【レイプ神話解説】女性の証言は無条件で信用される、わけない
※レイプ神話解説の記事一覧は『【レイプ神話解説(目次)】そもそもレイプ神話とは何なのか』に。役に立ったらサポートしていただけると資料を買えて記事がより充実します。
男たちの不安、不信
著名人につきものな
2023年12月26日、週刊文春電子版 [1] が松本人志の性暴力を報じた。報道によれば、女性は「物凄いVIPが来る」という触れ込みの飲み会に参加し、そこで松本から意に反する性行為を強要されたという。
こうした著名人の性暴力報道は枚挙に暇がない。そして、報じられるたび、周回遅れのレイプ神話を振りかざしながら著名人を擁護しようとする人物も後を絶たない。今回もそうであった。
ここで取り上げるのは、著名人の性暴力を擁護するようなレイプ神話のうち、「女性が後から言えば無条件でレイプになってしまう」「女性の証言は絶対に信用される」という方式のものである。
例えば、松本の疑惑については、ジャーナリストが女性の証言について『♯MeTooが流行ってるから、女性側の証言は絶対に正しいと見てもらえる』などとSNSへ投稿した [2]。このことからわかるように、性暴力被害の告発を疑う男たちの世界では、女性の訴えは常にどんな内容でも無条件に信用されることになっている。そのため、仮に正しく同意を得て性行為に至ったとしても、女性が後から態度を翻し、同意がなかったのだと訴えれば、自分たちは性犯罪者にされてしまうと怯えているのである。
国会議員も信じ込む
著名人の性暴力ではないが、この手のレイプ神話を信じ込んだ人物の例をもう1つ挙げよう。それは自民党の参議院議員、山田太郎である。
彼は2023年4月、こども家庭庁がSNSに投稿した性暴力防止ポスターを取り上げ批判を行った。その中で、彼は『同意のない性的な行為は全て性暴力であり、同意していないと判断できる客観的な状況がなくても性暴力になる』とする政府の見解を取り上げ、『後から「同意していなかった」と言われれば、無条件で性暴力の加害者とされてしまう』と主張した [3]。
もっとも、その山田本人が、のちに買春不倫を報じられ政務官を辞任することとなるのだが。
神話の検討
性暴力と性犯罪の区別
『後から「同意していなかった」と言われれば、無条件で性暴力の加害者とされてしまう』とする神話を検討する前に、性暴力と性犯罪について概念的な整理を行う。というのも、議論を概観する限り、レイプ神話を受容する者の多くは、この2つの概念を混乱して使用しているように見えるからだ。
性犯罪というのは、性的な行為に関係する犯罪であり、主に強制性交等罪に該当する行為を指して言うことが多い。公然わいせつや児童ポルノ、痴漢、盗撮なども該当し得るが、要するに、法律に反する (とみなされる) 行為を指す。
(ただし、通俗的には、厳密な意味で法律に反するかどうかが考えられているわけではない。例えば盗撮は、2023年時点では厳密には盗撮自体が刑法に反するわけではないが、条例に反していたり、盗撮に伴う住居侵入などが犯罪であるため、俗には性犯罪であると理解されることが多い)
一方、性暴力という概念は、一般に、性犯罪よりもさらに広い行為を指す概念である。性犯罪はもちろん性暴力であるが、犯罪とは言えない程度のセクシャルハラスメント、ナンパのような声掛け、買春 (売春防止法に反する行為だが) なども含みうる。
要するに、性暴力という大枠の中に性犯罪という枠がある、という理解をすればよい。性犯罪は全て性暴力であり得るが、性暴力が全て性犯罪になるとは限らない。
ここまでは行為の内容で区別をしたが、その行為がどこまで証明可能かという観点でも、性暴力と性犯罪は区別されることがある。性暴力被害の中には、それこそ松本による被害であると告発されたものもそうであるように、警察に通報されないものが相当数ある。そうした被害は、そのまま通報されなければ犯罪としては扱われないし、後に通報されたとしても、時間経過によって立証が困難であればやはり犯罪としては扱われないかもしれない。
しかし、全ての場において、性暴力被害が、司法における立証や客観的証拠を伴う「性犯罪」であると認められる必要はない。例えば、カウンセリングの場では、重要なのはその性暴力被害が立証できるかどうかではなく、その経験がどのように解釈されクライアントに影響を及ぼしているかである。極論すれば、クライアントがその経験を性暴力であると見なすのであれば、それで構わない。
先に挙げた山田太郎の主張の中で、政府は『同意のない性的な行為は全て性暴力であり、同意していないと判断できる客観的な状況がなくても性暴力になる』という見解を示していた。これはまさに、刑事司法ではなく、被害者支援の場面を想定した見解であると言えよう。
こうした態度は、一面、「女性の証言を無条件で信用し、男性を加害者扱いすること」かもしれない。しかし、カウンセリングの場であれば、「無条件で加害者扱い」されることに何ら問題はない。カウンセリングの内容は外に漏れることはなく、その「加害者扱い」はあくまでその場での解釈に過ぎない。それ以外の場で、その人物を加害者として責任を追及するのであれば、当然、それに応じた証拠が必要となるだけである。
にもかかわらず、レイプ神話を受容する人々がここまで怯えるのは、性暴力と性犯罪の概念を混同していることに一因がある。被害者や支援者がその経験を性暴力として解釈し扱うことが、即自分を牢屋に送り込むことであるかのように理解しているがゆえに、彼らはあそこまで恐れ反発するのである。
むしろ疑われる被害者たち
では、司法の場においては、被害者は無条件に信用されるであろうか。
答えは否である。むしろ、不当なまでにその証言を疑われることも往々にしてある。
最たる例は、フラワーデモのきっかけとなった4つの判決のうち、2019年3月28日に下された静岡地裁のものである [4]。裁判では、行為にほかの家族が気づかないのは不自然であるとか、被害を誇張して申告することはあり得るなどという理由で被害者の証言の信用性が疑われ、無罪判決となっている。なお、第二審で逆転有罪となり判決が確定している [5]。
もう1つの例として、元TBS記者である山口敬之が加害者となった性暴力事例をあげる。このケースでは、民事でこそ事実関係が認定されたが、刑事では山口は不起訴となり、検察審査会も不起訴相当と判断した (伊藤, 2017) [6]。
具体例を挙げるのはこの程度にしておく。こうした事例がどの程度の数存在するかは、統計が存在しないため把握するのは難しい。しかし、直近の著名な事例だけでも、こうして容易に挙げられることは、日本の性犯罪被害者に対する対応が「女性の証言が無条件で信用され男性が加害者扱いされる」状況からほど遠いことを示唆している。
加害者扱いされない男たち
女性の証言が無条件に信用されるわけではなく、むしろ不当なまでに疑われ非難されることすらあるのは、司法の場に限った話ではない。松本の事例で、わざわざ『女性側の証言は絶対に正しいと見てもらえる』[1] などと、女性の証言が実際には虚偽であるかのような主張を行う擁護がなされたことから逆説的に明らかなように、市井においても、女性の主張は疑いの目を向けられることが多い。このレイプ神話の存在自体が、神話が虚偽であることを示していると言えよう。
女性の主張が無条件で信用され、それにより男性が無条件で性暴力の加害者とされてしまうとする世界観は、裏を返せば、性暴力加害の疑惑を投げかけられた男性が、その疑惑の真偽に関わらず加害者扱いされ、いわば社会的に抹殺されてしまうという認識でもある。しかし、現実において、女性の主張が無条件で信用されているわけではないように、男性もまた無条件で加害者扱いされているわけではない。
先に挙げた山口の例では、確かに、民事で加害行為が認定された。しかし、山口はその後も、元々の主要な寄稿先である極右論壇誌で執筆活動を続けている (c.f. 山口, 2023) [7]。社会的に抹殺されてはいない。どころか、伊藤 (2017) の記述のうち、薬物を使用したのではないかという部分が問題視され、損害賠償まで請求されることとなった (日経新聞, 2022) [8]。加害者は刑事責任を問われないが、彼が些細な記述によって名誉を傷つけられたという主張は認められるという非対称性もここにはある。
芸能人においては、職業的な性質もあり、特にこうした事例は目立つ。もちろん、中には性暴力加害によっていわゆる「干された」状態になった人物もいる。しかし、「干された」状態になった人物に対しても、問題が取り沙汰された直後から時間が経ったあとに至るまで、定期的に加害者を擁護する声があがる。
例えば、香川照之の加害行為が報じられた際には、西野亮廣のような芸人から田端信太郎のような実業家まで、様々な人々が香川を擁護する発言を行った (鎌田, 2022) [9]。また、TOKIOの山口卓也が未成年への強制わいせつ容疑で書類送検された際には、立川志らくが、擁護であることは否定しつつも、『彼の人生をつぶすようなまねをしちゃよくない』などと発言している (日刊スポーツ, 2018) [10]。なお、立川は松本の事例においても『週刊誌の告発により、まだ罪が確定していないのに社会的に抹殺されてしまう事が頻繁に起きたら、社会生活が成立しない』と発言している [11]。
こうした事例も枚挙に暇がないが、少なくとも、これらの例からわかるように、性暴力加害者であると告発された人物も、常に無条件で加害者と扱われるわけではなく、十分に擁護される場合も少なくない。
ちなみに、当選6回を数えるベテランの衆議院議員であり、安倍内閣では復興大臣も担当した高木毅は、週刊誌で下着窃盗の過去があり、選挙区でも執拗にそのことが攻撃されていた (c.f. デイリー新潮, 2015) [12]。だが、高木は2024年1月現在も現役の衆議院議員である。選挙区で知れ渡っている下着窃盗犯ですら国務大臣になれる国で、性暴力加害者であると告発された男性が、「無条件で加害者扱い」され、社会的に抹殺されると考えられるだろうか。
参考文献
[1]週刊文春 (2023). 《呼び出された複数の女性が告発》ダウンタウン・松本人志(60)と恐怖の一夜「俺の子ども産めや!」
[2]
[3]
[4]フラワーデモ (2019). 判決について
[5]共同通信 (2021). 長女強姦、逆転有罪確定へ 「フラワーデモ」きっかけ
[6]伊藤詩織 (2017). Black Box 文藝春秋
[7]山口敬之 (2023). 暴かれたLGBT推進派の3つのウソ Hanada
[8]日経新聞 (2022). 伊藤さん性被害、再び認定 告白著書には名誉毀損も
[9]鎌田和歌 (2022). 香川照之を「擁護」してしまう男性有名人たちが映す、日本社会の病巣 ダイアモンドオンライン
[10]日刊スポーツ (2018). 立川志らく、山口達也擁護を否定もファン心理代弁
[11]
[12]デイリー新潮 (2015). 【独占スクープ】1億総活躍「安倍内閣」だから「下着ドロボー」が「大臣」に出世した!
金のない犯罪学者にコーヒーを奢ろう!金がないので泣いて喜びます。