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4711

「ドイツに行ったら、香水を試したいと思ってる」

空港まで来てくれた友人に、最後そう言った。その友人はいい匂いだと思う香水を、無知な私に丁寧に教えてくれた。

それからドイツに旅立って、判明したのは、残念な事実だった。私は鼻が悪いらしい。

むしろ香水のような人工的な〝いい匂い〟には抵抗が芽生える。無臭がいい。本当にいい匂いがしていたとしても、私にはよくわからない。

だからずっと、決心だけがフニャけてしまい、香水を手に入れることもなかった。匂いは私には謎の領域だった。

その事実を、逆手に取ることにした。私は香水を買った。

4711。ドイツのケルン発祥。私の大好きな土地だ。ケルン大聖堂の近くの、公園というべきか、広場のようなスペースが、独りで落ち着けるお気に入りの場所だった。思い入れのあるケルン所縁の香水だから、以前から興味はあった。それがなんと、私の留学先である田舎のデパートに置いてあったのだから、密かに興奮した。

4711は世界最古のコロンらしい。ナポレオンも愛用、『ティファニーで朝食を』でも登場する。柑橘系の匂いが素晴らしい。らしい。鼻が悪い私には、よく体感できないのだけど!

むしろ私は柑橘系の香水なんて好きではないと思う。匂いが煩わしいから近づけないでほしい、はずだ。けれども初めての香水を買おうと決めて、その香水を選んだ。

私は香水をしてもしていなくても、どうせ自分自身の匂いはよくわからないのだ。だから、だったら、せめて好きな人が好きそうな匂いを身にまとっていたい。

「夜、寮で、柑橘類を皮ごとミキサーにかけて、ジュースにして飲むんです」

あのときの言葉。やっぱりおかしな人だなと思った。壁の薄い寮の個室で、柑橘類を、しかも皮ごと、ミキサーにかけて飲んじゃうのか、あなたは。うん、迷惑だし、別に美味しくなさそう。率直な私のツッコミは、そんなものだった。

でも、自然と結びついた。私の好きなケルンと、あなたが好んで飲む柑橘類まるごとジュース。4711。


本当はドイツから日本へ、勝手にあなたに香水を送りつけてしまいたいところだったけれど、そうはいっても匂いの好みはあるだろうし、液体物の贈り物は不安だったから、郵送は見合わせた。こちらに来てくれたら、手軽に買えます。一緒に選べばいいね。
それか、本場ケルンまで行ってしまうのも素敵。


#エッセイ #香水 #ドイツ

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