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2022年振り返りと2023年の目標

一年の計は元旦にありということで、ざっくりと振り返りを。

2022年振り返り

時代考証の仕事

2020年3月から2022年11月まで、ニトロプラスのソーシャルゲーム『咲うアルスノトリア』時代考証・設定交渉の仕事をしていました。元々は19世紀英国を背景世界のモチーフとする世界観であり(黄金の夜明け団がいた時代)、英国ヴィクトリア朝を専門とする立場から、世界設定や生活様式、文物、なぜこの時代に「黄金の夜明け団」など魔術結社が存在し得たのかなどを解説する範囲でした。

そこからキャラクターとなる魔術書の調査を行い、既存魔術書のエピソード発掘や、新規キャラクターにできる魔術書を提案するということを行いました。日本の本では十分ではないため、主に英語で翻訳されている魔術書の原書を読み、要約したり魔術様式を抽出したり目次を書いたり、それらを巡る魔術師の評価や歴史家の研究書や評価などを中心に行いました。

古代ギリシアの『カルデアの神託』やプトレマイオスの占星術『テトラビブロス』、ソロモンの著名な『ソロモンの鍵』とその系譜、ルネサンスに翻訳が進んだ『ヘルメス文書』(ポイマンドレス、アスクレピオス)『三重の生について』『オカルト哲学』、『小アルベール』『大アルベール』『真正魔道書』『ゴエティア』、アラビアの『ピカトリクス』や『星の光線』、魔女狩り、北欧魔術、錬金術、カバラなど、本当に幅広く、そして多くの本を読みました。

特に魔術書に興味を持ったのは自分の研究領域との関わりで、西洋における知の系譜を知ることがとても参考になりました。西洋の知の拠点は長くキリスト教であり、魔術に関する書籍を書いたのもキリスト教徒で、多くの魔術書は後にイメージされるような「悪魔召喚」というものは非常に少ないもので、あくまでも神を中心にしつつ、天使、あるいは神が作りし世界の中にある天・惑星・星座・元素ほかの法則を「自然の書」として読み解き、その力を利用するか、天使など高次の存在に近づいて知識を得る・真理に目覚める形での自己向上などに分かれていました。ただ、この世界観の源流はプラトンなど古代ギリシア的な世界認知があり(四元素:土水風火と、温冷湿乾の組み合わせ)、西洋医学にも長く残り続けました。

西洋の神学もアリストテレスの影響を強く受けたり、魔術に言及する場合も過去の偉大なるキリスト教父たる聖アウグスティヌスが言及した魔術師ヘルメス・トリスメギストスを参照して「過去に偉大な人が言っていたので、OK」とするなど「キリスト教内部で魔術を有効にする工夫」も垣間見えました(OKと判断されない時もあり)。

基本的には完全にゼロから魔術理論を書くということはなく、何かしら過去の知識や伝統、民間伝承の系譜を引き継いだ上でオリジナリティを発揮しており、積み重ねて広げていくような知の連鎖も見出せました。たとえば魔術書にもユダヤ神秘主義(ヘハロトや天使召喚、『形成の書』、カバラ、ゴーレムなど)から、ソロモン系(神の力で悪魔を使役する)、キリスト教系(神や天使の力と祈りの言葉)、ヘルメス系(エメラルド・タブレットなど)ほかいろいろな系譜があり、過去の知識を組み合わせて換骨奪胎したり印章を持ち込んだりする流れもあるので、フロー図にしてまとめたり、あるいは薔薇十字団、フリーメイソンなどの結社についても調べました。

英国史との接点では、ずっと前から「魔術と薔薇十字」自体は勉強しなければと、高山宏先生の本を読んで思っていました。なので最初はこの本で取り上げられていたフランセス・イェイツの本を起点に始めました(ヘルメス文書の流れ)。

魔術から英国を見ると、たとえばエリザベス女王に仕えて航海術や建築に関する著書で職人たちの技術向上に貢献した数学者ジョン・ディーは、当時の魔術の影響を受けて水晶玉と霊媒による天使召喚を試みて受信したものを残したり、科学者として知られるボイルが錬金術をしていたり、ニュートンも錬金術だけではなくソロモン神殿に関心を深く持っていたり、オックスフォード大学のアシュモール博物館を寄贈したイライアス・アシュモールもまたジョン・ディーの遺品を集めたりフリーメイソンだったりと、英国の歴史を見ていくと魔術自体は決して珍しいものではありません。ここで挙げたような人たちが科学の草創期の団体たる「王立学会」の主要メンバーになるなど、魔術と科学の境界線も曖昧でしたし、世界を知り、再現性がある法則を知ろうとする点では同じでしたし、18世紀、19世紀になっても「(今の科学技術では)見えない、世界の法則」を知ろうとする動きは続きました。

また、プラトン的な世界観もケンブリッジ大学で知られる「ケンブリッジ・プラトニスト」として系譜が長く受け継がれたり、かと思えば19世紀後半の魔術結社が生まれる時期にも、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジを中心にSPR(心霊現象研究協会)が立ち上がったり、オックスフォード大学で古代のアジア圏の宗教性店を翻訳する出版プロジェクトが立ち上がり、「東方聖典叢書」として翻訳が進んだ本の中には東洋系魔術書も含まれていました。

こうした魔術書の古いものの多くは写本(手書き)で、限られた人々の手にしかないものでしたが、活版印刷で出版物が増加して以降、比例して増大していきます。

目立ったのは18世紀フランスで、俗悪な魔術書(悪魔召喚メイン)が、活性化する出版市場のコンテンツとして登場します。特に世界観も魔術知識も不要で、手順に沿って「レシピ通りに」行うことで結果を引き出すことは、個人的に料理や医薬のレシピに似ていると思うこともあり、ここで数多くの本を読むことが、「家政マニュアル」を読んでまとめようという同人活動に結実しました。

上記、長くなりすぎましたので別の機会に整理しますが、自分が専門とする19世紀までに成立していく宗教、科学、学問の領域、出版と流通、医学ほか複数の通史で物事を見ることで、全体像が見えてくることを繰り返し、その結果として19世紀に対する解像度が格段に上がりました。

残念なことに『咲う アルスノトリア』は2022年11月末で更新が終了し、サービス終了が告知されたために本案件との関わりは終わりましたが、作品で設定交渉・時代考証を行う「初めての仕事経験」となり、アニメの放送時に設定協力で名前を載せていただくなど、機会をいただきましたこと、感謝いたします。

研究活動

2021年から有料マガジンを始め、月1本以上の資料翻訳公開を進めてきました。英書1冊丸々全文翻訳7冊、部分翻訳2冊、同人誌全文5冊、部分1冊という成果をこれまでに重ねてきました。現在はメンバーシップに移行しています。

上記の魔術書の調査と合わせて、「過去に書かれた本」への関心も高まり、前述したような蒸留と錬金術・医薬を組み合わせた『英国メイドの暮らし VOL.1』や、家政マニュアルの系譜を考察した本『英国メイドの暮らし VOL.2』を作りました。そして家政本の系譜で気になった本を翻訳して、冬コミで同人誌『英国メイドの暮らし VOL.3』として仕上げました。

2023年の目標

商業出版

昨年の夏にお声がけいただき、少しずつ、2023年春を目指した出版企画の執筆準備を進めています。こちらは1月ぐらいに発表できればと思います。自分にとっては新しい取り組みであり、とても調べることが多く、とても大変ですが、楽しく進めているものとなります。

仕事に再度フォーカス

前の会社を辞めた際に1年ぐらい自主的にサバティカルして、また会社員に戻るつもりでいたのですが、前述した時代考証の仕事に関わって続けることで、その判断を先延ばししてきました。

時代考証の仕事が終わった現在、時代考証・創作系で案件を引き続き探すか、会社員として積み重ねてきた仕事を続けるかを考えました。この時、研究を積み重ねてきたように、仕事で積み重ねてきた経験や実績もあるので、2023年は再び会社で仕事をする環境を選びました。

一方で課題もあります。今回、仕事を探す中で気づいたのが、前職で8年半働いている中、市場価値を高く評価される経験を積みつつ、市場では需要が高いスキルの経験がなかったりする範囲が明確になりました。

研究のアウトプットや方法論の確立はメンバーシップや同人誌で十分にできたので、それらをベースに研究・出版を続けつつ、本業の方のスキルセットの見直しと勉強の時間を増やして適応していく予定です。

運動不足・ダイエット

コロナと研究に集中しすぎて外出する機会が減り、自転車にも乗らなくなり、フィットボクシングもサボってしまい、体重が過去最大になりました。これから先に控える数年後を踏まえて健康管理をしないといけないので、2023年はこれらを再開します。

まずは今日から。

2023年取り組みたいこと

  • 商業出版を春までに行う。

  • 誰でも気軽に読めるエピソード集同人誌『MAID HACKS』と、執事のマネジメント本『英国執事の流儀』をリブートする。

  • ゲストにお声がけして作る、同人誌的なものを。人と何かを作りたい

  • 執事セバスチャン研究:取材とアンケートで追跡記事を書く。

  • 『日本のメイドカルチャー史』『日本の執事イメージ史』など日本固有の文化を語る本の翻訳公開を進めたい。

  • 表現機会(同人誌以外)を増やしたい。音声か、動画か、何か。

  • メンバーシップで引き続き、資料本を翻訳する。

  • 東京メイド博覧会に参加する。

  • 執事自伝をもう一冊。他にいろいろと翻訳したい。

PDCA的に2020年に書いていたことの反省

2020年時点反省点

  1. 出版後の2011年に転職をして慌ただしすぎたことで、英国メイドの可能性を広げる・育てる時間を十分に取れなかった。

  2. メイドブーム研究で資料が広がりすぎて時間が足りず、かつ商業出版でも膨大なリソースがかかる。

  3. 執事ブーム本も出版することになる。

  4. ここ数年、研究フォーカスしすぎて自分を疎かにしていたら体調悪化。仕事も環境変化が重なり、2年ほど心身不調へ。昔ほど若くない。

  5. 執着・提案不足で実現できなかった案件(メイド史出版記念コラボイベント、同人誌即売会企画)

  6. 案件が多い割に、計画が短期的で実現できていないものが多い。アクションリストと期日設定不足。

2020年時点で実現を優先したかったことと、2022年末時点でのコメント

より深く掘るべき反省はここに書く内容でもないので、コメントは表層的なものにとどめておきます。また、下記作業よりも、時代考証による「新規知識習得」と「英国の歴史の学び直し」を優先した結果、以下を行う優先順位を下げたというところになります。

アウトプットを増やすための自分の時間を作る仕組み作り
A. 出版(電子書籍含む、同人イベントは趣味なので)
→『名探偵ポワロ』完全ガイドを出版。

B. ネットメディア化(アフィリエイト。きんどうさんを見習う)
→十分に行えず。未着手に近い。

C. 会員的なもの(noteの有料化や、クラウドファンディングを含む)
→有料マガジン、メンバーシップ開始。しかし事業とするレベルではない。

D. スポンサード(あまりイメージがない)
→イメージないまま。

返せる価値の最大化として見込んでいたこと。

A. ネットで、デジタル無償公開(著作権切れのメイド関連の英書の翻訳)
→翻訳者の方への報酬
→[2023年]今時点ではニッチすぎると読者が集まらない/集めきれない。

B. 会員限定のコラム・創作
→読者向けに研究成果の報告・創作の発表
→[2023年]実施。

C. メディア運営(同人誌込み+上記のコラムに追加)
→お声がけしたい作家・漫画家・イラストレーターの方への原稿依頼と報酬
→[2023年]メディア運営ができておらず。

D. 創作者向け資料データベース
→ネット上にある資料のリスト化+私が撮影・解説する屋敷の写真と部屋ごとの解説など。
→[2023年]できていない。

E. メイドアワードの実施
→メイドクリエイターへの賞金、実績。
→[2023年]できていない。

F. 屋敷の地図を語りまくる
→屋敷のフロアマップを見て、動線を語り、部屋の特徴を語る。
→[2023年]できていない。

G.蔵書へのアクセス(私設図書館構想)
→研究で集めた資料を読みにくることができる実際の場所を作り、たまに私がいて、話をできるような環境。シャッツキステや月夜のサアカスでの取り組みを広げられる可能性の模索。
→[2023年]できていない。

F. 同人誌即売会・メイド展
→[2023年]できていない。他の方たちが実現し、参加する。


Q:商業出版単体で食べられないの?
A:食べていくためにはもっと多くの案件を増やすこともありますが、現状では自分で案件を求めるパワー・コネ・手段がないというところになります。そこに力を注ぐならば、普通に働いた方が効率的に稼げます。


いただいたサポートは、英国メイド研究や、そのイメージを広げる創作の支援情報の発信、同一領域の方への依頼などに使っていきます。