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【レイプ神話解説(目次)】そもそもレイプ神話とは何なのか


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 2023年はレイプ神話の年であった。いや、私が勝手にそう思っただけで、実際には毎年がレイプ神話の年なのだろうが。しかし、レイプ神話にまつわる出来事が多かった年だという印象がどうしてもある。

 実例を挙げよう。まず、DJ SODA氏の性被害に乗じてひろゆきが流布した「性犯罪被害と服装に関係がある」というデマがあった [1][2]。これは、DJ SODA氏が比較的露出の多い服装でステージに立つことが多かったため、あたかも氏に性被害の責任があるかのように論難するデマであった。

 また、自民党の山田太郎参議院議員は、不同意性交罪やこども家庭庁の性被害防止ポスターに対し、合意の上での性行為でも女性が後から被害だったと言えば警察や司法がそのように扱うかのような主張を行った [3][4]。これも、古くから見られる、事実に反したデマの類である。

 また、風刺漫画家を自称するはすみとしこが、ジャーナリスト女性の性被害について「枕営業」などと中傷したのは2017年のことだが、はすみへの賠償を命じる判決が確定したのは2023年のことだった [5]。前出の山田太郎が買春不倫を報じられた [6] 際もそうだったが、性被害があるたびにあたかも女性側が意図的に加害者(とされる男性)を陥れたかのように流布する妄言も後を絶たない。

 こうした社会情勢にあって、犯罪学の末席を汚し、かつネットの動向にもそれなりに明るいという立場である私が手をこまねいているのは職業倫理に反すると考えた。そこで、このnoteでごく簡単にだが、レイプ神話について解説し、誰にでもアクセスできるかたちで整理することとした。こうした嘆かわしい状態の改善に少しでも貢献できればと思う。

 本連載の構成として、まずこの記事でレイプ神話とは何かについて、全体的な見取り図を大雑把に解説する。そして、後続の記事で、レイプ神話の各論に具体的に反論する。なお、本連載の主目的は、世に蔓延るレイプ神話の否定、つまり各論の否定である。このため、レイプ神話自体の議論については、学術的な視点から見れば荒く不十分となるかもしれないがご容赦いただきたい。

 なお、本連載は公益性を鑑み、全文無料公開とする。が、記事に価値を感じていただけた方はサポートしていただけると非常にありがたい。

レイプ神話とは何か

レイプ神話の一般的定義

 レイプ神話 (Rape myth)という単語に用いられている「神話」は、神々の物語という意味ではなく、誤った信念や考え方という意味である [7]。こうした「神話」の用法として著名なのは「安全神話」であろう。原子力発電所は絶対に事故を起こさない、という誤った信念や考え方を指して「安全神話」と表現される。

 つまり、レイプ神話とは、一般に、性暴力に関する誤った信念や考え方であると定義することができる。

 もう少し学術的な定義を持ち出すなら、Burt (1980) [8] はレイプ神話を"prejudicial, stereotyped, or false beliefs about rape, rape victims, and rapists (レイプや、レイプ被害者、加害者に対する偏見、ステレオタイプ、誤った信念)" としている。

 例えば、「露出の多い服装が性暴力被害を誘発する」という信念は、レイプに対する誤った信念やステレオタイプと言え、これはレイプ神話であると評価できる。

レイプ神話の拡張的定義

 しかしながら、こうした定義は不十分であるとする指摘もある。例えば
Lonsway and Fitzgerald (1994) [9] は、Burt (1980) の定義が操作的だとは言えないと批判している。平たく言えば、何をもってステレオタイプなのか、何をもって誤っていると言えるのかが曖昧で研究の際に困ってしまうということだ。

 Lonsway and Fitzgerald (1994) はレイプ神話を、"Rape myths are attitudes and beliefs that are generally false but are widely and persistently held, and that serve to deny and justify male sexual aggression against women (レイプ神話は一般的に誤っているが、広く持続的に信じられている信念であり、男性の女性に対する性的な攻撃を否定し正当化するのに役立つもの)" と定義しなおした。

 Lonsway and Fitzgerald (1994) は研究上の困難から定義を改善することを主張したかもしれない。が、ここで注目したいのは、彼らが新たに提案したレイプ神話の定義にある、「男性の女性に対する性的な攻撃を否定し正当化するのに役立つもの」の部分である。彼らはレイプ神話の機能面に注目し、これこそがレイプ神話をレイプ神話たらしめる要素だと考えたのだろう。

 こうした定義を採用することで、正しい側面もある信念をレイプ神話の文脈で論じることができるかもしれない。例えば、「若い女性の方が性暴力被害にあいやすい」というのはある程度正しい。が、このような主張が中高年女性や男性の被害を否定するために持ち出されるとき、この信念はレイプ神話として扱うべきかもしれない。

 また、性暴力や性犯罪の中には研究や調査が進んでいない要素もあり、誤りであると断じることが難しいものもある。その際にも、「男性の女性に対する性的な攻撃を否定し正当化するのに役立つもの」という役割に注目すれば、そのような信念もまたレイプ神話と同様に扱うことが可能であろう。

 もっとも、こうした定義はどこまで一般に受け入れられているか不透明であるため、ここではあくまで拡張的定義として紹介するにとどめた (定義が作られた背景を鑑みれば、操作的定義と呼称すべきかもしれないが)。本連載ではあくまでレイプ神話を一般的な定義で用い、誤った信念を扱うこととする。

参考文献

[1]

[2]

[3]

[4]【第527回】不同意性交等罪、撮影罪の論点と課題。~性被害をなくすために必要なこと、国民生活の混乱を防ぐために必要なこと。賛成論と反対論~(2023/03/08)#山田太郎のさんちゃんねる
[5]伊藤詩織さんを中傷、110万円の賠償確定 最高裁、漫画家はすみとしこさんの上告を棄却-東京新聞
[6]「妻以外と男女の仲になった」山田太郎参院議員が説明した内容は 去り際に「じゃ、そういうことで」-東京新聞
[7]神話-コトバンク
[8]Burt, M. R. (1980). Cultural myths and supports for rape. Journal of Personality and Social Psychology, 38, 217-230. https://doi.org/10.1037/0022-3514.38.2.217
[9]Lonsway, K., A. & Fitzgerald, L., F. (1994). RAPE MYTHS In Review. Psychology of Women Quarterly, 18, 133-164. https://doi.org/10.1111/j.1471-6402.1994.tb0044


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