【九段新報総集編】ポルノに悪影響がないというエビデンス「カチンスキー報告」を追って

 新橋九段です。皆さんは「カチンスキー報告」というものをご存じでしょうか。これは、ポルノと性犯罪に関連性がないことを証明したエビデンスとしてネット上でまことしやかに囁かれている研究です。

 しかしながら、この「カチンスキー報告」において、具体的にどのような研究が行われどのように証明がなされたのか、そもそもカチンスキーという人が出版したどの論文を指して俗に「カチンスキー報告」と呼称しているのかすら判然とせず、その正体は不明なままでした。

 そこで、私は2年前から「カチンスキー報告」の元論文を探し続け、一定の結論を得ました。今回はその内容をまとめる総集編です。例によって内容それ自体は過去の九段新報で公開したものですが、300円はまとめ賃です。正直、今回は倍の価値のある内容だと言っても過言ではありません。

そもそもカチンスキー報告とは

 話の本題に入る前に、そもそもネット上において「カチンスキー報告」がどのように扱われていたのかを解説しておきましょう。

 「カチンスキー報告」という単語が登場するのはメディアと犯罪に関連がないと主張するサイトにおいてです。以下のような文脈で登場します。リンクをクリックして中身を見れば、サイトを一度は見た記憶があるという人も少なくないのではないかと思われます。

 ---「わいせつとポルノグラフィに関する大統領委員会」---
  (規制によって性犯罪は減るのかについて、社会心理学の著書からの引用)
 しかし、何かを想像したり、空想にふけったりすることが、実際の行動の代償になる場合もあるから、これは一概には言えない。
 いずれにせよ、代償的行為は、社会心理学にとって、いろいろの点でたいへん重要な研究対象である。
 たとえば、ポルノ映画や雑誌が、実際の性行動の代償になるのか、逆に性的刺激となって性行動を誘発するのか、暴力映画やテレビ番組が、実際の暴力行為の代償になるのか、逆に暴力行為を促進するのか。
 1968年、ジョンソン大統領は「ワイセツとポルノに関する諮問委員会」を設置してそれにポルノ解禁問題をはかった。
 この諮問委員会は19名の委員と20人のスタッフとから成り、2年間の時間と200万ドルの費用をかけて、あらゆる種類のポルノの実態と、その社会に及ぼす影響を調査した。
 委員会の依頼を受けたノルウェーの心理学者カチンスキー(Katchinskey)は、ポルノが解禁になったデンマークにおいて、のぞき見とか幼児への性的な悪ふざけのような性犯罪は年々めだって減少したのに対して、強姦やサディズム的行為はぜんぜん変化しなかったことを認めた。
 つまり、ポルノ映画とかポルノ雑誌を鑑賞することは、ある種の性行動の代償にはなっても、他の性行為の代償にはならなかったわけである。ただし、ポルノに刺激されて性犯罪が増えたと言う事実は、まったく認められなかった。
 カチンスキーはこの点をはっきりと報告書に書いた。1970年、委員会は700ページに及ぶ膨大な報告書をニクソン大統領に提出し、「成人についてはポルノをほぼ全面的に解禁すべきである」とのべた。
 ニクソン大統領は激怒して、この報告書をはねつけた。
[我妻洋『社会心理学入門(上)』講談社2007:103-104]
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 表現規制をしらべるより

【ポルノと性犯罪増加の因果関係を立証した科学的な調査は1つも無い】
○ジョンソン大統領の諮問機関(米,1970)
 「ポルノと性犯罪には関係なし」
○レーガン大統領の諮問機関(米,1986)
 「性的暴力表現に過剰にさらされた場合、性犯罪と因果関係あり」
 ただし,初期委員による「関係なし」とのレポートにレーガンが立腹し,委員が入れ替えられた後の結論.偏った委員の構成が指摘されている(Meese, 1986).
(中略)
○Kutchinsky(西独,デンマーク,スウェーデン 1985a, 1991)
 「ポルノが入手しやすくなると、性犯罪の件数は減少する、あるいは変化しない」
 児童ポルノ関連ソースと統計データ:2ちゃんねるまとめより

 とまぁ、このように、あたかもポルノと犯罪の無関連性が証明されたかのように書かれています。

 ちなみに、引用した文章のうち上段で言及されている我妻 (2007) の著書を実際に読みましたが、この後に『暴力映画が青少年の攻撃行動を刺激するか否かについては、いくつもの実験があるが、結果は一定していない』と書かれており、メディアと犯罪の影響について結論しない態度を著者はとっています。つまり、その部分を無視して、あたかも我妻までもがメディアと犯罪の無関連性を支持しているかのように引用するのは不適切な引用に当たります。

 そして、この引用部分を読んでいただければわかることですが、「カチンスキー報告」はカチンスキー (KutchinskyあるいはKatchinskey) の手による研究であること、1985年と1991年に出版されているものがあること、1986年の米大統領諮問委員会と関係があることしかわかりません。本来、引用は元となる論文が明確にわかるようにするべきですが、著者の綴りすら揺れている始末です。

 そういうわけで、私は少ない手がかりからカチンスキーと関連するポルノの研究論文をとにかく手当たり次第に集めることとなりました。その結果、以下の文献が見つかりました。心理学の論文のルールに従って書誌情報を記載します。本来であればわかりやすく字下げとかするんですが、noteにそんな高級な機能はないので代わりに著者名と出版年を太字にしました。次の節から、論文の検討に入っていきます。

Kutchinsky, B. (1970). The effect of pornography: A pilot experiment on perception, behavior, and attitudes. In U.S. Commission on obscenity and pornography (Eds). Technical report of the commission on obscenity and pornography. Washington, D. C.: U.S. Government Printing Office.
Kutchinsky, B. (1973).
The effect of easy availability of pornography on the  incidence of sex crimes: The Danish experience. Journal of Social Issues,   29, 163-181.
Kutchinsky, B. (1985). Experiences with pornography and prostitution in  Denmark (Revision of Chap V in J. Kiedrowski and J. M. van Dikj:   Pornography and prostitution in Denmark, France, West Germany, the Netherlands and Sweden. Stencilserie Nr. 30): Kriminalistisk Instituts Stencilserie. 20 pages.
Kutchinsky, B. (1991a). "Pornography and rape: Theory and practice? Evidence from crime data in four countries where pornography is easily available". International Journal of Law and Psychiatry, 14, 47-64.
Kutchinsky, B. (1991b). Pornography, sex crime, and public policy. In Gerull, S. A., and Halsted, B. (eds.), Sex Industry and Public Policy, Australian Institute of Criminology, Canberra, pp. 41-55.

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