ギリシア語で『ソクラテスの弁明』を読む (第六章)

この記事ではプラトン『ソクラテスの弁明』を古典ギリシア語で読むための手助けとして、初歩的な復習も含めて一文ごと、一語一句すべての単語に細かく文法の説明をしていきます (不変化詞の繰りかえしは除いて)。今回は第六章 (ステファヌス版の 21b–21e) を扱います。

使用した本文や参考文献については第一章の記事の冒頭に掲げてあるのでそちらをご覧ください。

第六章 (21b–21e)

| Σκέψασθε δὴ ὧν ἕνεκα ταῦτα λέγω· μέλλω γὰρ ὑμᾶς διδάξειν ὅθεν μοι ἡ διαβολὴ γέγονεν. ταῦτα γὰρ ἐγὼ ἀκούσας ἐνεθυμούμην οὑτωσί· “Τί ποτε λέγει ὁ θεός, καὶ τί ποτε αἰνίττεται; ἐγὼ γὰρ δὴ οὔτε μέγα οὔτε σμικρὸν σύνοιδα ἐμαυτῷ σοφὸς ὤν· τί οὖν ποτε λέγει φάσκων ἐμὲ σοφώτατον εἶναι; οὐ γὰρ δήπου ψεύδεταί γε· οὐ γὰρ θέμις αὐτῷ.” καὶ πολὺν μὲν χρόνον ἠπόρουν τί ποτε λέγει· ἔπειτα μόγις πάνυ ἐπὶ ζήτησιν αὐτοῦ τοιαύτην τινὰ ἐτραπόμην. ἦλθον ἐπί τινα τῶν δοκούντων σοφῶν εἶναι, ὡς | ἐνταῦθα εἴπερ που ἐλέγξων τὸ μαντεῖον καὶ ἀποφανῶν τῷ χρησμῷ ὅτι “Οὑτοσὶ ἐμοῦ σοφώτερός ἐστι, σὺ δ᾽ ἐμὲ ἔφησθα.” διασκοπῶν οὖν τοῦτον—ὀνόματι γὰρ οὐδὲν δέομαι λέγειν, ἦν δέ τις τῶν πολιτικῶν πρὸς ὃν ἐγὼ σκοπῶν τοιοῦτόν τι ἔπαθον, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, καὶ διαλεγόμενος αὐτῷ—ἔδοξέ μοι οὗτος ὁ ἀνὴρ δοκεῖν μὲν εἶναι σοφὸς ἄλλοις τε πολλοῖς ἀνθρώποις καὶ μάλιστα ἑαυτῷ, εἶναι δ᾽ οὔ· κἄπειτα ἐπειρώμην αὐτῷ δεικνύναι ὅτι οἴοιτο μὲν εἶναι σοφός, εἴη δ᾽ οὔ. | ἐντεῦθεν οὖν τούτῳ τε ἀπηχθόμην καὶ πολλοῖς τῶν παρόντων· πρὸς ἐμαυτὸν δ᾽ οὖν ἀπιὼν ἐλογιζόμην ὅτι τούτου μὲν τοῦ ἀνθρώπου ἐγὼ σοφώτερός εἰμι· κινδυνεύει μὲν γὰρ ἡμῶν οὐδέτερος οὐδὲν καλὸν κἀγαθὸν εἰδέναι, ἀλλ᾽ οὗτος μὲν οἴεταί τι εἰδέναι οὐκ εἰδώς, ἐγὼ δέ, ὥσπερ οὖν οὐκ οἶδα, οὐδὲ οἴομαι· ἔοικα γοῦν τούτου γε σμικρῷ τινι αὐτῷ τούτῳ σοφώτερος εἶναι, ὅτι ἃ μὴ οἶδα οὐδὲ οἴομαι εἰδέναι. ἐντεῦθεν ἐπ᾽ ἄλλον ᾖα τῶν ἐκείνου δοκούντων σοφωτέρων εἶναι καί | μοι ταὐτὰ ταῦτα ἔδοξε, καὶ ἐνταῦθα κἀκείνῳ καὶ ἄλλοις πολλοῖς ἀπηχθόμην.

(1) Σκέψασθε δὴ ὧν ἕνεκα ταῦτα λέγω· μέλλω γὰρ ὑμᾶς διδάξειν ὅθεν μοι ἡ διαβολὴ γέγονεν.

(直訳) 私が以上のことごとをそのために言っているところの (わけ) を考えてみたまえ。つまり私は諸君に、そこから私への中傷が生じてきたところの (原因) を教えんとしているのだ。

σκέψασθε: アオ中命 2 複 < σκέπτομαι「検証する、考慮する」。
ὧν ἕνεκα: 中複属。先行詞省略で、必要なら ταῦτα (σκέψασθε の直接目的語となるもの) を補いうるが、この関係節のなかにもべつの ταῦτα があるため憚られるのであろう。
ταῦτα: 中複対。前段までの内容を指す。λέγω の目的語。
λέγω: 現能直 1 単。
μέλλω: 現能直 1 単「まさに〜せんとする」。これの従える不定詞の時制については第四章 (4.4) で触れたが、またしても未来不定詞が使われている。
ὑμᾶς: 2 複対。
διδάξειν: 未能不 < διδάσκω「教える」。
ὅθεν: 関係副詞「そこから〜するところの」。
μοι: 1 単与。利害の与格。
ἡ διαβολὴ: 女単主。
γέγονεν: 完能直 3 単 < γίγνομαι。

(2) ταῦτα γὰρ ἐγὼ ἀκούσας ἐνεθυμούμην οὑτωσί· “Τί ποτε λέγει ὁ θεός, καὶ τί ποτε αἰνίττεται;

(直訳) すなわちそれらのことを聞いて私は、次のように思案していたのだ:「いったいなにを神は言っているのか。いったいなにをほのめかしているのか。

ταῦτα: 中複対。ἀκούσας の目的語。
ἐγὼ: 1 単主。
ἀκούσας: アオ能分・男単主 < ἀκούω。主語 ἐγώ に一致。
ἐνεθυμούμην: 未完中直 1 単 < ἐν-θυμέομαι「気に留める、案ずる」。
τί: 中単対。
λέγει: 現能直 3 単。
ὁ θεός: 男単主。デルポイの神託を聞いての反応であるから、この定冠詞つき単数の「神」はアポロンのこと。
αἰνίττεται: 現中直 3 単 < αἰνίττομαι「謎かけをする、暗示する」。

(3) ἐγὼ γὰρ δὴ οὔτε μέγα οὔτε σμικρὸν σύνοιδα ἐμαυτῷ σοφὸς ὤν· τί οὖν ποτε λέγει φάσκων ἐμὲ σοφώτατον εἶναι;

(直訳) というのもじっさい私は、大にも小にも私自身が賢いとは思っていないからだ。それではいったい (神は) 私をもっとも賢いと主張することでなにを言っているのか。

ἐγὼ: 1 単主。
οὔτε μέγα οὔτε σμικρὸν: 中単対。副詞用法。σμικρός は μικρός の古形で、意味は同じ「小さい」。
σύνοιδα: 完能直 1 単「与格の人についてよく知る」。οἶδα のような動詞は「知る」内容を分詞で表す (水谷 §110.3)。
ἐμαυτῷ: 1 単与。再帰代名詞。
σοφὸς: 男単主。ὤν の述語。
ὤν: 現能分・男単主。σύνοιδα を補足。
τί: 中単対。あるいは副詞用法で「なぜ」ととれば「なぜ神は〜と主張して (言って) いるのか」とも訳せる。
λέγει: 現能直 3 単。
φάσκων: 現能分・男単主 < φάσκω「主張する」。隠れた主語の ὁ θεός に一致。
ἐμὲ: 1 単対。間接話法の対格主語。
σοφώτατον: 最上級・男単対。εἶναι の述語。
εἶναι: 現能不。対格不定法の動詞。

(4) οὐ γὰρ δήπου ψεύδεταί γε· οὐ γὰρ θέμις αὐτῷ.”

(直訳) というのもきっと彼が嘘などついているはずはない。それは彼にふさわしいことではないからだ。

ψεύδεταί: 現中直 3 単 < ψεύδομαι。
θέμις: 女単主「掟;正しい・ふさわしいこと」。ἐστίν 省略。
αὐτῷ: 男単与。関係の与格:「彼にとって」。アポロンを指す。

(5) καὶ πολὺν μὲν χρόνον ἠπόρουν τί ποτε λέγει· ἔπειτα μόγις πάνυ ἐπὶ ζήτησιν αὐτοῦ τοιαύτην τινὰ ἐτραπόμην.

(直訳) それで長いあいだ私は (神が) いったいなにを言っているのかと悩んでいたものだったが。それからまったくやっとのことで、以下のようななにかそれの探究といったことへと向かったのだ。

πολὺν … χρόνον: 男単対。期間の対格。
μὲν: 対応する δέ のない孤立的 μέν (第一章 (4.2))。
ἠπόρουν: 未完能直 3 単 < ἀπορέω「悩む、途方に暮れる」。
τί: 中単対。
λέγει: 現能直 3 単。
μόγις: 副「苦労して、かろうじて」。
πάνυ: 副「あまりに」。μόγις を強めるもの。
ἐπὶ ζήτησιν … τοιαύτην τινὰ: 女単対 < ζήτησις「探究、調査」。
αὐτοῦ: 男単属または中単属。目的語的属格。M&P やそれに従う Steadman はこれをアポロンを指すと言っているが、疑わしい。dS&S は ‘the question at hand’ を指示しうると指摘しているし、田中註解もすでに、この「αὐτοῦ の指すところは漠然としているが,τί λέγει ὁ θεός にかかると見ることができる」として「そのことを」と訳しており、私もこのほうがよいと思う。
ἐτραπόμην: アオ中直 1 単 < τρέπω「向ける;向かう」。

(6) ἦλθον ἐπί τινα τῶν δοκούντων σοφῶν εἶναι, ὡς ἐνταῦθα εἴπερ που ἐλέγξων τὸ μαντεῖον καὶ ἀποφανῶν τῷ χρησμῷ ὅτι “Οὑτοσὶ ἐμοῦ σοφώτερός ἐστι, σὺ δ᾽ ἐμὲ ἔφησθα.”

(直訳) 賢いとみなされている人々のうちの、ある人のところへ私は赴いた。(行くべき場所が) どこかあるとすればそこで、神託を反駁し、その言葉に対して「この人が私よりも賢い。あなたは私を (より賢いと) 言ったのに」と示すためであった。

ἦλθον: アオ能直 1 単。文頭または 2 語めになんらの接続詞や小辞もなしに、突然新しい文が始まるということはギリシア語ではむしろ異様であって (ここまでの 5 文、セミコロンで細かく分ければ 10 以上の文のはじめに、どれだけ γάρ や οὖν や καί などがあるか見ればわかる)、このことによってソクラテスの探究の始まりが劇的に物語られていると見られる。
ἐπί τινα: 男単対。不定代名詞。
τῶν δοκούντων: 現能分・男複属 < δοκέω。部分の属格。名詞用法:「〜と思われる者たち」。こんがらがりそうだが、δοκέω はその主語に立つものが「思われる」ほうであるから、能動態になっている (思う側の人がもしいれば与格なので、受動態にはできない)。
σοφῶν: 男複属。εἶναι の述語で、τῶν δοκούντων に格が一致している。
εἶναι: 現能不。δοκούντων の補足的不定法。
ὡς: 未来分詞を伴って目的の意味を表す。
ἐνταῦθα: 副「ここで、そこで;そのとき」。
εἴπερ: εἰ に強めの接尾辞 -περ のついたもの。εἰ 節には που だけが入っており、「いったいどこかそういう場所/時があるとして」という意味で ἐνταῦθα にかかっている。
ἐλέγξων: 未能分・男単主 < ἐλέγχω「吟味・検証する;反駁する」。
τὸ μαντεῖον: 中単対「神託」。
ἀποφανῶν: 未能分・男単主 < ἀπο-φαίνω「示す、提示する」。
τῷ χρησμῷ: 男単与 < χρησμός「神託 (の答え)」。ἀποφανῶν の間接目的語。直接目的語は ὅτι 以下の内容。さきの μαντεῖον とほぼ同義の言いかえのようであるが、ここでは応答相手として意識されており (田中は「擬人化」と言っている)、神託の理知的な言葉という側面が強いのではないか。語源を遡ると前者は μαίνω「狂う」、μανία「狂気」に連なると見られ、神託を与えるさいの「神がかり」の状態と関係しているのに対して、こちらは χράω「警告する、助言する」から派生しており「役に立つ言葉」というニュアンスがありそうである;そうだとするとこの両語を入れかえることは不自然をもたらすだろう。しかし M&P も dS&S もこの 2 語の使いわけにまったく注意を払っておらず、あまり深い意図はないのかもしれない (もともとプラトンはあまり厳密でないしかたで類義語の言いかえをよく行う)。
ὅτι: この「ὅτι は不必要のようであるが,直接話法で引用される時にも用いられることがある」(田中註解)。
οὑτοσὶ: 男単主。
ἐμοῦ: 1 単属。比較の属格。
σοφώτερός: 比較級・男単主。
ἐστι: 現能直 3 単。
σὺ: 2 単主。
ἐμὲ: 1 単対。理屈をつけるなら σοφώτερον εἶναι 省略の間接話法の対格主語。
ἔφησθα: 未完能直 2 単 < φημί。

(7.1) διασκοπῶν οὖν τοῦτον—ὀνόματι γὰρ οὐδὲν δέομαι λέγειν, ἦν δέ τις τῶν πολιτικῶν πρὸς ὃν ἐγὼ σκοπῶν τοιοῦτόν τι ἔπαθον, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, καὶ διαλεγόμενος αὐτῷ—ἔδοξέ μοι οὗτος ὁ ἀνὴρ δοκεῖν μὲν εἶναι σοφὸς ἄλλοις τε πολλοῖς ἀνθρώποις καὶ μάλιστα ἑαυτῷ, εἶναι δ᾽ οὔ·

(直訳) そこでその人を検証して——名前についてはなにも言う必要はなかろうが、政治家のうちのある人であって、その人に対して私は検討するうちになにかこんなようなことを感じたのだ、アテナイ人諸君、こうして彼と対話をしているうちに——私にはこの男が、ほかの多くの人々ととりわけ彼自身にとっては賢く見えているようだが、実際には違う、と思われたのだ。

διασκοπῶν: 現能分・男単主 < δια-σκοπέω「考察する」。男性主格であってもちろん主語はソクラテスなのであるが、このあと長い挿入句 (テクストではダッシュで囲まれている) を挟んだあと始まる主文の動詞は ἔδοξε という非人称動詞であって、ソクラテスは μοι という与格に置かれている。つまり理屈を言えばここの分詞は与格でなければならないのであるが、このような文法的不整合はこれまでにもすでにいくつか見てきたとおりで驚くにはあたらない。この原因は口頭演説だからということもあるが、それに加えて一致させるべき相手が与格であることも困難の一端を担っており (dS&S からの孫引きになるが、Kühner und Gerth の II:105–106 に、このような不整合的な主格は分詞が与格に一致すべきときにとりわけ多いという)、ギリシア人にとっても意味上の主語が与格であることは不自然に感じられたようである。
τοῦτον: 男単対。前文のある人を指す。
ὀνόματι: 中単与。限定の与格:「名前に関して」。
οὐδὲν: 中単対。λέγειν の目的語。
δέομαι: 現中直 1 単 < δέω「欠いている;(中動態で) 必要である」。
λέγειν: 現能不。
ἦν: 未完能直 3 単。
τις: 男単主。
τῶν πολιτικῶν: 男複属 < πολιτικός「市民の;政治の」。部分の属格。名詞用法:「政治家たちのうちの」。
πρὸς ὃν: 男単対。
ἐγὼ: 1 単主。
σκοπῶν: 現能分・男単主 < σκοπέω「検討する、考慮する」。
τοιοῦτόν: 中単対。
τι: 中単対。
ἔπαθον: アオ能直 1 単 < πάσχω「受ける」。
ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι: 男複呼。
διαλεγόμενος: 現中分・男単主 < δια-λέγομαι「会話する、議論する」。相互的な中動態。主格であることについては最初の διασκοπῶν の注意を参照。
αὐτῷ: 男単与。随伴の与格。
ἔδοξέ: アオ能直 3 単。
μοι: 1 単与。
οὗτος ὁ ἀνὴρ: 男単主。ἔδοξε の主語。
δοκεῖν: 現能不。
μὲν: 文末近くの δ᾽ (= δέ) としっかり対応しているので、文の構造を捉えるために有用。「見せかけは賢く見えても実際には賢くない」という対比である。
εἶναι: 現能不。主格不定法の動詞。
σοφὸς: 男単主。主格不定法の主語に一致した述語。
ἄλλοις … πολλοῖς ἀνθρώποις: 男複与。判断者の与格。
ἑαυτῷ: 男単与。再帰代名詞。判断者の与格。
εἶναι: 現能不。
οὔ: 省略されているが否定されているのは形容詞 σοφός。

(7.2) κἄπειτα ἐπειρώμην αὐτῷ δεικνύναι ὅτι οἴοιτο μὲν εἶναι σοφός, εἴη δ᾽ οὔ.

(直訳) それゆえそこで私は彼に、彼は (自分が) 賢いと思っているが (実際には) そうではない、ということを示すのを試みだした。

κἄπειτα: καὶ ἔπειτα の融音。
ἐπειρώμην: 未完中直 1 単 < πειράω「試みる」。過去における進行もしくは始動。この時点ではあくまで 1 人めへの挑戦のみを語っているから、習慣ではありえない。
αὐτῷ: 男単与。δεικνύναι の間接目的語。
δεικνύναι: 現能不 < δείκνυμι「示す」。
οἴοιτο: 現中希 3 単 < οἴομαι「思う」。副時制の主文が従える間接話法なので希求法。
εἶναι: 現能不。
σοφός: 男単主。
εἴη: 現能希 3 単。οἴοιτο と同じ理由で希求法。

(8.1) ἐντεῦθεν οὖν τούτῳ τε ἀπηχθόμην καὶ πολλοῖς τῶν παρόντων·

(直訳) するとその結果この人やその場にいたうちの多くの人々から私は憎まれたのだ。

ἐντεῦθεν: 副「そこから;その結果」。
τούτῳ: 男単与。
ἀπηχθόμην: アオ中直 1 単 < ἀπ-εχθάνομαι「憎まれる、嫌がられる」。与格の人によって。
πολλοῖς: 男複与。
τῶν παρόντων: 現能分・男複属 < πάρειμι「そばにいる、同席している」。名詞用法で部分の属格。

(8.2) πρὸς ἐμαυτὸν δ᾽ οὖν ἀπιὼν ἐλογιζόμην ὅτι τούτου μὲν τοῦ ἀνθρώπου ἐγὼ σοφώτερός εἰμι·

(直訳) ところがそこで私は立ち去りながらも、自分に対してたしかにこの人よりも私は賢いのだと推量していた。

πρὸς ἐμαυτὸν: 1 単対。再帰代名詞。
ἀπιὼν: 現能分・男単主 < ἄπειμι「立ち去る」。
ἐλογιζόμην: 未完中直 1 単 < λογίζομαι「計算する;推論する」。
τούτου … τοῦ ἀνθρώπου: 男単属。比較の属格。
ἐγὼ: 1 単主。
σοφώτερός: 比較級・男単主。
εἰμι: 現能直 1 単。

(8.3) κινδυνεύει μὲν γὰρ ἡμῶν οὐδέτερος οὐδὲν καλὸν κἀγαθὸν εἰδέναι, ἀλλ᾽ οὗτος μὲν οἴεταί τι εἰδέναι οὐκ εἰδώς, ἐγὼ δέ, ὥσπερ οὖν οὐκ οἶδα, οὐδὲ οἴομαι·

(直訳) というのも、なるほど私たちのうちどちらも美なるもの善なるものを知っていないかもしれないが、この人のほうはなにかを知っていると、知らないにもかかわらず思っているのに対し、私のほうは、事実知らないのだからまさしくそのとおりに、(知っていると) 思いもしていないからだ。

κινδυνεύει: 現能直 3 単 < κινδυνεύω「危険を犯す、〜するおそれがある」。
ἡμῶν: 1 複属。部分の属格。ソクラテスと相手の人物の 2 人を指す。
οὐδέτερος: 男単主「どちらも〜ない」。
οὐδὲν καλὸν κἀγαθὸν: 中単対。κἀγαθόν は καὶ ἀγαθόν の融音。
εἰδέναι: 完能不 < οἶδα。
οὗτος: 男単主。
οἴεταί: 現中直 3 単 < οἴομαι。
τι: 中単対。
εἰδέναι: 完能不。
εἰδώς: 完能分・男単主 < οἶδα。この分詞は譲歩の用法。
ἐγὼ: 1 単主。
ὥσπερ: ὡς に強めの接尾辞 -περ のついたもの。
οὖν: 確証の οὖν (Smyth §2956):「事実確かに」私は知らないのだから、ということ。
οἶδα: 完能直 1 単。
οἴομαι: 現中直 1 単。εἰδέναι 省略。

(8.4) ἔοικα γοῦν τούτου γε σμικρῷ τινι αὐτῷ τούτῳ σοφώτερος εἶναι, ὅτι ἃ μὴ οἶδα οὐδὲ οἴομαι εἰδέναι.

(直訳) それゆえにこそ私はこの人よりも、まさにその小さなある点において、賢いのであるらしい。すなわち私は知らないようなことはなんであれ、知っていると思ってもいないからである。

ἔοικα: 完能直 1 単「〜に似ている、らしく見える」。
τούτου: 男単属。比較の属格。
σμικρῷ τινι αὐτῷ τούτῳ: 中単与。観点の与格。ὅτι 以下の内容を指す。αὐτῷ は強意の用法。
σοφώτερος: 比較級・男単主。
εἶναι: 現能不。
: 中複対。先行詞省略。
μὴ οἶδα: 完能直 1 単。関係節内で一般的なものの話をしているので μή。
οἴομαι: 現中直 1 単。
εἰδέναι: 完能不。

(9) ἐντεῦθεν ἐπ᾽ ἄλλον ᾖα τῶν ἐκείνου δοκούντων σοφωτέρων εἶναι καί μοι ταὐτὰ ταῦτα ἔδοξε, καὶ ἐνταῦθα κἀκείνῳ καὶ ἄλλοις πολλοῖς ἀπηχθόμην.

(直訳) それから私はあの人よりも賢いと思われている人々のうちの別の人のところへ行って、(そこでも) 私は同じことを思った。そしてそこでその人とほかの多くの人たちにも憎まれたのだった。

ἐπ᾽ ἄλλον: 男単対。方向の対格。
ᾖα: 未完能直 1 単 < εἶμι「行く」。
τῶν … δοκούντων: 現能分・男複属 < δοκέω。名詞用法で部分の属格、ἄλλον にかかる限定。
ἐκείνου: 男単属。比較の属格。さきほどまでの対話相手の人物を指す。
σοφωτέρων: 比較級・男複属。τῶν δοκούντων に一致した述語。
εἶναι: 現能不。
μοι: 1 単与。
ταὐτὰ ταῦτα: 中複主。ταὐτά は τὰ αὐτά の融音。最初の人について感じたことと「同じこと」。
ἔδοξε: アオ能直 3 単。主語が中性複数なので 3 人称単数扱い。
κἀκείνῳ: 男単与。καὶ ἐκείνῳ の融音。
ἄλλοις πολλοῖς: 男複与。
ἀπηχθόμην: アオ中直 1 単 < ἀπ-εχθάνομαι「憎まれる、嫌がられる」。


〔以上で第六章は終わりです。今回から価格設定はなしとしたので、もし投げ銭いただける場合は記事の下のサポート機能からお願いできたらと存じます。〕

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