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[同人誌]階下の仕事 その現実と理想 英国メイドの暮らし VOL.4

note上のテキストの目次


解説・補足

2023年夏コミ新刊同人誌『英国メイドの暮らし VOL.4』に関する情報です。以下、冒頭部分のみは全員に公開し、同人誌全文は、メンバーシップ/有料マガジン会員に先行公開します。

同人誌情報

タイトル:メイドになる少⼥のためのハンドブック(19世紀メイドマニュアル)  英国メイドの暮らし VOL.4
発行:2023年08月
値段  :1,000円
サイズ・ページ:A5/164ページ
頒布開始:2023/08/13(日) コミックマーケット102
表紙・裏表紙イラスト:有井エリス様
表紙・裏表紙デザイン:地獄のデストロイ子様
委託先:とらのあなメロンブックス

本書概要

 英国の家事使用人研究を行う同人誌『英国メイドの暮らし』シリーズ4冊目となる本書では、1916年に刊行された『DOMESTIC SERVICE』の翻訳を行います。この本はメイドのなり手が社会全体で不足して社会問題化した「使用人問題」について、当事者たる働き手のメイドと雇用主たる女主人たち、それぞれ数百名にアンケートを行い、生の声を集めた貴重な資料です。

 本書はこの『DOMESTIC SERVICE』を「使用人問題に関する包括的な資料」と位置付け、日本ではあまり馴染みがない「使用人問題」についての解説と、『DOMESTIC SERVICE』で語られる当事者たちの声を取り上げます。

 特に注目したいことは4点あります。

 第一に、当時の「メイドたち」が自らが置かれた状況をどのように理解していたのかについて、です。メイドたちの声については様々な自伝が後に刊行されていたり、経験者の生の声を集めた資料本が出ていたりしていますが、あくまでもそれらは「引退した後の声」です。一方、このアンケートは1910年代に「メイドをしている人々」を中心に集めたものであり、「その時代の生の声」を反映したものとなっている点で、非常に貴重です。

 第二に、アンケートの対象に雇用主となっていた女主人たちも含まれる点です。当時は様々な労働組合が組織化され、労働党も誕生するなど社会全体が労働問題と向き合っている時期でもありました。労働組合が相手とする「企業」に相当するのが、家事使用人にとっては「女主人」でした。調査者たちはこの「産業領域の企業」と、「家庭領域の女主人」の違いを理解しつつ、「働く場所」として両者を比較するため、女主人たちを巻き込みました。
 アンケートにわざわざ答える女主人たちは協力的で問題の本質を理解する解答も寄せられていましたが、世の中では少数だったでしょう。それでも、当時の雇用主側がどのように思っていたのかを知ることは、同じく貴重なことです。

 第三に、この調査報告書をめぐる面白さです。この報告書を刊行したのは「Women's Industrial Council」(女性産業評議会)です。『オックスフォード英国人名辞典』に基づけば、この組織は次のようなものです。少し長くなりますが、時代背景を知る意味で引用します。

 女性産業評議会(1894~1917年)は、働く女性の利益を「見守る」ことを目的とした圧力団体であった。様々な社会的・政治的背景を持つフェミニストたちが結集し、女性労働者とその雇用条件改善の必要性を主な関心事としていた。
 10年近く女性労働組合主義に携わってきたクレメンティーナ・ブラックが、女性産業評議会の設立とその後の発展の原動力となった。事務弁護士の娘であったブラックは、1886年に熟練労働女性の労働組合主義を奨励する傘下団体である「the Women's Protective and Provident League」(女性保護共済同盟)の幹事に任命されたとき、ロンドンの社会主義界と関係があった。この同盟の慎重なアプローチと保護法制への反対姿勢に不満を抱いた彼女は、1889年、ロンドンのイーストエンドに女性労働者のための新組織、「 the Women's Trade Union Association (WTUA、女性労働組合協会)」の設立を支援した。WTUAは、ジョン・バーンズやトム・マンといった著名な労働指導者の支持を得ていた(中略)。
 協会の指導的立場にあったのは、社会主義団体「社会民主連盟」の活発なメンバーで、イースト・ロンドン・ロープ製造者組合の書記を務めていたエイミー・ヒックスら、黒人や労働者階級の労働組合組織者だった。娘のフランシスはWTUAの書記となり、書記補のクララ・ジェイムズは菓子職人組合の書記だった。
 WTUAが結成されたのは、知的・社会的激動の時代であった。社会主義の復活と新しい組合主義が相まって、フェミニストたちに社会問題に対する異なる視点と新たな活動分野を提供した。労働運動が男性労働者の利益に焦点を当てていた当時、博愛主義に批判的だった多くの中流階級の女性たちは、働く女性の自立的な組織化を支援する機会を歓迎した。
 組織者の努力にもかかわらず、WTUAは低賃金の女性労働者の間で労働組合員数を維持することが次第に難しくなっていることに気づいた。そこで1894年、女性産業評議会(WIC)に改組した。これは方向転換を意味した。女性の労働条件の詳細な調査が重視されるようになり、法制改革の提案につながった。1913年までに117業種が調査された。
 評議会は、調査結果を書籍や季刊誌『女性産業新聞』で発表し、世論や政治に影響を与えようとした。審議会のメンバーは女性雇用の分野の専門家として認められ、公的な調査に招かれて証拠を提出することも多かった。同協議会はまた、訓練や教育を通じて女性や女児が利用できる雇用の幅を広げようと努め、女子クラブを推進した。工場検査官の活動を支援し、工場法違反を監視した。活動の中心はロンドンだったが、リバプールなど地方にも支部があった。

Women's Industrial Council より翻訳・抜粋

 下線を引いた箇所(note上では太字)が、今回翻訳する『DOMESTIC SERVICE』の刊行を担った「女性産業評議会」であり、この組織が行った100以上の女性の労働環境調査の中に、「家事労働=メイド職」も含まれているのです。

 残念ながら、簡単に調べた範囲で他の100以上の職種の報告書をネットで見つけることはできませんでしたが、産業によって異なる労働環境について100以上の調査を行える専門家たちによる「家事使用人職のメリット・デメリット」が報告されることにも、大きな価値があります。

 そして最後に、四点目として重要なことは、この報告書の普遍性です。家事労働をめぐる問題が現在も続き、国を問わず、世界中の国々で繰り返されています。個人でも雇用しやすい賃金・待遇で他者を雇用できる環境は「経済格差」が不可欠であり、現代社会を支える経済発展が格差を広げる限り、この構造は消えるものではありません。
 そして、現代日本でも家事労働者の問題は無縁ではありません。ちょうどこの原稿を書いている2023年7月、『家政婦の歴史』と題した新書が刊行されました。同書は労働政策の専門家が書いたもので、2022年9月には家政婦が過労死したことについての裁判にも言及しながら、日本社会の「家庭の中の労働者」たる家政婦を解説しています。

 『DOMESTIC SERVICE』刊行から100年以上が経過する今も、決して家事労働をめぐる問題は、過去の時代や他国の話ではないのです。


 本書では第一章で簡単に「使用人問題」の概要と主要な資料を扱い、第二章では『DOMESTIC SERVICE』の翻訳を掲載します。



第1章「使用人問題」と主要資料

 ここでは「使用人問題」について軽く触れておきます。

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