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夢の中で #2(小説)

朝起きると水道から水が流れる音を聞いた。昨日蛇口を閉めずに寝たのだろうか。そんなはずないのにと思いながらもいくらばかり水道代を無駄にしたのか頭で勘定しながら台所に行くと確かに水は出ているのだがその水が逆流して排水溝から蛇口に水が登るように見えた。しかし、音は確かにシンクに打ちつける水の音。不思議に思ってその水を触ると確かに排水溝から上向きに水が流れている。
「ぎゃぁ」思わず声が出た。そうだ昨日から何かがおかしい。俺は昨日の違和感を思い出した。こんな事あるわけが無い。怖くなって急いで家の外に出た。カラッとした晴天の光が目に眩しくかかっている。マンションから見下ろして見える景色も変わりなくいつも通りだ。車が走る音がほのかに聞こえ学生が登校する姿が景色になっている。おかげで現実に戻れた気がした。家に戻るのが怖くなった。少しだけ散歩してから家に入ろうかと思いエレベーターの所まで歩きはしたがボタンを押して待っているとき、こんなことしている場合じゃ無いなと思いが変わり恐怖心が残るまま家の扉を開けた。静かな部屋からジャーと流れる水道の音がよく聞こえる。勇気を振り絞ってもう一度水道を見ると確かに水は流れたままであるが重力に従って下向きに流れている。ほっと胸を撫で下ろして安心した。これは決して文学的表現ではなく確かに俺は胸を撫で下ろす仕草で落ち着いたのだ。寝ぼけていたのだろうか。そんな気はしないがそれ以外に合点する術はないと思ってそう自分に念じるように言い聞かせたのであった。
 

同じ法学部の後輩たちが昼に相談に乗って欲しいと言っていたのでカフェで待ち合わせようと予定を作っていた。それが今日である。講義を終えてカフェに到着したがまだ後輩は来ていないようだったのでコーヒーを注文して席に座った。
 少し経ってもまだ来ない後輩を心配して連絡してみたらまだ来れそうに無いと言ったので「ゆっくりでいい」と少し先輩風を吹かせた回答を返して待つことにした。論文の作成がちょうど滞っていたのでこんなことならパソコンを持ってくればよかったと後悔した。ただこうして落ち着いて待つ姿勢というのが大人というものかという不思議な充実感があったのでとにかく待つことに集中していた。
 しかし、2時間も遅れていれば勝手が違う。まだ来ないのか。最近ストレスばかり感じているためか落ち着いた装いを努めてはいたが怒りを隠し切ることは出来ない。何度も連絡してまだかまだかと問うてみると「すみません、必ず行くので待っていてください。コーヒー代は払いますので」謝罪こそするがまた1時間経った時、まだ姿を現さないのでついに怒りは頂点まで達していた。時間を無駄にした、帰ろう。そう決心して後輩に「また、今度でいいから今日は帰るわ。俺にも用があるし。コーヒー代も払わなくていいよ」と送信した。しかし、ふと後輩は惚けてことを言った。「何の話ですか?」

「なんの話ですか?って相談のことや」最初はふざけてそんなことを言ったのかと思った。礼の欠けた人間だとは知らなかったから少しイラッとした。それでも「なんか言ってましたっけ?」と話す後輩の連絡履歴を確認すると確かにそんな話をした記録は何処にもない。何故か分からないが不思議な事が起きている。急いで後輩に「なんか相談があるって言ってカフェで待ち合わせてなかった?」と問うと「さぁ、そんなこと言ってましたっけ?」と応じられた。

信じれるわけがない。確かにここで約束があったはずだ。そうでなければこうして家から逆方向のカフェで待つ理由もない。疲れているのだろうか。ここまで酷い幻覚を見るほどなのか。いや、幻覚では無い確かに現実にしか感ぜられないからきっとこれは病気だ。幻覚の自覚がない病気なのだ。冷静に考えれば考えるほど俺は怖くなった。

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