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ムシ ムシ ムシ 第一話

※今作品には多種多様な昆虫が登場します。それに伴って昆虫の詳細な描写、また、残酷な表現が多く描写されます為、読まれる場合は注意をお願い致します。🐝
※今作品に登場する地名、建物名などは実際の人物、団体等と一切関係はございません。🐞
※あくまでフィクションとしてお楽しみください🦋


第一話 序章

 石化した珊瑚、或いは長年の雨風によって風化した岩石にも似た大小様々な無数の穴。その穴の数よりも圧倒的に多い蛆虫が、その無数の穴を広げようと躍起になって口を動かしている。地面に近い部分には黒黒と蠢く蟻達が、せっせと肉片を齧り取っては巣穴に持ち帰ろうと列を成していた。
 辛うじて性別こそ分かるが、後一日でも放っておけば跡形も無くなりそうなペースで人体が消えていく。春先に吹く鼻をくすぐる筈の風は、鉄と汚物の臭いで掻き消されてしまっていた。
 現場に居合わせた警官らは吐き気を必死に抑えながらその様子を眺めていたが、これが始まりなのだと気付く者は誰一人としていなかった。

 男の死体が見つかったのは四月十八日、熊本県南部に位置する九州山地、人吉盆地から国見岳の麓を沿って走る県道142号から少し西に逸れたキャンプ場だった。
 近年のキャンプブームに則り作られたそのキャンプ場は、人里離れた山奥でのゆったりとした時間と大自然を堪能出来ると謳い、ピーク時には十五あるスペースが連日埋まる程の盛況ぶりを見せていた。冬季こそ少なくなりはするもののの、ソロキャンプに興じる人もいる為それなりに繁盛していると言える。
 被害にあった男の名前は渡良瀬涼介。彼もまたそのソロキャンプに興じる一人だった。昨今のブームに乗っかって始めたのもあり、ルール等に精通していなかったことが友人らの証言により確認が取れている。
 ここからは事件当日に偶然居合わせた別の客、横田からの証言である。
 横田は昼一時過ぎにキャンプ場に到着した。その際キャンプ場は半分程が埋まっていたという。友人二人とテントを建てつつ、バーベキューの準備も並行して行っていた。三時が近づき準備が終わろうとしていた頃、隣に一人の男性が入って来たと言う。渡良瀬である。軽く挨拶をし彼はテントを建て始めた。一人用のどこにでもある物で、価格帯としては平均よりは少し上であり、いずれ購入を考えていた物だった為覚えていると言う。加えてライブ配信をしているのかずっと誰かと話しているようで、所々物の説明をしていた。後にアカウントの特定が出来たが、残念ながら一部始終は捉えられていなかった。
 夜になり、横田らは薪を囲んで酒を片手に団欒していた。具体的な時間については不明だが、最低でも十時を回っていたのは間違いない。
 懐中電灯を構えた渡良瀬がテントから出て、すぐ後ろにそびえる九州山地に入って行くのを見た。夜に一人で山に入って行くなど無謀にも程があるが、横田らはそれについて別段不思議に思う事は無かった。と言うのも、彼らのテントはトイレからは一番遠い位置にあり、すぐ後ろで用を足す人もいなくはないからだ。故にその後彼が帰って来なくても気にすることも無かったという。
 朝、ジッパーが開いたままのテントが目に入りはしたものの、この時も特に気にせず昼が過ぎ、横田らよりも先に入っていた何組かが帰宅し始めた。
 それを見て横田の友人がやっと疑問を呈したのだ。
 まずはテントの外から声を掛け周囲に荷物が残っているのを確認し、運営スタッフに昨日からの様子を報告した。すぐさまスタッフが渡良瀬へと電話を掛けると、入って行ったらしい茂みのそれ程遠くない場所から小さく着信音が聞こえて来た。
 まさかと思いつつも音の出所を確認すると渡良瀬に虫が集っていた。そして警察が駆け付けた、そういう流れだ。
 付近の木に付いた血と木の根に引っかかっていた靴の繊維、また渡良瀬以外の足跡が発見出来なかった事から、渡良瀬が足を木の根に引っ掛けて躓き、木に頭をぶつけて死亡したのではとの簡易的な検視結果が出た。遺族は行政解剖を渋ったが、事件性は無いにしても遺体の損傷が激しく、蛆が湧くほどの日数が経過していない等の理由で解剖を行う手筈になった。これには一ヶ月弱の時間を要する。

 熊本での一件から六日。高知県足摺岬付近で自殺者に群がる蝶々の一群が目撃された。
 足摺岬は自殺の名所として界隈と近所にはよく知られており、時折その自殺者が川べりや河口に流れつく。九割方住民が発見し、残りは観光客が発見する。俗説では橋を覗き込むと死者に引き摺られるのだそうだが、あくまでもオカルトの域を出ない。
 被害者は西澄香、25歳、女性。付近の道路脇に置かれていた車と、その中から発見された遺書と防犯カメラより自殺と断定されている。仔細は情報保護の観点より省くが、職場での虐めと過労によるものである。一時ニュースに取り上げられた事は記憶に新しい。
 暫く海を見つめていた西は、俗説宜しく吸い込まれるように崖下へと身を投げた。検死の結果、岩肌に頭からぶつかり首の骨を折った事による神経等の切断、並びに多数の裂傷による出血死とされた。橋からの飛び降りと違って、場所をきちんと選ばなければ斜面を転がる様に海面へと近付く。つまり全身くまなく岩肌に傷を付けられ、複雑骨折や深い裂傷を負っても死なずに海に落下する。そして荒れる波によって幾度となく鋭く尖った水面下の岩や珊瑚に叩き付けられ、死んでいくのである。残念ながら西がそのパターンに当て嵌る。発見された時点で人相は疎か、性器以外で性別を判断するのもままならない状態になっていた。
 では本題に戻るが、そのザクザクに切れた傷を覆うように大量の蝶々が集っていた。
 種類については実際の写真が無い為に憶測ではあるが、恐らくサツマシジミであるとされている。
 サツマシジミは全体が白で黒い斑点が散らしてあり、前翅(ぜんし。羽の内頭側にある大きい羽のこと)が光沢のある青色になっているのが特徴的な蝶である。蝶というだけあり基本的には花の蜜を吸うが、その他に給水行動と呼ばれる生態活動がある。
 この給水活動については諸説あるが、有力な説は二つある。
 一つは体温調節。蝶には体温調節する機能が無い為、水を給水し排出する事で、体の温度を下げているというもの。
 もう一つは栄養補給である。こちらは主に羽化したばかりのオスが行う行動だと認識されているが、運動する為に必要なナトリウムを摂取しているのだそうだ。蝶は動物の排泄物へ給水しに来るそうで、メスを探し回る為に栄養補給をしているのではないかと言われている。
 吸い戻し(他の動物の排泄物や金属に自身の小便をかけ、それを吸う行動)の事実もあり、強ち間違いではないだろう。
 栄養価、という点に於いては確かに間違いはないだろう。それが水溜まりか鉄棒か排泄物か、あるいは遺体だっただけの違いなのかもしれない。

 同日、青森県十和田市にある高森山総合運動公園にて、雀を襲うアオジョウカイが目撃される。
 この運動公園は2012年にサッカー・ラグビー競技の普及を目的に天然芝のサッカー場が併設された。設備等の理由によりJ3の試合の予定こそないが、地域の少年サッカークラブなどが使用している。
 その少年サッカークラブのリーグ戦が行われた際に目撃されたのがアオジョウカイである。スマホにて撮られた動画にその様子が鮮明に残っているのだが、奇妙な点が複数あった。
 まずアオジョウカイだが、見た目はカミキリムシに似ているがホタルの仲間であり、ホタル上科に属する。体長は10-15mm程の小さい昆虫であるが、花に集まる虫を食べる肉食虫だ。
 本来であれば寧ろ雀に捕食される側である。
 然し、撮影されたアオジョウカイは本来のサイズよりもふた周りは大きい物だった。一見すると前述の通りカミキリムシかと見間違える程のサイズ感であり、撮影者もそうかと考えたという。
 しかし専門家曰く間違いなくアオジョウカイなのだとされた。
 ではどの様にして雀を襲っていたのか。動画内に撮影者とその子供らの声が入っているが、こちらは省略する。
 動画冒頭では遠く不鮮明だが、雀が地面でバタバタと羽をばたつかせながらもがいている。撮影者が近付くと深い緑色の物体が複数、雀に張り付いているのが鮮明に確認出来る。内二匹は喉元、一匹は左目、残る三匹は背中側に張り付き、顎を深く突き立てていた。噛み付いた順序については、喉元、背中、目ではないかと推測されている。
 この時点で子供らが雀を助けるよう母親に求め、足音を鳴らす等するが効果は無い。
 続けて子供が近くにあった石を広い、その塊に向かって投げつけた。すると石は目に噛み付いていた一匹と雀に命中し、その衝撃でアオジョウカイは口を離し地面に落下、雀は小さく鳴き数センチ横に跳ねて倒れる。雀は弱弱しく羽をばたつかせるが張り付いた虫達を引き剥がすには力が足りないようで、残念ながら子供の善意が仇となってしまったようだ。
 更にこの後、背中に張り付いていた一匹が母親目掛けて飛んできており、客席へと走って逃げた所で動画は終わっている。
 翌々日に母親が区役所へと駆除の依頼を申請した際にこの動画が提出され、専門家より種類の識別へと繋がった訳である。

 後に、ほぼ同じ形状を保ったまま本来の生態から逸脱した行動をするこれらを 

【変異昆虫種第一群 変行型】

 と専門家より名付けられる。
 そして第一群の発見から凡そ二か月後、次の変異種が発見される────



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