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幸せそうですね
幸せそうですねえ、とよく言われる。
頭の上にチューリップでも咲いていて、その周りに蝶々がたくさん舞っているような、深読みをするならば、バカにされているようなセリフである。
(私に深読みの技術は備わっていない)
ただ、あながちそれは間違っておらず、たぶんその「バカ」なのである。
幸せそうと言われれば単純に嬉しい。
のほほんと「そうですか~?」と答えることにしている。
あんたみたいに生きられたら毎日楽しくて仕方ないんだろうねえ…と祖母からも何度言われたかわからない。
ちょっと困ったように笑いながらため息交じりに。
なので、本当に私みたいに生きられたら…なんてことは微塵も思っていなかったんだろう。
妹など遠慮がまったくないので「お姉ちゃんみたいな生き方はしたくない」と面と向かって全否定である。失礼極まりない。
いやいや「バカ」でいるということはなかなかに難しい。
そんな簡単にバカにするのは間違っている。
一度バカになってみればわかる。
(バカバカ言っているとバカのゲシュタルト崩壊が起こる)
私だって、さすがに毎日毎日楽しいばっかりなわけはないのだし、腹が立つことだってもちろんある。理由があるならまだしも、理由がなくたって機嫌が悪くなるという特技も持っているし、どちらかというと根暗でネガティブ思考。これはあまり受け入れてもらえない告白なのだが、事実だ。
「なんとなくわかる」という方がいたら、それは藤田美香検定1級レベル。
バカになる秘訣というものがあるとするなら、考えないことだ。
どんなに根暗でもネガティブでも、明るい根暗になれる。
もっとも、バカなので考えることができないのだが。
中学校の卒業文集の最後のページに、自分で書き込んだ言葉をずっと覚えている。(厳密には一冊の詩集として作った卒業記念ノート)
『かっこいいことをやりなさい。自分がかっこいいと思うことをやりなさい。たとえそれが他人からみてバカであっても。』
思春期真っ盛りに相応しいなかなかの陶酔ぶり。
今でいうところの、中二病というやつか。
時は流れて、現在の私。
かっこいいかと言われたらちょっと違うような気がするけれども、幸せそうと言われて「そうですよ」と答えられる私は十五歳の私のお眼鏡に適っているような、そんな気がしている今日この頃なのである。
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言葉と写真の小冊子にエッセイを連載させていただいていた時のものです。
これは、2014年「プチパピエ/シャンパン号」掲載
ちょこちょこっと修正あり。
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