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あなたを知りたい

「漫画家……さん、なんですか?」

ぼくは、手元にあるプロフィールカードに目を落としながら言った。

「あまり有名ではないんですが」

目の前にいる女性・ユウコさんははにかみながら答える。

◇  ◇  ◇

今日は、いわゆる婚活パーティーってやつに参加している。
ぼくは10回目の参加。

結婚願望があり、もう適齢期はとっくに過ぎている。なかなか運命の人に出会えない。そろそろパーティへの参加を終わりにしたい…そう思っていたが、なかなかうまくはいかないもんだ。

ぼくは気になった参加者に、気になったことを次々と質問していく。ひとりの人にアプローチできる時間は限られているから必死だ。

そうやって何人か声をかけていって、6人目にユウコさんとお話しした。

ユウコさん……年齢は35歳……でも見た目は20代くらいのイメージ。ナチュラルメイクで、派手さはない。かといって地味でもない。これまで話した女性の中で、一番相性がよさそうな気がした。そして何より「漫画家」という職業が目を引いた。これまでのパーティーにおいて、プロフィールカードに「漫画家」と書いている人は初めて見る。

「年収800万円って……漫画の執筆でだけですか?!」
「はい。不器用だから副業とか無理ですし。漫画一本です。最近はWEBコミックの売り上げが好調で……そちらに力を入れています」
「すごいですね!!」
「わたし、漫画だけが取柄なんで…それしかできないんです。だから結婚も後回しになっちゃったっていう感じなんですけど……」

ユウコさんはそう言ってから、ちょっとバツの悪そうな顔をした。
そして上目遣いでぼくを見る。

「あの……」
「なんですか?」
「やっぱり……ひいちゃいますよね……そのプロフィール」

あんまりにもかわいらしい表情をするものだから、ぼくはドキッとした。

「え?あ、いや!漫画家の先生ってあまり出会ったことないから。いろいろ興味本位でお伺いしてしまって、すみません」
「わたし、ずっと婚活しているんですけどうまくいかなくて。最初のうちは漫画家って隠して、ちょっとプロフィールを”盛ったり”していたんですけども、結局最後の最後でボロが出ちゃうから、正直に書くことにしたんです」
「ああ…確かに、ぼくも多少年収や職業を盛っちゃってた時期ありました!でもやめましたよ!女性があとでがっかりしちゃうから」
「タキザワさんは…年収800万円…建設業ですか。ゼネコンとかデベロッパとか…そういう開発系?」
「いやいや、開発系ならもっと年収高いです。僕は建てたり壊したりの方面でして」
「あ!すごい!だから発破技士免許をお持ちなんですね!?ダイナマイト使える人なんだ!」

ユウコさんはぼくのプロフィールカードに書かれた各種資格を見て目を輝かせていた。

「そこに食いつく人初めてです」
「以前、建設現場で始まるラブストーリーを描いたことがあって、いろいろ調べたんですよ。あっ!フォークリフト免許も持っている~!すごい。そして、好きな食べ物【焼肉】いいですね……!私も大好き、焼肉!」

にこやかに笑うユウコさん。ぼくはふと疑問を口にした。

「どんな漫画を描いてらっしゃるんですか…?少女漫画?」
「え!」

これまでの和やかな雰囲気がガラッと一変し、ユウコさんは、固まった。

やっちまった、とぼくは思った。

まだ、描いている漫画の内容を深堀しちゃいけない段階だった……のだろう。ユウコさんは恥ずかしそうに言った。

「公衆の面前でお伝えするのは……憚れるようなものを描いています…」

(公衆の面前で説明するのが、憚れるような漫画!?)

ぼくは咄嗟に「エロいやつだ!」と思った……が「エロいやつですか?」とは訊けない。興味津々だが、ここはひとつ、ユウコさんの気持ちに寄り添った方がいいな……

「あ、いや、漫画って言ってもいろんなジャンルありますもんね!!言いづらかったら別に…」
「いいえ!もしかしたら最初に知ってもらった方がお互いのためなのかもしれません!」
「え?」

ユウコさんは、顔を真っ赤にしていた。

「あの、思い切って言っちゃいますけど。わたし、タキザワさんのような、ちゃんとお仕事しっかりしていて、できたら肉体労働系の仕事していて、体格ががっしりとしてるかた、タイプなんです。だから、チャンスがあれば、これからも……お会いしたい、な……なんて……」
「えっ!?」

好意をもってくれてる!?
思いがけない言葉に舞い上がるぼく。
ユウコさんが続ける。

「でも……わたしの仕事が理解できないようであれば……お友達になるとしてもしんどいでしょうし。最初にわかったほうがいいでしょう?」
「ぼく、どんな漫画をか知りたい、ぜひ読んでみたいです!」

ユウコさんはこちらの顔色を窺っているようだった。

「実は……ボーイズラブ、を描いてまして」

なんだ……ボーイズラブか!

ぼくは安堵した。

「ぼく、大丈夫です、BL!」
「え!?」
「ぼく、姉貴がいるんですが、姉貴がそういうの読む人で……ぼくも昔半ば強引に読まされたんです。エッチの描写とかは感情移入できない部分もありましたけどそのストーリーが素敵だったんですよ。そこから、BLにもちゃんと感動できるストーリーがあるんだ、って知って……はまっちゃって!」

そう、ぼくは姉貴に幼いころからボーイズラブ漫画を読まされていたので、まったくそう言ったものに抵抗がなかった。むしろ、それはそれとして受け入れて、一時期は良く読んでいた。

「そうなんですか。男の人でそう言ってくださる方、あまり出会わなくて…」
「ぼく、ファンタジー物が好きなんです。ボーイズラブにもいろんな世界がありますもんね?」
「そうですね!」
「もっと漫画の詳しい話ききたいな!あ!もし、よかったら食事に行きましょうよ。焼肉いきますか!?」
「わたし、赤身のお肉もホルモンも抜群においしい店知ってるんですよ!もしよかったらそこ教えます!」
「ええ!ぜひ!!」

ぼくとユウコさんは意気投合して、連絡先を交換し、次回のデートの約束をして解散した。

これで最後にするぞと気合を入れた婚活パーティ……これは手ごたえあり。相手として申し分ない。失敗は許されないぞ……

◇  ◇  ◇

そして、約束のデートの日。

ユウコさんはふわっとしたワンピース。かわいい。パーティの時はぱきっとした服装だったけれど、普段はふわふわの洋服が好きらしい。ぼくは思わず見とれてしまう。

ユウコさんは、よく食べる人だった。ぼくはよく食べる女性が大好きだ。健康的でいい。食事をしながらこちらにもさりげなく気配りしてくれるし…やっぱり素敵な人だなぁ。BL漫画の作家さんなんて、ちょっと予想もしなかったけど。

「ここのホルモンうまいですね~!」
「こんなにおいしいマルチョウが食べられる店はなかなかないんですよ~!あとレバーもおいしいです。さ、どんどん食べましょー!」

焼肉がおいしい。何より二人で食べるともっとおいしい。ぼくは気分がよかった。ユウコさんも嬉しそうだ。

お酒もちょっぴり回ってきたところで、ぼくは思い切って漫画の話を振ってみる。

「ぼく、ユウコさんの漫画、サイトで調べてみたんです!試し読みして、とてもよかったので買ってみましたよ!」
「え!?」
「連載してるんですよね!?連載をもってるなんてひとことも言ってなかったじゃないですかぁ!すごいなぁ。」
「あ…ああ……見たんですね?」
「はい!カッコいい男たちが、汗にまみれて肉体労働の中で友情をはぐくみ、やがて恋に発展していき、そしてSMの世界に落ちていく!いい作品じゃないですか!」
「え?」

ユウコさんはぼくを見つめた。
反応が何かちがう…

あれ?ぼく、なんか間違ったこと言ったかな?恐る恐る訊ねてみた。

「ユウコさん、”棟梁が、ボクにもやい結びをしてSMをしたがる件”っていう作品を連載されているんじゃないんですか?」

「あ!?」

ユウコさんは目を丸くしていたが、その後けらけらと笑った。

「その方はわたしの本名と”同姓同名”の漫画家さんです!出版社のパーティでもよく間違えられるんですよねぇ。困っちゃいます。わたし、あんな肉体美の素敵な漫画書けませんよぉ~それに、わたしはペンネーム使ってますから。自分の大好きな世界を書きなぐっているもんで、世間にばれちゃうの恥ずかしくて」

「え、そうなんですか。すみません。そうでしたか、ぼくてっきり……」

早とちりが恥ずかしい。

「せめてペンネーム教えてもらっておけばよかったんだ」
「でも、タキザワさん、わたしの仕事に興味を持ってくれたってことですね?調べてくれるなんて……わたし、うれしいです……」

ユウコさんは顔を赤らめた。

「すみません。では、改めて……どんな漫画を描いていらっしゃるんですか?そろそろ知りたいな!」
「え…あ……」

ユウコさんはちょっと戸惑って、ぼくの顔をじっと見た。

「あのお…ほんとうに観たいですか?」
「はい!ぜひ!」

じっと考え込んでいたユウコさん

「じゃあ、電子書籍版ですけど、ためしに読んでもらおうかな!」

ユウコさんは自分のスマートフォンを操作してぼくに作品を見せてくれた。

ぼくはぎょっとした。

「う、うぐっ………」

差し出されたスマートフォンの画面に映し出されていたのは、ひらひらのブラウスを着た金髪碧眼の美少年……

そしてホトバシル鮮血……飛ぶ手首……零れ落ちるゾウモツに血に塗れたイチモツ……その血の海の中で絡み合う美少年たち

ユウコさんが描いている作品とは
ゴリゴリの耽美系グログロスプラッタボーイズラブだったのだ!

「びっくりしちゃいました……か?」

ユウコさんは、心配そうな顔をしている。

「え!あ、すごい世界観の作品ですね~!こういうの初めて読みます…」

”美しき鮮血は愛の色”っていう作品で、もう5年も連載している作品なんです!マニアックな作品だから、週刊連載しても紙の本じゃ売れなくて!電子書籍での売れ行きが凄いんですよ!うふふ!!タキザワさんも好きになってくれるといいのだけれど…」

……お、おちつけ。

作家性や作品の内容は、自由でいいじゃないか。

今目の前にいるかわいい人が、そういった作品を、プライドや熱意をもって描いているのであって、その人自身が危ないとか、そういうことでは、ないだろ…ないはずだ!

大丈夫!だってぼくのタイプだし、気配りもできて優しいし、かわいいし、仕事熱心だし、食べっぷり飲みっぷりもよくて、申し分ない!

これまで出会った女性の中でもこれほどの人はいないぞ……だから、結婚相手として考えても、大丈夫…!

大丈夫なはず……だよね。

そのあと、ぼくは焼肉にしばらく手を付けなかった…

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作者覚書
【あなたを知りたい】
2024年5月7日執筆スタート
2024年8月2日公開

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