岡山怪談会 第1部 返せなかった呪い
こちらは岡山で7月14日に行われた
ぼっけえ岡山怪談会
〜怪を語りて鬼来たる〜
で配布した小冊子と同じものです
最初にこの話は現在も続いている話である
これは知り合いの拝み屋が若い頃に体験した話
知り合いの拝み屋は本業は按摩
本人はお化け関係の話が苦手で、そう言う系の話をされるのを極端に嫌うので表立って拝み屋は名乗らないし、呼ばせない
拝み屋は全盲で、目が見えない代わりに聴力や嗅覚、触覚が発達しており、神様や霊の存在は嗅覚や聴覚で認知していた
この時の拝み屋は現役だった拝み屋の師匠(ご隠居)のもとで修行中だった
ご隠居は弱視で本業も按摩でそのご隠居のお客である山田さん(仮名)が20代の若さでひどい肩こりと頭痛に悩まされていた
ほぼ毎日のように通う山田さんに違和感を感じたが拝み屋は無視をしていた
下手に関わるとご隠居が丸投げをしてくるので
「あの爺さんはいつも面倒臭いことを押し付けていた」
と拝み屋は語っていた
その日も山田さんが来て、ご隠居の指導のもとマッサージをしていた
触り具合から血流の悪さを感じた
ずっと寒い所に体を晒していたかのような血流の悪さ
季節は夏
クーラーに長時間あたっていたんじゃないかとは思っていたが
急に鼻の奥に嗅ぎ慣れた匂いを感じた不愉快な臭気は呪いの匂いで
「分かったか?」
と聞いてきたご隠居に
「爺さんこれは返せんよ」
拝み屋は無意識のうちにそう話した
普段は
「俺怖いから嫌よー」
と逃げる弟子が自然と返せないと聞いてご隠居は改めて見た
ご隠居は後天性の弱視で普段はすりガラス越しのようなボヤけた視界だが、神様から借りた目で神様や霊の姿ははっきりと見られるようになっていた
そしてご隠居の目に見えたのは
山田さんの肩を強く握りしめて頭に齧り付いている餓鬼の姿があった
「餓鬼が憑いているがあんたの家系に餓死をした人間はいるか?」
御隠居に聞かれても山田さんは心当たりが無かったが
「あんた鬼婆の家の子供じゃないか。餓死したのはあんたの曾祖母さんが飢え死にさせたお嫁さんだよ」
偶然居合わせた他の客が山田さんに憑いた餓鬼を知っていた
時代は明治に遡る
山田さんの家は豪農で、たくさんの田畑を家族や小作人を雇って賄っていた
その家の長男が結婚してからその家は鬼婆の家と呼ばれるようになった
長男に嫁いだ嫁の名はツル(仮名)
隣村の貧しい家の娘で
家族が食べるものにも困り
米の為に長男に輿入れした
米で手に入れたツルはその家では人間として扱われなかった
毎日のようにこき使われ、特に姑からのイビリが酷かった
暴言は勿論
杖で叩く
食事を満足に与えない
ひどい時には寒い時期に外に放り出す
家族は勿論、周囲の人間も誰もその姑を止めることはしなかった
周囲の人間は畑や田んぼの水を山田さんの家に頼っている状態で
逆らえば用水路を使う権利を失くす
流石によそ者を自分の生活をかけてまで守る義理もない
誰も助ける者もなく、ツルはずっとその暴力に耐えた
姑の暴力は毎日だったが、姑の暴力が止まる日もあった
それは子供を身籠った時
流石に大事な働き手である子供が腹にいるときはこき使われることはあっても暴力はない
ご飯も少しだけだが増える
ツルにとっては妊娠が心の安らぎだったが
子供が数人生まれてからは妊娠しても腹を蹴られ流産させられた
「これ以上子供を産まされても困る」
姑の暴力は酷くなり、妊娠してもしていなくても毎日腹を蹴られてた
それが続き、ツルは精神に異常をきたした
誰かにもらったか自分で作ったか藁の人形を作りずっと抱きしめていた
人形を持ち彷徨う姿は不気味なもので
近所の視線を気にした家族はツルを納屋に閉じ込めたがそれでもいつの間にか出ていて
その頃にはツルを罵倒し引きずっていく長男の姿があった
それから暫くしてツルは亡くなった
ずっと食事も取らず
というか満足食事を与えられなかったツルは痩せこけて腹が異常に膨れた餓鬼のような姿で、人形の頭を齧った姿で死んでいた
周囲の人間が見守る中
「米でもらった嫁に墓は勿体無い」
と背負い籠にバラバラに刻んだツルを入れて裏山に埋めた
さすがに非人道的な行いにあそこは鬼の住む家
鬼婆の棲む家だと陰口を叩かれる様になった
だが当の本人たちは気にも留めず、子守と畑仕事のためにも新しい嫁を迎え入れた
相変わらず姑からのいびりは健在で
いつも怒鳴られ、新しい嫁の泣き声が集落のあちこちできかれた
そんなある日
姑は倒れた
急な頭痛に襲われた姑は床に伏せることが増えた
なんでも食べ物を口にするたびに激しい頭痛が襲いかかってくるという
たとえ米粒一つでも激痛が走り
肩の痛みもあり満足に腕を上げることも出来なくなった
最初のうちは痛みで辺りに当たり散らしていた姑だったが、そのうちに暴れる気力もなくなり、衰弱死したその姑は家の墓に埋葬された
その次はツルの夫
いきなり激しい頭痛に襲われ寝込んだ
無理やり食を取ろうにもすぐに吐き出し、そのために必要最低限の食事もとれず僅かな食料と水分だけで生き地獄を味わい、じわじわと体力を削られ衰弱死していく
2人目の犠牲者にツルの祟りだと近所の人間は囁く
しかしここまではその家の人間はツルの仕業とは思わなかった
ツルの家族を救った恩人でもある自分達が祟られるわけがない激しいいびりをしていた姑と見て見ぬふりをしたツルの夫が祟られただけだろうと
その家族の予想は次の犠牲者ですぐに覆った
次に倒れたのがその家の次男
ツルが産んだ子だった
同じように頭痛に苛まされ、食事も取れず衰弱死した
その後は何も起こらず長男は他所の村から妻を迎えた
妻は子供を産み、家は相変わらず栄えたが一族の変死は続いていた
年齢性別、血縁関係は一切関係ない
嫁いできた人間にも同じ症状が現れ、周囲の人間は呪われた鬼婆の家と陰口を叩いていた
「按摩さん達も関わらん方が良いよ。人でなしの鬼婆の家に関わるとあんた達も死ぬよ」
そう言われた隠居と拝み屋だったが
「俺達のところにこの人が来た時点で俺は関わりを持ってしまった。この家の神様が頼んできたんだろう」
とこの依頼を勝手に引き受けた
「兎に角俺達もツルさんに目を付けられたから取り敢えず引き離そうか
床に正座させた山田さんの背中を撫でながらご隠居は歌の様なものを歌いながら体を揺らし
いきなり勢いよく背中を叩いた
「ツルさんは一度遠くへ引き離した。この間にツルさんを極楽に帰そう」
ご隠居は除霊が出来たそうで
やり方は歌の様なもので精神を集中し、背中を叩く瞬間に自分の魂を霊にぶつけるという
かなりの力技で体格も良いご隠居だから出来たと拝み屋は語る
余談だが、この時にご隠居が歌の様なものを歌っていたという話を聞いて
念仏を民衆にわかりやすく伝えた歌念仏かと期待してご隠居を知る人達に聞いてみたが
「聖子ちゃん(松田聖子)じゃない?」
「聖子ちゃんでしょう。よく歌ってたし」
「じいさん(拝み屋のご隠居の呼び方)は歌が下手だから念仏みたいな聖子ちゃんとか百恵ちゃん(山口百恵)を鼻歌で歌っていた」
その除霊後は山田さんの肩こりと頭痛は消えたという
「今はまだツルさんを離しただけだから治った様に見えるだけだ。これからはあんた達がやらんといかん」
ご隠居が山田さんにさせたのはツルさんへの謝罪と供養
「ツルさんが念仏とかそういうのを知っているかわからんから坊さんに供養を頼んでも効果はないだろう」
ということで
仏壇とは別にツルさん専用の小さい台を作り、そこに毎日水とご飯を憑かれていたである山田さんが
女性の好む様なお菓子や果物を備えるように言った
「ツルさんに経唱える必要はない。飢え死にさせたことへの謝罪。食べ物を供える。それをツルさんが満足するまで続けろ。ツルさんが満足したらその時は俺があんたに知らせる。俺が死んだらコレ(弟子である拝み屋の事)か他の人間が知らせる」
その助言のもと山田さんは言われた通りにツルの供養を始めた
最初は何度かお礼に通っていたがそのうち来なくなった
「頼りがないのは順調なんだろう」
とは言っていたが
山田さんを知る患者から近況が知らされた
「あの人は引越ししたよ。鬼婆の家と言われていたのに気付いて居られなくなったらしいよ。お父さんも病気で老人ホームに入ったのもきっかけだったし。お嫁さんも来たしねえ」
そう言って嬉々として話す患者はその後も山田さんの話題で盛り上がっていた
お嫁さんは鬼婆の由来を知らなくてかわいそうだとか
ご隠居に挨拶もしないで非常識だ
やはりあの鬼婆の子孫は碌なものではない
と
あまりの悪口に拝み屋は仕事とはいえうんざりしたと言う
山田さんの供養はご隠居が亡くなる前も続いていて
「まだツルさんが満足していないんだろうな
。俺が生きている間に終わったらよかったのに」
と悲しそうに言っていた
「かわいそうなのはツルさんだ。ずっとひもじくて。風を吹かせ続ける(呪いをかける)のも苦しかろう」
そう拝み屋に話してくれた
そしてこの事件から20年が経った今も拝み屋にはツルが成仏したという知らせは来ない
この山田家は今どこに存在するかわからないが、今も一族は続いているだろう
ここからはあくまで私の推測でしかないが、この一族が続いているのもツルの呪いだと思っている
ツルの呪いで亡くなる人間はいるが後継者は途絶えることもなく、結婚し子孫は続いている
もしかしてツルがこの家を呪うために子孫を残させているとしたら
そう思わざるを得ない
終わり
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