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10月1日は「国際コーヒーの日」は、International Coffee Day 2021

今日、10月1日は「国際コーヒーの日」なんですね、知りませんでした。

国際協定によって、コーヒーの新年度が始まるのが10月で、この日がコーヒーの年度始めとなります。さらに、日本では、秋冬期にコーヒーの需要が高くなることから、1983年に、全日本コーヒー協会によって、10月1日が「コーヒーの日」と定められました。


コーヒーと私

ビールの場合、「ほぼほぼ」毎日飲んでいる。が、まあたまに無くてもいい。

コーヒーの場合は、「ガチ」で毎日飲んでいる。飲まない朝、午後のひとときはを迎えるなんて考えられない。

ちなみに、「イタリア人はコーヒーがなかったら死んじゃうんだよ」くらいだそうです。

今日は、「国際コーヒーの日」だし、少し時間を作って全日本コーヒー協会(http://coffee.ajca.or.jp/)のサイトにあり記事を色々と読み漁ってみた。

著名人の「コーヒーと私」や、「コーヒー海外事情」などから個人的に面白かった箇所を以下に抜粋。

読んでいるうちにコーヒー飲みたい欲がジュルッと出て来るはずです!「国際コーヒーの日」だし、今日くらいばかばか飲んでもいいのでは??



以下、インタビュー「コーヒーと私」から
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview

平野レミ【料理愛好家】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/99hirano

これまでにコーヒーを使ったレシピも幾つか開発している。「お目覚めコーヒーご飯」は、インスタントコーヒーを入れて作るチャーハンだ。
「子供たちが小学生の頃、朝、眠いとか、学校行きたくない、なんていうので、よし、じゃあチャーハンでシャキッと目を覚ましてもらおう、と思ったのがきっかけです。コーヒーを少し加えると味に深みも出て一石二鳥です。『カフェ・オレ・パスタ』も子供のために考案しました。炒めた具材に水で溶いたインスタントコーヒー、トウモロコシ、パスタを加えて数分煮て、生クリームとチーズを加えます」
 レミさんのコーヒーレシピのおかげか、二人の息子は大のコーヒー好きに。


姜 尚中【政治学者】

http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/97kan

大学時代、ジャズ喫茶でコーヒーの美味しさに開眼。20代が終わる頃には2年間のドイツ留学で、さらに新しいコーヒーの魅力に出会った。
「私にとって、世界で一番、朝のコーヒーが美味しいのはドイツです。まろやかで口当たりが良くて、何杯も飲めるけれど、どういうわけかあまり胃にこたえない。インビスと呼ばれる屋台(軽食スタンド)があって、冬の寒い朝、焼いたソーセージにマイルドな辛子を塗ってパンに挟み、それを頬張りながら飲むコーヒーは、優しさと温かさが身体に染み渡る味でした」



横尾忠則【美術家】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/95yokoo

親交のあった俳優・高倉健さんともよく一緒にコーヒーを飲んだ思い出が。
あの方はものすごくコーヒーが好きで、1日に10杯、20杯と飲んでいたと思います。喫茶店に行くと必ずコーヒーで、車の中にもいつでもコーヒーを飲めるようなセットがありました

「僕が心底、美味しいと思ったコーヒーは、20〜30年前にパリのサン・ジェルマン・デ・プレの喫茶店で飲んだエスプレッソ。お客さんのほとんど全員が飲んでいるので、注文してみたのです。するとものすごく強い味で。思わず砂糖を3杯か4杯入れて、ドロドロにして甘ったるくして飲んだら、これがすごく美味しい。それ以来、エスプレッソのファンになって、喫茶店に入るといつもそれを飲むようになりました」


大林素子【女子バレーボール元日本代表】

http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/89obayashi

チームの本拠地は、イタリア中部のアドリア海沿岸にあるアンコーナという街。チームメイトとカフェに行くとみんなエスプレッソを飲んでいたので、私も頼んでみました。初めて飲んだときの衝撃は、今も忘れられません。なんだろう、この味は……ただ濃いというのではなくて、凝縮された甘みや旨味を感じるような……そんな驚きで頭の中がいっぱいになって、最初からすっかりその味わいに魅了されてしまったのです。
 以来、イタリアにいる間はいつもエスプレッソ。試合で遠征する際にバスが出る広場のカフェや、チームメイトとよく集まって作戦会議をしたりするレストラン・バルでも、いつもエスプレッソ・ドッピオ(=2ショット分のエスプレッソ)を注文していました。じつはエスプレッソ・ドッピオを飲む人は現地でも珍しかったらしく、私がよく大きなカップで飲んでいると、〝え、モトコはいったい何を飲んでいるの?〟と、チーム内で驚かれたこともあったんですよ(笑)
 おかげで日本に帰国してからも、エスプレッソを出すお店に行くと頼むことが多くなりました。ただ、アンコーナで飲んだものと同じ味に出合えることは、正直、なかなかなくて……やっぱりあの美味しさは、あの土地ならではの気候やお水の味などに、とても合っているものなんだろうと思います。


ダニエル・カール【タレント/山形弁研究家】

http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/88kahl

1977年、奈良県の高校の交換留学生として来日し、一年間を過ごしたダニエルさん。柔道を通して日本の文化に興味をもち、大学時代には京都二尊院にホームステイしたり、佐渡島の文弥人形遣いに弟子入りするなど、身を以って伝統文化を体験。日本という国の魅力にどんどんはまっていった。一度はアメリカに戻ったものの、大学卒業後に再び日本の土を踏み、文部省英語指導主事助手として3年間を山形県で過ごすことに。
「この3年の間に今の妻と出会って結婚をしたのですが、私にコーヒーのおいしさを教えてくれたのが誰あろう、妻なのです。じつは、高校留学で親元を離れて以降、僕とコーヒーとのつながりも途切れてしまい、そのままほとんど飲むこともなくなっていました。山形に来て英語を教えながら、同じく英語教師をしている妻と出会いました。彼女はジャズとコーヒーが大好きな人で、とあるジャズ喫茶に通い詰め。当時の山形には、マニアの間ではかなり有名なジャズ喫茶が数軒あったのです。
 ある日、ついに僕は妻に誘われてその店に行きました。棚にレコードがびっしりと並んでいて、マスターがそれをかけてくれる。みんなコーヒーを飲みながら2時間、3時間と音楽を聴いている。ロックンロールしか聞いたことがなかった僕にはもう別世界でした。
そしてコーヒーも。ジャズを聴きながらじっくりと楽しむコーヒーは、ちょっと濃いめでこってりした味わい。最初はとにかく妻に嫌われたくなくて飲み始めたわけですが、やがて僕自身もすっかりブラックコーヒーの味にとりつかれてしまったというわけです



サヘル・ローズ【女優】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/86sahel

イランの孤児院にいた5歳のサヘルさんを引き取り、養女にした母。その3年後に来日し、多くの困難の中で二人は肩を寄せ合って生きてきた。
血縁のない私をここまで育ててくれた母の強さが大好きですし、いくら感謝しても足りない。私が本当の自分をさらけ出して母と語り合う時間にも傍らには必ずコーヒーがあります。私にとって、コーヒーは私が母との時間を満喫する、まさに私たち親子にとって大切な家族のような存在なのです



田口 壮【元プロ野球選手】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/84taguchi

本格的に飲むようになったのはプロ野球選手になってからです。朝、家で数杯飲み、球場に着くとロッカールームのコーヒーメーカーでまず1杯、練習の合間やゲーム前にも1杯。そして、試合中も自分の打席に立つ前は必ずコーヒー、でした。自分にスイッチを入れるような感覚ですね。メジャーリーグに行ってからも、打順が近づくとベンチの裏にコーヒーを取りに行き、軽く飲んでから準備していました。飲んでいるほうが身体の調子もいいような……コーヒーは僕にとって、水と同様に〝なくてはならないもの〟です。
 遠征のとき、メジャーの選手が泊まるホテルの部屋には必ずコーヒーメーカーがあります。ただ、アメリカはミネラルウォーターの種類が多く、水が美味しくないとせっかくのコーヒーの味が台無しになってしまう。だからそこだけはこだわって、自分の好みに合う水を買うようにしていました



兼高かおる【ジャーナリスト】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/80kanetaka

日本でも、コーヒーにまつわるこんなエピソードが。
山形県の最上川の観光船で川べりに建つ仙人堂の前を通ると、船頭が、〝ここで芭蕉がコーヒーを飲んだ〟と言うのです。仙人堂は源義経が立ち寄ったとされるお堂で、芭蕉の『奥の細道』にも登場する場所。芭蕉が奥の細道を辿ったのは17世紀末のことで、長崎の出島にコーヒーが持ち込まれたのもその頃。とすれば、そういうこともあったかもしれないと推察できる。旅をすれば、歴史の新説に出会うこともあります。まだ知らないことがたくさん。だからこそおもしろい。私の人生の旅も、まだまだ続いていきそうです」


coba【アコーディオニスト】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/79coba

コーヒーはとにかく1日中飲んでいます。スタジオでレコーディングをするときなど、水のようにがぶがぶと飲むのは薄いタイプのコーヒーですが、ここ一番、うまいコーヒーを飲みたいときにはやっぱりエスプレッソです。夕食の後にはエスプレッソにグラッパ(ブランデーの一種)やリキュールを入れたカフェ・コレットがいいですね。サンブーカというアニス(セリ科の植物)を使ったアマーロ(リキュール)を入れると、甘みと苦みの絶妙な共演を愉しむことができます。
 以前、エスプレッソ・マシンの老舗メーカーの社長とお話ししたときのことです。僕が、日本ではコーヒーは嗜好品だと考える人が多いですと言うと、彼が急に怒り出し、「嗜好品だと? ふざけるな、イタリア人はコーヒーがなかったら死んじゃうんだよ」と言うのです。これこそイタリア的感覚。彼らにとってコーヒーは、音楽やアートと同様に人生に欠かせないもの。生活サイクルの一部なのです。

留学時代の最初の1年間は、カルチャーショックの連続でした。イタリアの人たちは自分の気持ちにとても正直に生きています。僕は日本にいるときに、親からは、自分の主張をする前にまず人のことを考えなさいと教えられて育ちました。でもイタリアではそれは通用しなかった。自分から動かないと他の人間は何もしてくれない、ということを痛感させられました。
 自分を抑えず、生きたいように生きるイタリアの人たちは、一見、わがままにも思えます。でも、彼らは基本的に人に対する好奇心が旺盛で、他人をリスペクト(尊敬)する気持ちをもっています。自分の欲望にわがままになった分だけ、他の人も大切にする。これで社会のバランスがとられているのです。ちょうどコーヒーの苦みと甘みのバランスのようなものですね(笑)。


杉山 愛【元プロテニスプレイヤー】

http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/77sugiyama

私のコーヒー・デビューは15歳でした。テニスのジュニア選手としてオーストラリアに遠征したときのこと。外国の選手たちと一緒にレストランで食事をした後に、地元オーストラリアの選手がカプチーノを注文したのです。私はそれまでカプチーノという飲み物を知りませんでした。
 テーブルに運ばれてきたのは、コーヒーの上に白い泡がたっぷり乗っていて、さらにその上にチョコレートかココアのようなパウダーがかかっている飲み物……なんて美味しそう! 思わず私も同じものを注文しました。ミルクの泡のまろやかな味とコーヒーのほろ苦さが口の中で溶け合って、なんとも新鮮な味わい。人生最初のコーヒーは、こうしてしっかりと私の記憶の中に刻まれました。


朝岡聡【フリー アナウンサー/コンサート・ソムリエ】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/76asaoka

日本のカフェでエスプレッソといえば小さいカップで出てくるシングルですが、僕がイタリアで頼むのはたいていダブル。苦みと甘みと酸味が三位一体となって、えもいわれぬ濃厚な味わい。それがいいんですよね。イタリア人は大量のお砂糖を入れて飲みますが、僕はリキュールかグラッパ(イタリアの蒸留酒)を入れるのが好きです。
 ヴェネチアに行くと、バーカロと呼ばれる立ち飲み居酒屋が朝から開いていて、地元のお父さんたちが朝からワインを飲んだりしています。冬の寒い朝、僕はそこでエスプレッソにグラッパを入れてぐいっとやる。そうすると、身体の中からふわーっと温かくなって、活力がわいてきてとても心地いいんですよ。この飲み方、冬におすすめです(笑)。


藤本隆宏【俳優】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/75fujimoto

アフリカ大陸東部の国、エチオピアにあるアファール低地は摂氏50度を超す日が3カ月以上も続く、世界で一番暑いとされる場所。僕が行ったときも気温55度の日がありました。遊牧民の方のお宅を訪ねたときのこと。ご主人と対面して、僕がいきなりインタビューを始めると、ご主人はずっと黙ったままなんです。ご機嫌が悪いのかなと思っていたら、女性がコーヒーのセットを持ってきてふるまってくださいました。
 それは、コーヒー・セレモニーといって、お客さんにまずコーヒーを出してもてなし、それから会話をするというエチオピアの流儀だったのです。ここで飲んだ熱いコーヒーは感動的なうまさでした。気温50度の中でホットコーヒーなんて絶対にだめだと思っていたのですが、すごく気分をリラックスさせてくれる味わいで、ほっとしたのを覚えています。
それは予想外の展開でした。



為末 大【元プロ陸上選手】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/74tamesue

現役の頃は、時差ぼけの調整でもコーヒーにしょっちゅうお世話になりました。日本からヨーロッパに行くと、現地の午後3時~4時くらいにちょっと眠くなってくるので、そのときに砂糖を多めに入れたエスプレッソを飲んで、太陽の光を浴びて眠気を覚ます。その時間に眠くてつい寝てしまうと、ずるずると1週間くらい時差ぼけがとれないんです。逆に、帰国の1日前くらいになると、日本の時間に合わせて、日本が夜ならば(遠征先では)コーヒーを飲み過ぎないようにして、日本が昼間であれば、夜でもコーヒーで眠気を抑えて起きている、ということをして自分なりに調整していました。


パパイヤ鈴木 【振付師】
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/interview/interview73-2

お酒とコーヒーを楽しみます。沖縄で知った「泡盛コーヒー」というリキュールは、泡盛にコーヒー豆を漬けたもので、僕はこれに目がないんです。あるいは、焼酎を牛乳で割った「ミルク酎ハイ」にエスプレッソをちょっと入れたり……これは美味しいのですが、かなり強力(笑)。酒好きでコーヒー好きの人にはぜひおすすめしたいです。


以下は、コーヒー海外事情から
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/abroad


日本では1983年から10月1日を「コーヒーの日」として提唱
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/abroad/81ico


コーヒー消費から見る、イタリア人のライフスタイル
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/abroad/77italy

そのコーヒー文化の浸透ぶりを反映するのが、バールの軒数だ。イタリアには現在、15万とも16万とも言われる数のバールが存在している。日本全国のコンビニエンスストアの総数がその半分にも満たないことを考えれば、その軒数の多さに驚くことだろう。「イタリアの街に必ずあるもの、それはドゥオモ(大聖堂)とバール」と言われるほど、バールのある街の風景はごく一般的なもの。2006年の統計だが、イタリア人の98%がバールを利用し、外食費の3分の1を投入するという数字もあるほどだ。コーヒーを愛飲するためのインフラが、イタリアではすでに確立されているというわけだ。



コーヒーを飲み、健康に。意識の高さでも世界一を。
http://coffee.ajca.or.jp/webmagazine/abroad/toukei73

フィンランド栄養審議委員会では健康的な食生活のガイドラインを出している。「コーヒーを1日3〜5杯飲むこと」も含まれていて、摂取量の上限は設けられていない。


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これら以外にも、コーヒーと健康に関する話などこの全日本コーヒー協会さん(http://coffee.ajca.or.jp/)のページには盛り沢山で掲載されているので読んでみてください。


ちなみに、、10月1日は『日本酒の日』でもあります!

日本酒造組合中央会が制定。10月は新米で酒造りがはじまる季節。1965年以前、酒造りの区切りを示す酒造年度は10月1日から。 現在は7月1日からです。

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