ギリシア語で『ソクラテスの弁明』を読む (第四章)

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この記事ではプラトン『ソクラテスの弁明』を古典ギリシア語で読むための手助けとして、初歩的な復習も含めて一文ごと、一語一句すべての単語に細かく文法の説明をしていきます (繰りかえしは除いて)。今回は第四章 (ステファヌス版の 19d–20c) を扱います。

使用した本文や参考文献については第一章の記事の冒頭に掲げてあるのでそちらをご覧ください。

第四章 (19d–20c)

Ἀλλὰ γὰρ οὔτε τούτων οὐδέν ἐστιν, οὐδέ γ᾽ εἴ τινος ἀκηκόατε ὡς ἐγὼ παιδεύειν ἐπιχειρῶ ἀνθρώπους καὶ χρήματα | πράττομαι, οὐδὲ τοῦτο ἀληθές. ἐπεὶ καὶ τοῦτό γέ μοι δοκεῖ καλὸν εἶναι, εἴ τις οἷός τ᾽ εἴη παιδεύειν ἀνθρώπους ὥσπερ Γοργίας τε ὁ Λεοντῖνος καὶ Πρόδικος ὁ Κεῖος καὶ Ἱππίας ὁ Ἠλεῖος. τούτων γὰρ ἕκαστος, ὦ ἄνδρες, οἷός τ᾽ ἐστὶν ἰὼν εἰς ἑκάστην τῶν πόλεων τοὺς νέους—οἷς ἔξεστι τῶν ἑαυτῶν πολιτῶν προῖκα συνεῖναι ᾧ ἂν βούλωνται—τούτους πείθουσι || τὰς ἐκείνων συνουσίας ἀπολιπόντας σφίσιν συνεῖναι χρήματα διδόντας καὶ χάριν προσειδέναι. ἐπεὶ καὶ ἄλλος ἀνήρ ἐστι Πάριος ἐνθάδε σοφὸς ὃν ἐγὼ ᾐσθόμην ἐπιδημοῦντα· ἔτυχον γὰρ προσελθὼν ἀνδρὶ ὃς τετέλεκε χρήματα σοφισταῖς πλείω ἢ σύμπαντες οἱ ἄλλοι, Καλλίᾳ τῷ Ἱππονίκου· τοῦτον οὖν ἀνηρόμην—ἐστὸν γὰρ αὐτῷ δύο ὑεῖ— “ὦ Καλλία,” ἦν δ᾽ ἐγώ, “εἰ μέν σου τὼ ὑεῖ πώλω ἢ μόσχω ἐγενέσθην, εἴχομεν ἂν αὐτοῖν ἐπιστάτην λαβεῖν καὶ μισθώσασθαι ὃς | ἔμελλεν αὐτὼ καλώ τε κἀγαθὼ ποιήσειν τὴν προσήκουσαν ἀρετήν, ἦν δ᾽ ἂν οὗτος ἢ τῶν ἱππικῶν τις ἢ τῶν γεωργικῶν· νῦν δ᾽ ἐπειδὴ ἀνθρώπω ἐστόν, τίνα αὐτοῖν ἐν νῷ ἔχεις ἐπιστάτην λαβεῖν; τίς τῆς τοιαύτης ἀρετῆς, τῆς ἀνθρωπίνης τε καὶ πολιτικῆς, ἐπιστήμων ἐστίν; οἶμαι γάρ σε ἐσκέφθαι διὰ τὴν τῶν ὑέων κτῆσιν. ἔστιν τις,” ἔφην ἐγώ, “ἢ οὔ;” “πάνυ γε,” ἦ δ᾽ ὅς. “τίς,” ἦν δ᾽ ἐγώ, “καὶ ποδαπός, καὶ πόσου διδάσκει;” “Εὔηνος,” ἔφη, “ὦ Σώκρατες, Πάριος, πέντε μνῶν.” καὶ ἐγὼ τὸν Εὔηνον ἐμακάρισα εἰ ὡς ἀληθῶς | ἔχοι ταύτην τὴν τέχνην καὶ οὕτως ἐμμελῶς διδάσκει. ἐγὼ γοῦν καὶ αὐτὸς ἐκαλλυνόμην τε καὶ ἡβρυνόμην ἂν εἰ ἠπιστάμην ταῦτα· ἀλλ᾽ οὐ γὰρ ἐπίσταμαι, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι.

(1) Ἀλλὰ γὰρ οὔτε τούτων οὐδέν ἐστιν, οὐδέ γ᾽ εἴ τινος ἀκηκόατε ὡς ἐγὼ παιδεύειν ἐπιχειρῶ ἀνθρώπους καὶ χρήματα πράττομαι, οὐδὲ τοῦτο ἀληθές.

(直訳) いずれにしても、それらのうち何一つとして (本当では) ないのだし、もし諸君らが誰かから、私が人々を教えようと試みて金銭をとっていると聞いたことがあるとしても、それだって本当ではないのだから。

ἀλλὰ γὰρ: γάρ はいつものように理由の接続詞、ἀλλά は強い逆接。田中註解「とにかく……だからである」。
οὔτε … οὐδέ γ᾽ …: たんなる否定の並列 οὔτε … οὔτε …「A でも B でもない」とは違い、δέ と γε のついた後半のほうにいっそう強調がある:「A ではないし、B ですらもない」。
τούτων: 中複属。部分の属格。指すのはここまでで論じてきた内容、すなわちソクラテスについての讒言の全体。
οὐδέν: 中単主。ἐστίν の主語。
ἐστιν: 現能直 3 単。ここでは単独で「事実である、実際にそうである、正しい」の意。
τινος: 男単属 < τὶς。不定代名詞。起源の属格。ἀκηκόατε の属格目的語。
ἀκηκόατε: 完能直 2 複 < ἀκούω。
ἐγὼ: 1 単主。
παιδεύειν: 現能不 < παιδεύω。
ἐπιχειρῶ: 現能直 1 単 < ἐπι-χειρέω「試みる」。
ἀνθρώπους: 男複対。παιδεύειν の目的語。
χρήματα: 中複対 < χρῆμα「もの、(複数で) 金銭、財産」。
πράττομαι: 現中直 1 単 < πράττω「行う」。ここでは金銭を「求める、取り立てる」の意。ソクラテスが自分のために金をとるという中動態。
τοῦτο: 中単主。εἰ 以下の内容を指す。
ἀληθές: 中単主。ἐστίν 省略。

(2) ἐπεὶ καὶ τοῦτό γέ μοι δοκεῖ καλὸν εἶναι, εἴ τις οἷός τ᾽ εἴη παιδεύειν ἀνθρώπους ὥσπερ Γοργίας τε ὁ Λεοντῖνος καὶ Πρόδικος ὁ Κεῖος καὶ Ἱππίας ὁ Ἠλεῖος.

(直訳) とはいっても、レオンティノイのゴルギアスやケオスのプロディコスやエリスのヒッピアスのように、人を教えられるような者がもしいるとするなら、それもまた私には立派なことだと思われるが。

ἐπεὶ: 接「〜してから;〜するからには、〜なので」。しかしここでは従属節を導く接続詞ではなく、主文の先頭にあり単独で副詞的に用いられている。これは理屈をつけるなら「上のように言ったあとで」などの省略と考えればよく、「といっても、もっとも」などと訳せる。
καὶ … γέ: 挟まれた語を強調する。
τοῦτό: 中単主。δοκεῖ の主語。続く εἰ 以下の内容を指す。
μοι: 1 単与。δοκεῖ の間接目的語。
δοκεῖ: 現能直 3 単 < δοκέω。
καλὸν: 中単主。εἶναι の述語。τοῦτο に一致。
εἶναι: 現能不 < εἰμί。主格不定法、つまり主語は主文の動詞 δοκεῖ の主語と共通の τοῦτο。
τις: 男単主。
οἷός τ᾽ εἴη: 男単主+現能希 3 単。οἷός τ᾽ ἐστί+不定詞「できる」の希求法版。実現の可能性の小さい未来の仮定の前文だが、これも外側の主文が希求法+ἄν ではなく τοῦτο δοκεῖ という直説法現在になっている、混合条件 (第一章 (4.2) を参照)。
παιδεύειν: 現能不。
ἀνθρώπους: 男複対。
Γοργίας … ὁ Λεοντῖνος: 男単主。
τε … καὶ … καὶ …: 第二章 (2.3) でも述べたように、A τε καὶ B (καὶ C)「A や B (や C)」の形の並列で A が 2 語以上から成る場合は 1 語めのあとに τε が挟まるという語順が普通。分断されていても Γοργίας ὁ Λεοντῖνος が A なのであって、「ゴルギアスとレオンティノスと……」という 4 者ではない。
Πρόδικος ὁ Κεῖος: 男単主。
Ἱππίας ὁ Ἠλεῖος: 男単主。

(3) τούτων γὰρ ἕκαστος, ὦ ἄνδρες, οἷός τ᾽ ἐστὶν ἰὼν εἰς ἑκάστην τῶν πόλεων τοὺς νέους—οἷς ἔξεστι τῶν ἑαυτῶν πολιτῶν προῖκα συνεῖναι ᾧ ἂν βούλωνται—τούτους πείθουσι τὰς ἐκείνων συνουσίας ἀπολιπόντας σφίσιν συνεῖναι χρήματα διδόντας καὶ χάριν προσειδέναι.

(直訳) というのも彼らのひとりびとりは、諸君、各都市へ行って若者たちを——彼らには自分たちの (同郷の) 市民たちのうちで欲すれば誰とでもただでつきあうことが可能なのに——そんな (若者) たちを説いて、その人たちとのつきあいを捨てて自分たちと金を払ってつきあうようにさせ、そのうえに感謝までさせることができるのだ。

τούτων: 男複属。前文の 3 人のソフィストたちを指す。
ἕκαστος: 男単主「それぞれの」。名詞的用法。
ὦ ἄνδρες: 男複呼。
οἷός τ᾽ ἐστὶν: 不定法が続くべきだがそれがない。ἰών 以下分詞句を言って、それから οἷς 以下の関係節が挟まって、もとの節に戻ってきたときには忘れてしまって πείθουσι という活用形で言ってしまった (しかも数も一致していない、後述)。「つまり文章の構造が途中から変わってしまったのである.文章の文法的不斉合 (anakoluthon) は,日常の会話に多く見られるところで,ソクラテスの弁論に日常語的な生気を与えているとも解される」(田中の註解より)。第一章の終わりのほうでソクラテスじしん語っていたとおり、彼は推敲を重ね洗練された弁論を目指しているのではないということの表徴。
ἰὼν: 現能分・男単主 < εἶμι「行く」。
εἰς ἑκάστην: 女単対 < ἕκαστος。方向の対格。πόλιν の女性。
τῶν πόλεων: 女複属 < πόλις。部分の属格。
τοὺς νέους: 男複対。
οἷς: 男複与。ἔξεστι の意味上の主語=可能である人。
ἔξεστι: 現能直 3 単 (非人称)「できる、可能である」。
τῶν … πολιτῶν: 男複属。部分の属格。省略されている ᾧ の先行詞にかかり、その範囲を限定する。
ἑαυτῶν: 男複属。再帰代名詞。所有の属格。
προῖκα: 副「無料で」。
συνεῖναι: 現能不 < σύν-ειμι「与格の人と一緒にいる、交際する」。
: 男単与。先行詞省略。
ἂν βούλωνται: 現中接 3 複 < βούλομαι「欲する」。欲する内容の不定詞は συνεῖναι だが重複を嫌って省略された。現在の一般的な仮定 (それで訳文には「誰とでも」を入れた) の前文に準ずる ἄν+接続法。
τούτους: 男複対。τοὺς νέους を指す。
πείθουσι: 現能直 3 複 < πείθω。不定詞の行為 (συνεῖναι, προσειδέναι) をするように説得する。ちなみに、さきほど οἷός τ᾽ ἐστὶν の項で少し触れたように数が一致していない:理屈の上では主語は ἕκαστος であり、そのあとも οἷος, ἰών に見られるとおり単数であったはずだが、意味上は複数のソフィストたちが念頭に置かれており、関係節を挟んだあとでもう頭が (口が?) 複数になってしまったわけである。
τὰς … συνουσίας: 女複対 < συνουσία「一緒にいること、交際」。ἀπολιπόντας の目的語。
ἐκείνων: 男複属。目的語的属格で、若者たちがつきあえるはずの同国の市民たちを指す。
ἀπολιπόντας: アオ能分・男複対 < ἀπο-λείπω「見捨てる、置き去りにする」。アオリストなので時間的先行:「捨てて」からつきあいはじめる。
σφίσιν: 3 複与。3 人称の人称代名詞はふつう間接再帰に使われる (水谷 §83.2)。間接再帰という意味は、この「自分」というのは συνεῖναι の主語である若者たち自身のことではなくて、外側にある文の主語=ソフィストたちに帰る指示ということ。日本語でべつの例を挙げると、「A さんは自分を殴った」という文の「自分」は殴った A さん自身を指す直接再帰であるが、「A さんが自分を殴ったと B さんが言った」という文は 2 通りに解釈できる:この場合にもし「自分」という再帰代名詞が、殴った人自身=A さんを指すなら直接再帰だが、外側の文の「言った」の主語である B さんが殴られたのだとしたらこれを間接再帰というのである。
συνεῖναι: 現能不。
χρήματα: 中複対。
διδόντας: 現能分・男複対 < δίδωμι。現在分詞なので同時的:「金を払いながら」つきあう。
χάριν: 女単対 < χάρις「感謝」。
προσειδέναι: 完能不 < πρόσ-οιδα「そのうえさらに知る・認識する」。この προσ- は新たな意味の複合動詞を作るのではなく、文全体に追加の意味を帯びさせる用法 (チエシュコ 10§16.3.3)。χάριν εἰδέναι で「感謝の心を知る=感謝している」の意。

(4.1) ἐπεὶ καὶ ἄλλος ἀνήρ ἐστι Πάριος ἐνθάδε σοφὸς ὃν ἐγὼ ᾐσθόμην ἐπιδημοῦντα·

(直訳) ところでまた、もうひとりパロス出身の知者がここにはいる。その人が (アテナイの) 街に滞在していると私は聞いた。

ἐπεὶ: (2) を参照。
ἄλλος ἀνήρ: 男単主。ἐστι の主語だが、無冠詞なので既知の「もうひとりの男は」ではなく、新たにこういう人「が」いるという新情報の提示。
ἐστι: 現能直 3 単。かなり自由な語順であるが、上述のことからいってもこの ἐστι はむしろ存在のように訳すのが適当。つまりもっと標準的な語順に直すなら ἔστιν ἐνθάδε καὶ ἄλλος σοφὸς ἀνὴρ Πάριος のよう。
Πάριος: 男単主「パロスの」。同格の説明。
ἐνθάδε: 副「ここで、ここへ」。Πάριος と隣りあわせることで対比が強調されている。この気ままな語順はそのためもある。
σοφὸς: 男単主。ἀνήρ にかかる修飾語。以上のように言ったうえで、語順の与える情報を忠実に保持するのであれば、「もうひとり (ある) 男が、パロス出身なのにここにいて、(その人も) 知者であるのだ」といった感じか。
ὃν: 男単対。ᾐσθόμην の目的語。
ἐγὼ: 1 単主。
ᾐσθόμην: アオ中直 1 単 < αἰσθάνομαι「気づく、感知する」。
ἐπιδημοῦντα: 現能分・男単対 < ἐπι-δημέω「家・町にいる、滞在する」。ὅν に同格の補語。このように知覚動詞は見聞きする対象の動作を分詞で描くことが多い (田中松平 §485; 水谷 §110.3)。

(4.2) ἔτυχον γὰρ προσελθὼν ἀνδρὶ ὃς τετέλεκε χρήματα σοφισταῖς πλείω ἢ σύμπαντες οἱ ἄλλοι, Καλλίᾳ τῷ Ἱππονίκου·

(直訳) というのも私は、ソフィストたちに他の全員が (払う) よりもさらに多額の金を支払ってきた、ヒッポニコスの息子カッリアスという男に偶然出会ったのだ。

ἔτυχον: アオ能直 1 単 < τυγχάνω「たまたま〜する」。
προσελθὼν: アオ能分・男単主 < προσ-έρχομαι「来る、近づく」。ἔτυχον の補語分詞で、意味上の主動詞。前つづり πρός をもつ複合動詞なので与格目的語をとる (高津 §233)。
ἀνδρὶ: 男単与。προσελθών の与格目的語。
ὃς: 男単主。
τετέλεκε: 完能直 3 単 < τελέω「完了・完遂する;支払う」。
χρήματα: 中複対。
σοφισταῖς: 男複与 < σοφιστής「ソフィスト」。
πλείω: 比較級・中複対 < πλείων「より多い」。πλείονα の別形。χρήματα に一致。
σύμπαντες οἱ ἄλλοι: 男複主 < σύμπας「すべての」。ただの πᾶς と同じで、冠詞のついた οἱ ἄλλοι の外側にあるので all の意。この語句は主格であって、したがって ἤ によって比較されているのは同じ格の ὅς=ある男=カッリアス「が」である。σοφισταῖς の与格とは違うので、「ほかのソフィストたちに払うより多く」ではない。
Καλλίᾳ τῷ Ἱππονίκου: 男単与+男単属。ἀνδρί に同格。属格 Ἱππονίκου は「ヒッポニコスの (息子)」の意であり、それに定冠詞がついて Καλλίᾳ への修飾語となっている。したがって「ヒッポニコスの息子カッリアス」という主格の形は Καλλίας ὁ Ἱππονίκου。

(4.3) τοῦτον οὖν ἀνηρόμην—ἐστὸν γὰρ αὐτῷ δύο ὑεῖ—

(直訳) そこで私は彼に尋ねた——彼には 2 人の息子がいるのだが——

τοῦτον: 男単対。カッリアスを指す。
ἀνηρόμην: アオ中直 1 単 < ἀν-έρομαι「尋ねる」。ちなみに未完了は -ειρόμην。
ἐστὸν: 現能直 3 双 < εἰμί。存在の意味で、ここでは「与格の人に〜がある=与格の人は〜をもっている」という所有に訳せる。
αὐτῷ: 男単与。
δύο ὑεῖ: 男双主 < ὑύς「息子」。υἱός の古い別形で第三変化、単数属格は ὑέος で、したがって双数では ὑέ-ε が母音融合を起こして ὑεῖ となる。

(4.4) “ὦ Καλλία,” ἦν δ᾽ ἐγώ, “εἰ μέν σου τὼ ὑεῖ πώλω ἢ μόσχω ἐγενέσθην, εἴχομεν ἂν αὐτοῖν ἐπιστάτην λαβεῖν καὶ μισθώσασθαι ὃς ἔμελλεν αὐτὼ καλώ τε κἀγαθὼ ποιήσειν τὴν προσήκουσαν ἀρετήν, ἦν δ᾽ ἂν οὗτος ἢ τῶν ἱππικῶν τις ἢ τῶν γεωργικῶν·

(直訳)「カッリアスよ」と私は言った、「もし君の息子たち 2 人が仔馬か仔牛に生まれていたら、われわれは 2 人をそのふさわしき徳において善くせんとすべく監督する者を見つけて雇うことができるだろう。その者は馬飼いの 1 人なり農夫の (1 人) なりでありえよう。

ὦ Καλλία: 男単呼。
ἦν: 未完能直 1 単 < ἠμί「言う」。現在と未完了しかない動詞。
ἐγώ: 1 単主。
σου: 2 単属。所有に用いる人称代名詞の属格はふつう述語的位置をとるので (水谷 §83.3)、このように τὼ ὑεῖ の外側にある。
τὼ ὑεῖ: 男双主。
πώλω: 男双主 < πώλος「仔馬」。
μόσχω: 男双主 < μόσχος「仔牛」。
ἐγενέσθην: アオ中直 3 双 < γίγνομαι「〜になる、生まれる」。過去の事実に反する仮定の前文だが、次の項も参照。
εἴχομεν ἂν: 未完能直 1 複 < ἔχω。現在の事実に反する仮定の後文で、混合条件。仮定は過去の内容だが、その仮定のもとであれば現在どうなっていたかを言っている。〈ἔχω+不定法〉で「〜できる」の意。
αὐτοῖν: 男双与。「彼ら 2 人のために」雇うという利害の与格ととることもできるが、ἐπιστάτης の意味上の目的語 (監督する対象) と解してもよい:この名詞の背後にある動詞 ἐπίσταμαι は ἐπι- のついた複合動詞ゆえ与格目的語をとる (高津 §233)。
ἐπιστάτην: 男単対 < ἐπιστάτης「監督者」。
λαβεῖν: アオ能不 < λαμβάνω「とる、得る」。
μισθώσασθαι: アオ中不 < μισθόω「雇う」。
ὃς: 男単主。
ἔμελλεν: 未完能直 3 単 < μέλλω「〜するつもりである、まさに〜せんとする」。現在、アオリスト、または未来の不定詞を従える。動詞の意味からして (この過去時点より見た) 未来の行為であることは言うまでもないので、あとは表現したいアスペクトの差によって現在かアオリストだけで十分と思われるが、未来不定法もしばしば用いられるわけは「未来的な意味が形態的には表わされないのを嫌って,これを表出しようとした時にのみである」(高津 §269.1)。
αὐτὼ: 男双対。ποιήσειν の目的語。
καλώ τε κἀγαθὼ: 男双対。κἀγαθώ は καὶ ἀγαθώ の融音。ποιήσειν の補語 (A を B にするという二重対格)。
ποιήσειν: 未能不 < ποιέω。ἔμελλεν の項の説明どおりなら現在不定法 ποιεῖν でも意味の違いは生じないはずのところ。ただしこの場合、未来には目的の含みもあるかもしれない。
τὴν προσήκουσαν ἀρετήν: 現能分・女単対 < προσ-ήκω「ふさわしい」。限定の対格:「ふさわしい徳において」。
ἦν … ἂν: 未完能直 3 単 < εἰμί。現在の事実に反する仮定の後文の続き。
οὗτος: 男単主。いま仮想されている監督者を指す。
τῶν ἱππικῶν: 男複属 < ἱππικός「馬の」。ここでは名詞的に「馬飼い」。部分の属格。
τις: 男単主。
τῶν γεωργικῶν: 男複属 < γεωργικός「農夫」。2 度めの τις は省略。

(4.5) νῦν δ᾽ ἐπειδὴ ἀνθρώπω ἐστόν, τίνα αὐτοῖν ἐν νῷ ἔχεις ἐπιστάτην λαβεῖν;

(直訳) だがいま (現実には) 2 人は人間であるからには、君はどんな者を彼らの監督者に得ようと考えているのか。

ἐπειδὴ: 接。既出の ἐπεί をさらに強めたもの。
ἀνθρώπω: 男双主 < ἄνθρωπος。
ἐστόν: 現能直 3 双。
τίνα: 男単対。疑問代名詞。λαβεῖν の目的語。
αὐτοῖν: 男双与。
ἐν νῷ: 男単与 < νοῦς「心、知性」。
ἔχεις: 現能直 2 単。「心のなかにもっている=考えている」。
ἐπιστάτην: 男単対。τίνα の述語的同格:「監督者として」。
λαβεῖν: アオ能不 < λαμβάνω。

(4.6) τίς τῆς τοιαύτης ἀρετῆς, τῆς ἀνθρωπίνης τε καὶ πολιτικῆς, ἐπιστήμων ἐστίν;

(直訳) 誰がそんなような、人間としてや市民としての徳について知っているのか。

τίς: 男単主。疑問代名詞。
τῆς τοιαύτης ἀρετῆς: 女単属。ἐπιστήμων の属格目的語。
τῆς ἀνθρωπίνης τε καὶ πολιτικῆς: 女単属 < ἀνθρώπινος「人間の、人間に関する」、πολιτικός「市民の;政治的な」。冠詞つきなので修飾語。
ἐπιστήμων: 男単主「属格のことについて知っている、知識がある」。
ἐστίν: 現能直 3 単。

(4.7) οἶμαι γάρ σε ἐσκέφθαι διὰ τὴν τῶν ὑέων κτῆσιν.

(直訳) であれば君は (すでに) 検討してあるのだと思うね、息子たちがいるのだから。

οἶμαι: 現中直 1 単「思う」。
σε: 2 単対。間接話法の対格主語。
ἐσκέφθαι: 完中不 < σκέπτομαι「考慮する、検証する」。考え終えていま結論をもっているはずだという現在完了。目的語は監督者だが省略。
διὰ τὴν … κτῆσιν: 女単対 < κτῆσις「所有、獲得」。理由の διά。
τῶν ὑέων: 男複属 < ὑύς。双数属格なら ὑέοιν であるべきところ複数になっているが、ソクラテス (プラトン) は厳密な一貫性を目指していないことのさらなる例。

(4.8) ἔστιν τις,” ἔφην ἐγώ, “ἢ οὔ;”

(直訳) 誰かいるのかい」と私は言った、「それともいないのか」。

ἔστιν: 現能直 3 単。文頭にありアクセントからも存在の意味。
τις: 男単主。不定代名詞。
ἔφην: 未完能直 1 単 < φημί。
ἐγώ: 1 単主。
οὔ: 副。οὐ はふつう無アクセントだが、それは前倚辞 (後接語) であって後続の語にくっついて発音されるため。この場合のように後ろになにもないと、もたれかかる相手 (前倚辞・後倚辞の倚とは「もたれる、寄りかかる」の意) がいないわけだから自立してアクセントをもつ。

(5) “πάνυ γε,” ἦ δ᾽ ὅς.

(直訳)「そのとおり、たしかに (見つけてある)」と彼は言った。

πάνυ γε:「たしかに、まったくそのとおりだ」という相槌。
: 未完能直 3 単 < ἠμί「言う」。
δ᾽: 前文とは主語が変わったことを示す。
ὅς: 男単主。関係代名詞の、もともと指示代名詞であったなごり (高津 §119.1; チエシュコ 5§12.1)。たんに「彼は」と訳せばよい。

(6) “τίς,” ἦν δ᾽ ἐγώ, “καὶ ποδαπός, καὶ πόσου διδάσκει;”

(直訳)「誰かね」と私は言った、「それにどこの者で、いくらで教えるのかね」。

τίς: 男単主。疑問代名詞。
ἦν: 未完能直 1 単 < ἠμί。
δ᾽ ἐγώ: 1 単主。δέ でまた主語が変わった。
ποδαπός: 副「どこから、どの国から」。
πόσου: 中単属 < πόσος「どれくらい多く」。価格の属格:「いくらで」。
διδάσκει: 現能直 3 単 < διδάσκω「教える」。

(7) “Εὔηνος,” ἔφη, “ὦ Σώκρατες, Πάριος, πέντε μνῶν.”

(直訳)「エウエノスだ」と彼は言った、「ソクラテスよ、(彼は) パロス出身の人で、5 ムナで (教える)」。

Εὔηνος: 男単主。
ἔφη: 未完能直 3 単 < φημί。
ὦ Σώκρατες: 男単呼。
Πάριος: 男単主。
πέντε μνῶν: 女複属 < μνᾶ「ムナ (貨幣単位)」。価格の属格。

(8) καὶ ἐγὼ τὸν Εὔηνον ἐμακάρισα εἰ ὡς ἀληθῶς ἔχοι ταύτην τὴν τέχνην καὶ οὕτως ἐμμελῶς διδάσκει.

(直訳) それで私はそのエウエノスは幸いだと思ったのだ、もし彼が本当にその技術をもっていようものなら、そんなに手頃な授業料で教えるということは。

ἐγὼ: 1 単主。
τὸν Εὔηνον: 男単対。
ἐμακάρισα: アオ能直 1 単 < μακαρίζω「幸いとする」。
ὡς: これにはいろいろの説明が考えうる。まずは副詞の原級のまえに置いて、たんなる強めの意味 (LSJ, s.v. ὡς, Ab.III.a) とするもの。また田中の註解によると οὕτως ὡς ἀληθές ἐστιν の省略された語尾の同化であって結局は「‘本当に’ というだけの意味」という。それといくぶん重なるが、エウエノスが「本当であるように」主張しているだけでソクラテスにとっては間接的であることをほのめかす役割もあるかもしれない。
ἀληθῶς: 副「本当に、真実に」。
ἔχοι: 現能希 3 単 < ἔχω。実現の可能性の小さい未来の仮定の前文。「そんな知識をもっている人間がいるわけがない」という驚きと皮肉からまず希求法で言った。
ταύτην τὴν τέχνην: 女単対。
ἐμμελῶς: 副「ちょうどよく、手頃な値段で」。
διδάσκει: 現能直 3 単 < διδάσκω。前の ἔχοι と比べると、そういう知識があったとして「手頃な値段で教える」というこちらの条件は直説法で言われており、まだしも実現の可能性があるという感じ (cf. M&P)。一貫性を求めるとここを希求法 διδάσκοι にする有力な写本、また逆に前半を直説法 ἔχει とする写本もあるが、「そのような斉合性はかえって疑わし」く、本文のとおりのほうが「かえって自然の言い方を示しているのではないか」といわれる (田中註解)。

(9) ἐγὼ γοῦν καὶ αὐτὸς ἐκαλλυνόμην τε καὶ ἡβρυνόμην ἂν εἰ ἠπιστάμην ταῦτα· ἀλλ᾽ οὐ γὰρ ἐπίσταμαι, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι.

(直訳) ともかく、かりにそんなことを心得ていたならば私だって、自分を誇りお高くとまることだろうね。だが (実際の) 私は知らないのだからね、アテナイ人諸君。

ἐγὼ: 1 単主。
γοῦν: γε οὖν の縮約。「とにかく」。
καὶ: 副。
αὐτὸς: 男単主。主語に同格:「私自身も」。
ἐκαλλυνόμην: アオ中直 1 単 < καλλύνω「美化する」。自分を目的語とする中動態。
ἡβρυνόμην ἂν: アオ中直 1 単 < ἁβρύνομαι「気取る、もったいぶる」。この 2 つの動詞の直説法アオリストは、実現の可能性の小さい未来の仮定の後文。
ἠπιστάμην: アオ中直 1 単 < ἐπίσταμαι「よく知っている、通じている」。実現の可能性の小さい未来の仮定の前文。
ταῦτα: 中複対。
ἐπίσταμαι: 現中直 1 単。
ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι: 男複呼。


〔以上で第四章は終わりです。この続きには文章はありませんが、もしお気に召したら投げ銭していただけると執筆の励みになります。〕

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