派な人だった。
慎ましく品があり、誰に対しても礼を尽くし
愛情深くいつも笑顔でいる人だった。
適当なことはせず、一つ一つの仕草が丁寧な人だった。

母を見ていると、祖母の姿が重なるときがある。
「お母さんには敵わないわ。」
と母は言う。

だけど、私は今でもご飯をよそう時にいつも思い出す。
今ではその意味が、少しだけわかるような気がする。