ギリシア語で『ソクラテスの弁明』を読む (第五章)
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この記事ではプラトン『ソクラテスの弁明』を古典ギリシア語で読むための手助けとして、初歩的な復習も含めて一文ごと、一語一句すべての単語に細かく文法の説明をしていきます (繰りかえしは除いて)。今回は第五章 (ステファヌス版の 20c–21a) を扱います。
使用した本文や参考文献については第一章の記事の冒頭に掲げてあるのでそちらをご覧ください。〔今回から参考にする邦訳として副島訳 (講談社文庫) と納富訳 (光文社古典新訳文庫) を追加しました。〕
第五章 (20c–21a)
(1) Ὑπολάβοι ἂν οὖν τις ὑμῶν ἴσως·
(直訳) そうすると、諸君らのうちの誰かがおそらく (次のように) 応答するかもしれない:
ὑπολάβοι ἂν: アオ能希 3 単 < ὑπολαμβάνω「取り上げる;答える」。可能性の希求法。
τις: 男単主。不定代名詞。
ὑμῶν: 2 複属。部分の属格。
ἴσως: 副「たぶん」。
(2) “Ἀλλ᾽, ὦ Σώκρατες, τὸ σὸν τί ἐστι πρᾶγμα;
(直訳)「だがソクラテスよ、君のしていることとは何なのだ。
ὦ Σώκρατες: 男単呼 < Σωκράτης。
τὸ σὸν … πρᾶγμα: 中単主。σόν < σός は所有形容詞で、これが τί ἐστι に分断されて前に出ていることは強調を示している。πρᾶγμα は一般的に「していること、行為」といった意味であるが、田中の註解はこの場合「専門にしている仕事を指すものと解される」と言い、じっさい古い邦訳はたいていそのように訳している:久保訳「君はいったい何を業としているのか」、また副島訳・山本訳・田中訳ともに「君の仕事」。とはいえ新しいものでは三嶋訳「きみのやっていることは」、納富訳「君のやっている事とは」と、どうとでもとれる一般的な言いかたをしており、かならずしも職業と限定させるような訳をする必然性はないと思われる。そもそもこの職業解釈はバーネットに発するようである (cf. dS&S)。
τί: 中単主。疑問代名詞。
ἐστι: 現能直 3 単。
(3) πόθεν αἱ διαβολαί σοι αὗται γεγόνασιν;
(直訳) どこからその君に対する中傷は生じたのか。
πόθεν: 副「どこから」。
αἱ διαβολαί … αὗται: 女複主 < διαβολή。
σοι: 2 単与。利害の与格。
γεγόνασιν: 完能直 3 複 < γίγνομαι。
(4) οὐ γὰρ δήπου σοῦ γε οὐδὲν τῶν ἄλλων περιττότερον πραγματευομένου ἔπειτα τοσαύτη φήμη τε καὶ λόγος γέγονεν, εἰ μή τι ἔπραττες ἀλλοῖον ἢ οἱ πολλοί.
(直訳) なにしろ、君がほかの人々とは違ったおかしなことに何も励んでいないというのに、それでいてこれほどの噂や話が生じたはずはきっとない。もし君がほかの多くの人々が (するの) とは別種の何事かをしていたのでもないかぎり。
οὐ: 主文の動詞 γέγονεν を否定する。
δήπου: 副「たぶん、きっと」。
σοῦ: 1 単属。独立属格句の主語。
οὐδὲν: 中単対。πραγματευομένου の目的語。これが μηδέν でなく οὐδέν だということは、この独立属格句は条件文ではなく事実の話をしている。しかし後掲 εἰ 以下も参照。
τῶν ἄλλων: 男複属。比較の属格で、主語の σοῦ と比べられている。
περιττότερον: 比較級・中単対 < περιττός「異常な、顕著な」。属格を従えて「〜とは異なる」とも訳せる。
πραγματευομένου: 現中分・男単属 < πραγματεύομαι「骨を折る、労をとる」。独立属格句の動詞。
τοσαύτη φήμη: 女単主。
λόγος: 男単主。
γέγονεν: 完能直 3 単。主語は τοσαύτη φήμη τε καὶ λόγος。このように性の異なる複数のものが並ぶとき、中性複数扱いで動詞は単数になる (Smyth §1057)。
εἰ μή … ἔπραττες: 未完能直 2 単 < πράττω。現在の事実に反する仮定の前文。これが上の独立属格句と同じ意味の内容を繰りかえしていることは、ほとんど同義の語句の重複 (τῶν ἄλλων 対 ἢ οἱ πολλοί や、περιττότερον 対 ἀλλοῖον) から明らかだが、今度は否定詞が μή となり反実仮想の条件文として言われている点が際立っている。この部分はじつは事実ではなくて実際には他の人と違うことをしているということを鮮やかに強調する効果がありそうである (と読むなら、この εἰ 以下 8 語を削除してしまう Cobet のごとき編集は行きすぎと言わねばなるまい)。〈ἄν+直説法未完了〉で言われるべき後文がないのは、γέγονεν と同じ動詞の ἐγένετο ἄν が省略されたと考えられる。
τι: 中単対。不定代名詞。ἔπραττες の目的語。
ἀλλοῖον: 中単対 < ἀλλοῖος「べつの種類の」。τι を修飾。
οἱ πολλοί: 男複主。
(5) λέγε οὖν ἡμῖν τί ἐστιν, ἵνα μὴ ἡμεῖς περὶ σοῦ αὐτοσχεδιάζωμεν.”
(直訳) だから (君のしていることが) 何であるのか私たちに言ってくれ、私たちが君について即断することのないように。」
λέγε: 現能命 2 単 < λέγω。
ἡμῖν: 1 複与。
τί: 中単主。疑問代名詞で、間接疑問を導く。
ἐστιν: 現能直 3 単。
ἡμεῖς: 1 複主。
περὶ σοῦ: 2 単属。
αὐτοσχεδιάζωμεν: 現能接 1 複 < αὐτοσχεδιάζω「即座に・深く考えずに行う」。目的節の接続法 (田中松平 §344; 水谷 §123)。
(6–7) ταυτί μοι δοκεῖ δίκαια λέγειν ὁ λέγων, κἀγὼ ὑμῖν πειράσομαι ἀποδεῖξαι τί ποτ᾽ ἐστὶν τοῦτο ὃ ἐμοὶ πεποίηκεν τό τε ὄνομα καὶ τὴν διαβολήν. ἀκούετε δή.
(直訳) そういったことごとを正当として言う人があらば、(その人は) 私には正しいと思われる。それゆえ私は諸君に示すことを試みよう、私に対してその名前と中傷を作りだしたところのできごとがいったい何であるのかを。だから聞きたまえ。
ταυτί: 中複対。ταῦτα に第一章 (7) で見た直示的イオタがついたもの。λέγειν の目的語。
μοι: 1 単与。δοκεῖ の間接目的語。
δοκεῖ: 現能直 3 単。
δίκαια: 中複対。ταυτί の述語的同格、もしくは λέγειν が間接話法を導くとして εἶναι の省略されている述語でもよい。これがもし「言う人」に一致した男単主 δίκαιος であれば「言う人は正当に言う」あるいは「言うのが正しい」(λέγειν をこの形容詞の補足的不定法にとる) となるわけだが、そうではない。語順がやや錯綜していることについては、δοκεῖ δίκαια λέγειν ὁ λέγων の頭韻を理由に指摘しうる。
λέγειν: 現能不。δοκεῖ の従える不定詞。
ὁ λέγων: 現能分・男単主。δοκεῖ の主語。第二章 (3.2) の注意のとおり、この定冠詞+分詞はいくらか一般化の感じ。
κἀγὼ: 1 単主。καὶ ἐγώ の融音。
ὑμῖν: 2 複与。ἀποδεῖξαι の間接目的語。
πειράσομαι: 未中直 1 単 < πειράω「試す、試みる」。
ἀποδεῖξαι: アオ能不 < ἀπο-δείκνυμι「指摘する、証明する」。
τί: 中単主。疑問代名詞。
ποτ᾽: ποτέ の省音。副「いったい」。
ἐστὶν: 現能直 3 単。
τοῦτο: 中単主。
ὃ: 中単主。関係代名詞。
ἐμοὶ: 1 単与。利害の与格。
πεποίηκεν: 完能直 3 単 < ποιέω。
τό … ὄνομα: 中単対。第二章 (2.3) の、σοφὸς ἀνήρ「知者、賢者」と言われたソクラテスの称号のこと。
τὴν διαβολήν: 女単対。
ἀκούετε: 現能命 2 複。
(8) καὶ ἴσως μὲν δόξω τισὶν ὑμῶν παίζειν· εὖ μέντοι ἴστε, πᾶσαν ὑμῖν τὴν ἀλήθειαν ἐρῶ.
(直訳) たぶん諸君のうちの幾人かにとって私はふざけていると見えるだろう。しかしよく知っておきたまえ、私は諸君に全真相を話すつもりだ。
μὲν … μέντοι: μέντοι は μέν に強めの小辞 -τοι のついたもので、この組は μὲν … δέ よりはるかに強い対比 (Smyth §2919)。
δόξω: 未能直 1 単 < δοκέω。
τισὶν: 男複与。不定代名詞。δόξω の間接目的語。
ὑμῶν: 2 複属。部分の属格。
παίζειν: 現能不 < παίζω「遊ぶ、ふざける」。
εὖ: 副「よく」。
ἴστε: 完能命 2 複 < οἶδα。
πᾶσαν … τὴν ἀλήθειαν: 女単対。第一章 (5.1) で見た。
ὑμῖν: 2 複与。
ἐρῶ: 未能直 1 単。ἐρέω の母音融合で、λέγω の補充的未来に使われる。
(9) ἐγὼ γάρ, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, δι᾽ οὐδὲν ἀλλ᾽ ἢ διὰ σοφίαν τινὰ τοῦτο τὸ ὄνομα ἔσχηκα.
(直訳) なぜなら私は、アテナイ人諸君、なんら (の知恵) によってでもないならとあるひとつの知恵によって、その名前を得ているのだから。
ἐγὼ: 1 単主。
ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι: 男複呼。
δι᾽ οὐδὲν ἀλλ᾽ ἢ διὰ σοφίαν τινὰ: 中単対+女単対。第一章 (5.1) の ἤ τι ἢ οὐδὲν ἀληθὲς「真実をなにかひとつかゼロか=ほとんど真実でない」とほぼ同じパターン:「なにかひとつの知恵かゼロかによって」。
τοῦτο τὸ ὄνομα: 中単対。
ἔσχηκα: 完能直 1 単 < ἔχω。
(10–11) ποίαν δὴ σοφίαν ταύτην; ἥπερ ἐστὶν ἴσως ἀνθρωπίνη σοφία· τῷ ὄντι γὰρ κινδυνεύω ταύτην εἶναι σοφός.
(直訳) それはいったいどんな知恵か。それこそはおそらく、人間の知恵であるところのものだ。というのもじっさい私はその (知恵) の点で賢くあるという恐れがあるのだ。
ποίαν: 女単対 < ποῖος「どんな」。
σοφίαν ταύτην: 女単対。前文の διὰ σοφίαν τινά に牽引された対格。
ἥπερ: 女単主。関係代名詞に強めの小辞 -περ のついたもの。訳すうえでは指示代名詞のように思ってよい。
ἐστὶν: 現能直 3 単。
ἀνθρωπίνη σοφία: 女単主 < ἀνθρώπινος「人間の、人間的な」。
τῷ ὄντι: 中単与。仕方の与格:「そうであるふうに=実際に」。
κινδυνεύω: 現能直 1 単「危険を犯す;〜の危険・おそれがある、おそらく〜らしい」。
ταύτην: 女単対。σοφίαν を受ける指示代名詞で、限定の対格:「その知恵に関して」。
εἶναι: 現能不。κινδυνεύω に従う主格不定法の動詞。
σοφός: 男単主。外側の κινδυνεύω の主語と共通である、主格不定法の主語=「私」に対する述語。
(12.1) οὗτοι δὲ τάχ᾽ ἄν, οὓς ἄρτι ἔλεγον, μείζω τινὰ ἢ κατ᾽ ἄνθρωπον σοφίαν σοφοὶ εἶεν, ἢ οὐκ ἔχω τί λέγω·
(直訳) だがついさっき私が言っていたところの彼らはたぶん、人間によるよりも大いなるなんらかの知恵において賢いのだろう。そうでなければ私はなんと言おうものか (言葉を) もたない。
οὗτοι: 男複主。第四章で言及されていたソフィストたちを指す。
τάχ᾽: τάχα は「すばやく、すぐに」という副詞だが、「たぶん、ひょっとすると」の語義もある。田中註解の語彙集では τάχ᾽ ἄν で「たぶん」の意とする。
οὓς: 男複対。先行詞は οὗτοι。
ἄρτι: 副「ちょうど、いままさに」。
ἔλεγον: 未完能直 1 単。
μείζω τινὰ … σοφίαν: 比較級・女単対。前文と同じく限定の対格。
κατ᾽ ἄνθρωπον: 男単対。
σοφοὶ: 男複主。
εἶεν: 現能希 3 複 < εἰμί。最初のコンマの前の ἄν からつながっており、可能性の希求法。
ἔχω: 現能直 1 単。訳文ではふつうに「もつ」の意で訳したが、「知っている/知らない」と訳してもよい。
τί: 中単対。間接疑問。
λέγω: 現能接 1 単。直説法と同形だが、ここでは熟慮の接続法ととる。
(12.2) οὐ γὰρ δὴ ἔγωγε αὐτὴν ἐπίσταμαι, ἀλλ᾽ ὅστις φησὶ ψεύδεταί τε καὶ ἐπὶ διαβολῇ τῇ ἐμῇ λέγει.
(直訳) なにしろ私のほうは断じてそれを知らないのに、誰であれ (そう) 言う者は嘘をついており私への中傷のために言っているのだ。
ἔγωγε: 1 単主。
αὐτὴν: 女単対。人間を超える知恵を指す。
ἐπίσταμαι: 現中直 1 単「知っている、理解する」。
ὅστις: 男単主。不定関係代名詞。
φησὶ: 現能直 3 単 < φημί。目的語は省略されている。
ψεύδεταί: 現中直 3 単 < ψεύδομαι「嘘をつく」。
ἐπὶ διαβολῇ τῇ ἐμῇ: 女単与。
λέγει: 現能直 3 単。
(13.1) καί μοι, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, μὴ θορυβήσητε, μηδ᾽ ἐὰν δόξω τι ὑμῖν μέγα λέγειν·
(直訳) そしてどうか、アテナイの人々よ、騒がないでくれたまえ、たとえ私がなにか大きなことを諸君に言っていると見えるとしてもだ。
μοι: 1 単与。いわゆる感情の与格 (チエシュコ 9§4.1.11) で、訳出しづらいが聞き手の注意に訴えるもの。
ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι: 男複呼。
μὴ θορυβήσητε: アオ能接 2 複 < θορυβέω「騒ぐ」。否定命令。
δόξω: 未能直 1 単 < δοκέω。
τι … μέγα: 中単対。
ὑμῖν: 2 複与。この置かれている位置に注目するなら、この与格は細かく見ると λέγειν の間接目的語「諸君に向かって言う」、μέγα に関する判断者の与格「諸君から見て大言壮語」、δόξω の「諸君にとってそう思われる」を三重に兼ねていると読める。
λέγειν: 現能不。
(13.2) οὐ γὰρ ἐμὸν ἐρῶ τὸν λόγον ὃν ἂν λέγω, ἀλλ᾽ εἰς ἀξιόχρεων ὑμῖν τὸν λέγοντα ἀνοίσω.
(直訳) というのは (これから) 言おうとする言葉を私が言うのは自分のものとしてではなく、私が (その言葉を) 帰する話し手は諸君にとって信頼に足る者であるから。
ἐμὸν: 男単対。無冠詞なので修飾ではなく、τὸν λόγον に述語的同格:「私の言葉」ではなく「その言葉は私の」。
ἐρῶ: 未能直 1 単 < λέγω。実現可能な未来の仮定の後文。
τὸν λόγον: 男単対。ἐρῶ の目的語。
ὃν: 男単対。
ἂν λέγω: 現能接 1 単。実現可能な未来の仮定の前文に準ずる。
εἰς … τὸν λέγοντα: 現能分・男単対。
ἀξιόχρεων: 男単対 < ἀξιόχρεως「信頼に足る」。やはり τὸν λέγοντα に述語的同格:「信頼できる話し手」ではなく「その話し手は信頼できる」。
ὑμῖν: 2 複与。利害の与格。
ἀνοίσω: 未能直 1 単 < ἀνα-φέρω「報告・言及する;帰着させる」。直接目的語は前半と共通の τὸν λόγον ゆえ省略されており、εἰς 前置詞句は「帰着させる」の帰属先。言いかえるとその言葉の責任はちゃんとした証言者に求められるということ。
(14) τῆς γὰρ ἐμῆς, εἰ δή τίς ἐστιν σοφία καὶ οἵα, μάρτυρα ὑμῖν παρέξομαι τὸν θεὸν τὸν ἐν Δελφοῖς.
(直訳) 私の (知恵) の——それがなんらかの知恵とかそういったものであるとしてだが——証人として諸君に私はデルポイの神を提示するつもりだ。
τῆς … ἐμῆς: 女単属。σοφίας が省略されている。μάρτυρα にかかる目的語的属格。
τίς … σοφία καὶ οἵα: 女単主。
ἐστιν: 現能直 3 単。
μάρτυρα: 男単対 < μάρτυς「証人」。τὸν θεόν に述語的同格。
ὑμῖν: 2 複与。
παρέξομαι: 未中直 1 単 < παρ-έχω「提供する」。
τὸν θεὸν τὸν ἐν Δελφοῖς: 男単対+男複与。ἐν 前置詞句を定冠詞によって修飾語化している。「デルポイにいる神」とはアポロンのこと。
(15–16) Χαιρεφῶντα γὰρ ἴστε που. οὗτος ἐμός τε ἑταῖρος ἦν ἐκ νέου καὶ ὑμῶν τῷ πλήθει ἑταῖρός τε καὶ συνέφυγε τὴν φυγὴν ταύτην καὶ μεθ᾽ ὑμῶν κατῆλθε.
(直訳) というのは、カイレポンを諸君は知っているはずだ。彼は若いころから私の仲間であったし、諸君らのうちの多くにとっても仲間であって、かの亡命をともに行い、そして諸君らとともに戻ってきた。
Χαιρεφῶντα: 男単対 < Χαιρεφῶν。
ἴστε: 完能直 2 複 < οἶδα。
που: 副「どこかで」。ここでは「たぶん、きっと」の意。
οὗτος: 男単主。ἦν の主語。
ἐμός … ἑταῖρος: 男単主。ἦν の述語。
ἦν: 未完能直 3 単。
ἐκ νέου: 男単属 < νέος「若い」。ここでは名詞用法:「若者」。
ὑμῶν: 2 複属。部分の属格。
τῷ πλήθει: 中単与 < πλῆθος「大量、多数」。
ἑταῖρός: 男単主。
συνέφυγε: アオ能直 3 単 < συμ-φεύγω「ともに逃げる」。
τὴν φυγὴν ταύτην: 女単対 < φυγή「逃亡、亡命」。συνέφυγε の同族目的語。「かの亡命」とはペロポネソス戦争に敗れたあとのアテナイにおいて成立した独裁的な三十人政権からの逃亡を指す。ソクラテス裁判のほんの 4–5 年まえのできごと。
μεθ᾽ ὑμῶν: 2 複属。
κατῆλθε: アオ能直 3 単 < κατ-έρχομαι「戻る、下る」。
(17) καὶ ἴστε δὴ οἷος ἦν Χαιρεφῶν, ὡς σφοδρὸς ἐφ᾽ ὅτι ὁρμήσειεν.
(直訳) そして諸君らはたしかにカイレポンがどんな人間であったか知っていよう。やりはじめたことに関してはなんであれ熱中しやすいたちであったと。
ἴστε: 完能直 2 複 < οἶδα。
οἷος: 男単主。
ἦν: 未完能直 3 単。
Χαιρεφῶν: 男単主。
σφοδρὸς: 男単主「性急な、熱しやすい」。直説法未完了の動詞 ἦν が省略されており、過去の一般的な仮定の後文にあたる。
ἐφ᾽ ὅτι: 中単対。これは不定関係代名詞 ὅ τι。
ὁρμήσειεν: アオ能希 3 単 < ὁρμάω「動きだす;始める、着手する」。この関係節+希求法は過去の一般的な仮定の前文に準ずる。
(18) καὶ δή ποτε καὶ εἰς Δελφοὺς ἐλθὼν ἐτόλμησε τοῦτο μαντεύσασθαι—καί, ὅπερ λέγω, μὴ θορυβεῖτε, ὦ ἄνδρες—ἤρετο γὰρ δὴ εἴ τις ἐμοῦ εἴη σοφώτερος.
(直訳) そしてそれゆえ、あるときにはデルポイにまで赴いて、こんなことをあえて予言してもらったのだった。だから、私が言っているとおり、騒ぐのはやめたまえ、諸君。それで彼は、誰かが私よりも賢いのかどうかと尋ねたわけだ。
εἰς Δελφοὺς: 男複対。
ἐλθὼν: アオ能分・男単主 < ἔρχομαι。
ἐτόλμησε: アオ能直 3 単 < τολμάω「あえて〜する」。
τοῦτο: 中単対。
μαντεύσασθαι: アオ中不 < μαντεύομαι「予言する;予言を求める」。
ὅπερ: 中単対。関係代名詞。対格であるのはむろん λέγω の直接目的語だからだが、この関係節全体も外側の主文においては限定の対格として副詞的に働いていると見られる:「私が言っているまさにその点で」。
λέγω: 現能直 1 単。
μὴ θορυβεῖτε: 現能命 2 複 < θορυβέω「騒ぐ」。(13.1) ではアオリスト接続法による禁止であったが、今度は現在命令法である。すなわち動作のアスペクトが異なっており、(まだ起こっていなかったであろう) 一回の端的な「騒ぐな」から、現在すでに継続的に行われている動作の「騒ぐのをやめろ」へと変わったわけで (cf. 田中松平 §538)、すでに法廷は騒然としていたと想像される。ただし現在時制の代表的に表すアスペクトには継続相のほかに起動相もあるのであって、田中註解の指摘するように「騒がないでいてくれ,騒ごうとするな」ととる解釈、すなわちこの場合もまだ騒がしくなっていないという可能性も成り立ちうる。
ὦ ἄνδρες: 男単呼。
ἤρετο: アオ中直 3 単 < ἔρομαι「尋ねる」。話が戻って主語はカイレポン。
εἴ: 接「〜かどうか」。
τις: 男単主。不定代名詞。
ἐμοῦ: 1 単属。比較の属格。
εἴη: 現能希 3 単。主文の動詞 ἤρετο が副時制で、それに引用されているので希求法になっている (田中松平 §556; 水谷 §127.2)。直接話法に戻せば直説法の同じ時制=現在で ἐστί。
σοφώτερος: 比較級・男単主 < σοφός。
(19) ἀνεῖλεν οὖν ἡ Πυθία μηδένα σοφώτερον εἶναι.
(直訳) そこでピュティアは答えた、誰も (私=ソクラテス) より賢い者はいないと。
ἀνεῖλεν: アオ能不 3 単 < ἀν-αιρέω「取り上げる、掲げる」。ここでは「神託を与える、答える」の意。
ἡ Πυθία: 女単主。デルポイの神託を告げる巫女のこと。
μηδένα: 男単対 < μηδείς。対格不定法の主語。
σοφώτερον: 比較級・男単対。述語。
εἶναι: 現能不。対格不定法の動詞。
(20) καὶ τούτων πέρι ὁ ἀδελφὸς ὑμῖν αὐτοῦ οὑτοσὶ μαρτυρήσει, ἐπειδὴ ἐκεῖνος τετελεύτηκεν.
(直訳) そしてそれらのことについては、諸君らにその彼の兄弟が、ほらそこにいるのが、証言するだろう。彼は (すでに) 死んでしまっているゆえに。
τούτων πέρι: 中複属。前置詞の後置 (アクセントに注意)。
ὁ ἀδελφὸς: 男単主「兄弟」。
ὑμῖν: 2 複与。
αὐτοῦ: 男単属。カイレポンを指す。所有の属格で、ὁ ἀδελφός にかかる。
οὑτοσὶ: 男単主。οὗτος+直示的イオタ:「この、まさにここにいる」彼の兄弟、と指さして言う感じで、聴衆のなかにいたのであろう。しかもかかるべき ὁ ἀδελφός からは少し離れており言うのが遅い、このことはセリフに芝居がかった感じを与えている (cf. M&P)。
μαρτυρήσει: 未能直 3 単 < μαρτυρέω。
ἐπειδὴ: 接「〜したからには、〜なので」。
ἐκεῖνος: 男単主。
τετελεύτηκεν: 完能直 3 単 < τελευτάω「終える、完了する;死ぬ」。
〔以上で第五章は終わりです。この続きには文章はありませんが、もしお気に召したら投げ銭していただけると執筆の励みになります。〕
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